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過去と未来

むらさきの雨、最終話となります。藍と卯希の過去とこれからをぜひ見届けてあげてください。

 朝は眩しかった。おんぼろアパートの窓はその居心地とは裏腹に気持ちのいい風を運んでくる。思ったより、気持ちよく眠れた。あたしは中学を卒業したあと、家を出て働いている。って言っても地元の小さな雑貨屋さんでだけど。親が離婚してから、しばらくはどちらとも会わなかった。ほとぼりが冷めたあと、お母さんとお父さん両方に電話して、1人暮らしをしたいと伝えた。2人とも反対しなかった。あたしは大丈夫。今ならあの頃より胸を張って言えるかな。卯希は今まで住んでいた家を出て、あたしのアパートに転がり込んできた。そこから高校に通ってる。本当は卯希も働きたかったらしいけど、あたしが止めた。卯希は学校に行かなくちゃ駄目だって、親みたいな駄々をこねたら、意外と素直に受け入れてくれた。高校はこの街を少し離れたとこにあるから、幸い卯希の過去の噂は流れてなくて、卯希は毎日楽しそうに通ってる。知らない人同士だから、逆に仲良くなれるみたい。あたしは母親のような気持ちになった。でも本当はあたしの方が卯希を頼りにしてるのかもしれないけど。こんな風に毎日一緒に居るから、ずっと側に居るから、そうなんだ。ずっと前から卯希とあたしは空気みたいな関係なんだ。そうやってこの先もずっとあたしたちはここに居るだけ。そのまま。卯希にとっても、あたしにとっても、ここが永遠にそういう場所であればいいと思った。あり続けてほしいと思った。微かに開いてる窓から、また1つ風が吹いた。柔らかい天気の日だった。戦斗が死んでから、1年と3日がたったその日あたしたちはお墓参りに行く事にした。言いだしっぺは卯希だ。

「こんなに気持ちのいい日は、戦斗と3人で話したいね。」

 朝ごはんを頬張りながら、卯希は言った。

「お墓参り行ってみよっか。」

 あたしは戦斗のマネをして笑った。振り返る卯希もまた顔をくしゃくしゃにして笑っていた。くすくすと笑い声が聞こえてきそうな笑顔だった。家を出てから戦斗のお墓まで、あたしたちはずっと手をつないで歩いた。心持ち卯希の手が震えているような感覚が、何度か伝わってきたけど、あたしは手に込める想いで、それに返した。戦斗のお墓は、街外れのちいさな丘の上にあった。殺風景だけど、すごくキレイなところで、素直に来て良かったと思えた。もう1年たつのか。静かに戦斗のお墓を探す。木田…木田家…あった。大きめのお墓。この中に居るのかな、戦斗。あたしたちは、もう悲しみの顔なんて見せない。

「おはよう、戦斗。今日、晴れてよかったねぇ。」

 前と同じように話しかけた。もちろん戦斗は答えないけど、あたしも卯希も幸せだった。卯希は戦斗のお墓の前に立って、小さくお辞儀をした。それから紫花菜っていう、かわいい花を飾ったあと、しばらく目をつぶったまま手を合わせていた。

「戦斗、あたしね…。」

 あ、今あたしって言った。卯希があたしって言った。なんでかうれしくなって、あたしは1番に戦斗に聞かせてやりたいと思った。この感覚を、戦斗に…。少し考えたあと、あたしはからかいがちに言う。

「卯希、かわいくなったよね。」

 あたしは戦斗の代わりに卯希に言った。卯希は驚いたように目をぱちくりさせながら、また少女のように笑った。

「戦斗みたいなこと言うんだね。」

 2人目が合って、笑った。今度もまた顔をくしゃくしゃにして笑った。その瞬間、あたしも卯希も隣に戦斗を感じた。そこに戦斗の笑顔が見えた。卯希の大好きだった人は、卯希の初恋の人は、今でも卯希の中にちゃんと居る。卯希の中でちゃんと生きてる。もちろんあたしの中にも。あたしは卯希と戦斗を2人っきりにしようと、静かにその場を離れた。しばらく卯希は戦斗と話をしていた。楽しそうに、最近あったこと、おもしろかったこと、泣ける本の話なんかをしてた。あたしは丘の上のこのお墓から遠目に街を見た。初めてかもしれない。こんな風に街を見たのは…。思っていたより、きれいな街だった。きっと大丈夫だ。常識とか、世間体とか、そんなの今さら関係ない。卯希はここにいてくれる。これから先も、あたしはあたしで。卯希は卯希で。それから戦斗もきっとあのときの戦斗のままで居てくれる。ずっとそのままだ。あたしは目をつぶって空を見上げた。間違ってないと思えた。もう1度ゆっくり目を開ける。ゆっくり振り返る。あたしは少し先に戦斗のお墓を見つけた。いくつものお墓が並ぶその隙間から、卯希がひょこっと顔を覗かせた。

「帰ろっか。」

 あたしは卯希の方を覗き込んで、小さく笑った。

「うん。」

 あたしたちは伸びる影の向こう、また歩き出した。


END

完結編でした。藍と卯希の未来はこれからも続きます。二人がこの先どうなっていっても、偏見や過去にとらわれず強く生きていけることを願って、この作品を書きました。荒削りだったところもあるとは思いますが、中学生の私が彼女たちの目線で本気で書いた作品です。一人でも読んで良かったと言ってくれる人がいたら、私はそれで十分すぎるほど幸せです。

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