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その夜、湯を用意させたメグは体の隅々までをぴかぴかに磨き上げた。
湯の片づけをするために控えていたフェアリーは待ちくたびれて転寝などしていたのだが、浮かれきった主の声にたたき起こされて仕方なく体を起こす。
「湯の用意は片付けていいんですね?」
湯上りの汗取り着を羽織ったメグは至極ご機嫌で、妙なシナなど作って見せた。
「もう片付けちゃっていいわよ~、もう、あんなところやこんなところ♡ までピッカピッカにしたから~」
「浮かれすぎじゃないんですか、お嬢様」
「ああん♡ フェアリー君ったら、やっぱり嫉妬してるのね、そんなに不機嫌になっちゃって♡」
「はばかりながらご注進いたします。俺には別にあなたに対してのレンアイカンジョウなどこれっぽっちもない。ただ、おそばに仕える身として、心底よりあなたを案じてのことなのです」
「え~、つまんない~、少しくらいノってくれてもいいじゃない!」
「あ~、お芝居がしたいなら後で付き合って差し上げますから、お聞きください。あの男、あなたの名を知った後も『アルバトロスって、あの?』とは言わなかった」
「それがどうしたって言うのよ」
「あなたは自分の名前がどれほど知られているか、わかっていないのですか?」
もちろん、悪名だが……メグの名を知らぬものなどこの世界にはいないだろう。
ゆえに『アルバトロス』の名を聞いたものは恐怖に青ざめ、この世の終わりを見たかのようにおびえきって唇を震わせるのだ。
――まさか、アルバトロスって……あのアルバトロスか!
もっとも、この一言を口にした者は全て死んでいるのだから、青髪の男は賢明だったともいえるだろう。
「それとも、それほどまでに世間を知らぬ超箱入り馬鹿ボンボンか……」
「メグの王子様が馬鹿なわけないじゃん! あんまり変な事を言うと、フェアリー君、一生フェアリーのままだからね!」
「それはさすがに勘弁……」
「もう! いいからさっさとお風呂の片付けでもしてなさいよ! 私はまだ、やることがあるんだから!」
「ともかく、明日は私も同行いたしますからね」
「え~、やだ~、ストーカー?」
「なんかむかつきますね、その単語」
「うん、犯罪者の呼び名だからね」
「ストーカーではなくてですね……お嬢様の世界では、貴人を警護する職などはないのですか?」
「ボディガードね」
「はい、あした一日、私が勤めますのはそのボディガードというやつです。お嬢様のような貴人が警護もつけずに男とおしのび歩きなど、世間的にも体裁が悪いでしょう?」
「なるほど、それは一理あるわ。そういう筋の通った話は嫌いじゃないの、私」
メグは頷く、大きく、さも物分りよさげに。
「許可しましょう。私のボディガードをしっかりと勤めてちょうだい」
「御意」
「さて、それじゃあ私は明日のデートプランを練るから、あなたは片づけが終わったら下がっていいわよ」
「でぇとぷらん、ですか?」
「ええ、デートプラン。無計画に動くのは得意じゃないのよね、私」
フェアリーの喉もとまで、違和感を訴える声がこみ上げては北が、彼はそれを言葉にすることなく飲み込んだ。
「さすがお嬢様! さぞかし素晴らしい計画が出来上がるのでしょうね」
「もちろん♡ だから、一人にしてちょうだいね」
「御意」
フェアリーはかかとを引いてかしこまった。
なんだか、いろいろと不安に思わないでもないのだが……
「あぅ~ん♡ どの洋服を着ていこうかしら~」
主があまりにも楽しそうなものだから、「ま、いっか」と思いながら深く頭を下げたのだった。