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 そんなに速い馬車なのだから、湖まではあっという間だった。

 フェアリーやキリー王子の従者たちは普通の馬車でのんびりとこちらに向かっているのだろうし、料理人たちはまだ支度を終えていない。

 だから二人は、湖のほとりでしばし散策など楽しむことにした。

「うん、結果オーライってやつじゃないかしら」

 馬車の御者代で散々揺すられたメグはぐったりしながら、それでもほくそ笑む。

 きのう書いた『小説』の中にもこんなシーンがあったのだ。

「ここでキリーのせりふっ!」

「すみません、少し手荒なことをしてしまって……でも、わざとだって言ったらどうします?」

「キターッ!」

「二人きりに……なりたかった。アルバトロス家の子女とか、族長の息子とか、そういう肩書きを取り払って、ただの男と女として、あなたを深く知りたかった……」

 本来なら花の咲く草むらに押し倒し、青草香る中での行為に落ちてもおかしくはない口説きの文句だが……ピカピカであるメグの作風にはそんな展開など存在しなかった。

「じゃあ、名前で……キリーって呼んでいい?」

「はい、私もメグって呼びますね」

「うふふふ、なんだか名前で呼ばれるのってくすぐったぁ~い♡」

「あっちのほうに遺跡があるんですよ、良かったら案内します。歩きながらいろいろと、あなたのことを聞かせてくださいね」

「遺跡! キタコレ、キタコレ!」

 メグが興奮してガッツポーズを決める。

「えっと……『二人は話しながら歩いた、お互いの生まれや、考えや、そして将来の夢など、どんな些細なことでも恋する相手の情報をひとつ残らず掬い上げようとするように。そうして歩くうちに、メグは石畳の敷き詰められた広場に出ていることに気づいた。ここには古い映画で見たとある石像があることを知っている』ってシーンねっ!」

「何をひとりごとなんか言ってるんですか、いきますよ~」

「はぁ~い、王子様、メグが転ばないように隣を歩いてねっ♡」

 ふたり、肩が触れ合うほど体を寄せて静かに歩く。話す声さえも静かに、まるで囁くように……

「メグ、あなたのご趣味は?」

「はい、小説を少したしなんでおります」

「小説? ああ、草紙ですね、いいと思いますよ、書物を読む女性というのは、それだけで賢げに見えるものです」

「んふ~、メグはね、小説を『書いて』いるんです♡」

「おお、それはすばらしい! 活版が発明されてよりこちら、私は常々思っておりました。これから書物は民衆にも広がり、女子供も気軽に草紙を手にするようになるのだろうと。そういった安価な草紙ごときを男の作家に書かせるのはもったいないですからね」

「……ん?」

「別に女性の能力そのものを侮っているわけではありませんよ、性差の問題です。男には男が好む、女には女が好む物語があって当然だと思いませんか?」

「あー、あー、そういうこと……確かに女の人はすぐに恋愛にはしったり、しょせん主婦なんか自分の欲求不満の捌け口に書いたとしか思えないようなエロいお話しか書けなかったり……でもメグは、どっちかっていうと男の人向けに書かれた重厚な物語が好きかなあ」

「理解できるんですか?」

「え……」

 メグが言葉を失いかけたそのとき、靴裏がコツリと音を立てて道の材が変化したことを告げた。

 とたんにキリーが、にこやかで朗らかな声をあげる。まるで芝居のように……

「さあ、つきましたよ! あれが数多くの叙事詩にもその名を刻む有名な像、『正直者ダイスキなクチ』です!」

「う……ちょっとメグのイメージとは違うかも……」

 足元はコロ石を幾何学的に敷き詰めた外国風のおしゃれな道……ではなくて、いかにも労働者の血と汗を感じるような、大きく切り出された石を幾何学模様に敷き詰めた円い広場になっている。六方には石柱二本の上に大石を横に渡して簡素な門の形に作られたモノが……もっともそのうちの二つは幾星霜のうちにどのような出来事があったのか引き倒されているが、円形の広場への入り口を示すかのようにそびえたっている。

「すごく……遺跡チックなのね……」

「何を隠そう、ぼくも書物を読むのが趣味でしてね、もっともぼくが読むのは娯楽のための草紙などではなく、書庫にあるようなきちんとした書物ですから、きちんとした知識のための読書ですね」

「ん? ん?」

「今回この地を訪れたのも、あの『正直者ダイスキなクチ』をこの目で確かめたかったからなのです」

 彼が指差す先は広場の中央、円い石群に守られるように、人の背丈よりやや大きい石の板がそびえたっていた。正面に回れば大きくうねる豊かな髪の中央にぽっかりと口を開けた老人の顔が彫刻されている。

「海を司る神なのだそうですよ、資料によれば」

 キリーがにっこりと微笑む。

「伝説によれば、不正直なる者がそのクチに手を入れるとバチが当たり、噛み付かれるのだといいます。どうです、試してみませんか?」

「え……えっと……」

 小暗い森に囲まれ、石の柱にその姿を守らせた神像は禍々しい雰囲気をかもしだしている。表面の細かな部分は磨耗しきって崩れかけているのに、穴をうがつように彫り込まれた目と口とが生気を失わぬから余計になのだ。

「やめておいたほうがいいんじゃないかなあ?」

「おや、メグはうそつきなんですか?」

「うそつきなんかじゃない! うそつきなんかじゃないけど……なんか怖い」

「では、私がためしてみましょう、大丈夫、私はうそつきなんかじゃありませんからね」

 キリーが彫像の前に手を差し出すのを、メグはぼんやりと見ていた。

「あ、うん、ま、いっか」

 たぶんロマンス映画のように、彼はおどけて彫像に手を噛まれたフリをするのだ。そしてメグが大慌てで助けに入れば、袖口に手を隠して手首から先を噛み千切られたかのように……そんなラブ・サプライズをたくらんでいるのだろう。

 ところが、彫像の口に手を入れたキリーは途轍もない悲鳴を上げた。

「ひ……ぃいいいいいいっ!」

「ど、どうしたのっ!」

「手が……そんな! あれは伝説じゃなかったのかっ!」

 もう片方の手で手首をつかみ、必死でもがくキリーの額には脂汗が浮かんでいる。

「メグ! メグ! 助けてくださいっ! 手がちぎられるっ!」

「ええっ! まさか、そんな!」

「はがぐあぐあが……す……すりつぶされる……」

 メグは彼の手首に飛びつき、それを引っ張った。

「抜けない、抜けないようっ!」

「はやく! あが……ほ……骨が……」

「いやああああああああ!」

 メグは大きく飛びのき、指先を立てて構えた。

「少し下がって! 言霊でそれを破壊するから!」

「わ~、まって、メグ! じょうだん、冗談だから、貴重な歴史的資料を破壊しないでください!」

 慌てて石像の口から引き抜かれた彼の手は、無傷だった。

「は?」

「いや、ほら、人間は生きていればウソの一つや二つあるものです。そんな自分を恐れないで、っていう、感動的なメッセージをですね……」

「芝居が迫真すぎるわっ!」

「あはははは~、こう見えても族長を引き継ぐという使命がなければ役者になろうと思う程度に芝居好きなのでね」

「……」

 いろいろと言いたいことはあったのだが、メグはその全てを飲み込んだ。

「わ、わ~、キリーったら、お茶目なんだから、もう~」

「よく言われます」

「すごく知的でぇ、ウィットに富んでてぇ、おまけにメッセージ性まであってぇ、メグは感動しちゃったゾ♡」

「そうでしょう、そうでしょう」

「でも、喉が渇いちゃったな♡ そろそろ料理のほうも気になるし、湖まで戻ろ♡」

「そうですね」

 キリーが先ほど石像からぬいたほうの手をメグに向かって差し出す。

「誓いますよ、僕はうそつきだけど、あなたに差し出すこの手だけはうそをつかない、あなたに触れたいと思うこの気持ちだけはウソじゃないと……」

「トゥンク……」

「それ、なんの音ですか?」

「え、ううん、気にしないで。さ、行きましょ」

 メグは彼の手をしっかりと握った。


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