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ワン・ヒット・ワンダー

作者: 天満屋龍楽

「アディス・アベバ!」

シンハラ語で「新しい花」を意味するこの言葉を叫びながら、両手をグーに合わせて突き出した状態から、ゆっくりと体に引き寄せながらパーに開いていく、ちょうど「かめはめ波」の逆の動きみたいに。客席からの爆笑、喝采。


もう、五年前の話だ。


このギャグを開発したのはひょんなことだった。芸人としてデビュー後、伸び悩んでいる俺をクイズ番組で名前を売るために、いろいろな豆知識を覚えておくようにとマネージャーから渡された本の中にあった、「全世界の首都の名前一覧」。そこにあった「エチオピアの首都」の名前、それこそが「アディス・アベバ」だった。


イベントのフリートークでその話をしながら、とっさに思いついたジェスチャー、それがこの動きだった。その動きを瞬間、突然俺は自分の声が聞こえなくなった。一瞬何が起こったのかわからなくなったが、それは周りの爆笑の声を浴びたからだというのに気づいたのはすぐだった。


それからは、このギャグはどこに行っても連日爆笑の嵐で、それに目をつけたテレビのプロデューサーが俺をネタ番組に出したのがその年の2月。それからは怒涛の勢いだった。分刻みのスケジュールの中で、タクシーを使ってテレビ局を移動する。しかし場所が変わっても俺のすることは全く変わらない。ライブホール、学園祭、フェス。どこへ行ってもこのギャグを言うと、会場が爆発する。まるで魔法使いのような気分だった。


しかし、それは悪魔との契約だったのかもしれない。年を越すとその勢いはパッタリと止み、俺は「誰もが知っている人」から「誰もが知っていた人」になった。このギャグを言ってもなんの反応もなくなり、街で自分を見かける人の笑顔が喜びから卑屈なものになった。スケジュールはどんどん真っ白になり、空いた時間にバイトをしようにも顔をさされる。俺は魔法使いから、前科者になった。そうして五年が経った。


その年の、師走の特番を思い出す。それは、今が旬の芸人たちをドッキリにはめようとしう番組だった。俺は、早朝ジェットコースターというドッキリに合い、パジャマ姿で寝起きすぐにジェットコースターに乗ることになったのだった。突然に訪れる悲劇。それを笑ってみる視聴者。思えば、自分の人生もジェットコースターに乗せられたのかもしれない。


「……おはようございます」

「おはようございますデリー川崎さん!では、早朝ジェットコースター、行ってみましょう!」

「え!?何言ってるんですか木橋さん!ちょっ!ちょっ!えええええええ!」

体は拘束されて動けなくなっている。その間にも俺を乗せたジェットコースターはどんどんどんどん登っていく。

「なんですかこれー?聞いてないっすよー!ちょっとー!?助けてー!」

ジェットコースターは一気に登っていく。



学園際キング


瞬間最高視聴率


昼番組のレギュラー


連れ添った彼女との結婚


その年の流行語大賞候補入り


年末の紅白歌合戦でゲスト出演


「では!スタート!」

「え?え?落ちる!落ちる!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁあぁ!」


新たなギャグの流行。それはお笑いコンビ「バームクーヘン」のドイツ語ギャグだった。彼等も今はもう何をしているかは知らない。


「ああああああぁぁぁああああああぁぁあぁぁぁあああぁああ!」


レギュラー番組からの卒業「次、バームクーヘン入るから」


「助けてえええぇぇぇぇええええぇぇぇえええぇえ!」


ショッピングモールから、パチンコ屋営業へ


「うわああぁぁぁあああぁああぁあ!」


妻が3歳の息子を連れて出て行く


息子、4歳になる


5歳になる


叫ぶ俺の頭の中で、沢山の人の笑い声がこだまする。それは幻聴だったのだろうか。それとも放送時のイメージだったのだろうか。だとしたら、今の俺の人生も常に、笑われているのだろうか。


残り少なくなった金でエチオピアに行こうと思ったのはほんの気まぐれだった。短い夢を見せてくれたほんの少しのお礼とでもいうか、自分の人生の区切りに丁度いいと思ったからだ。

空港の入り口、

「川崎 義博さんですね。どうぞ」

当時より髪が薄くなったせいもあるだろう。もうほとんどの人たちは俺の顔を忘れてしまっていた。この旅行から帰ったら、一から仕事を探そう。そう思った。


香港を経由して20時間以上のフライトの末、エチオピアへと到着したとき、待っていたのは埃っぽい風と、しつこい現地の客引きの黒人だった。

「ねえニホンジン?ニホンジンか?」

ああ、そうだ。

「さいきん日本人少ない。中国人多い」

日本は景気が悪いからな。海外旅行者は減っているらしい

「昔日本人多かった。俺日本語教えてもらった」

よくそういう時、変な日本語ばっかり教えるんだよな。性器の名前とか

「昔来た日本人、ここに来たらよくこれやってた」

そういってその男は、両手をグーに合わせ、長い手を突き出した状態から、ゆっくりと体に引き寄せながらパーに開いていった。それはちょうど「かめはめ波」の逆の動きみたいだった。

「アディス・アベバ!」

そう男が叫んだ瞬間、自分の頭の中に大きな歓声と拍手が鳴り響いた。

おそらく現地ガイドにこれを教えた日本人観光客は、単にふざけていただけだろう。おそらくそんなことを教えたことさえ覚えていないし、ひょっとしたら多くの日本人と同じく、ギャグすら忘れているかもしれない。しかし、そのギャグが今もこうして大陸を隔てた場所に残り、そして現地の人は、その動きが一体何なのかを一切知らないまま繰り返したのだ。そして、そのギャグの持ち主が自分だったということさえ知らないまま。

俺は、何も語ることもできずに、その場にへたり込んで、泣いた。その涙の意味もよくわからないまま、感動さえしてしまっていた。俺の人生の短いピーク、一発屋の芸人人生の痕跡にこんなところで出会うなんて、と。


そのギャグを放った現地ガイドは、泣きながらへたり込んだ俺をみて、おい大丈夫か、気分が悪いのか。それだったらホテルで休むといい。俺は良いホテルを知ってるから案内してやるぞと俺に声をかけ続けていた。


初投稿です。文フリ短編に応募したくて執筆しました。

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