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「先にメグから、行かせてもらうわ!」
人差し指がくるりと陣を描く。
「あんたなんか死んじゃえ!」
光弾が飛び散る。
しかし男はいささかも慌てず、こちらもくるりと指先をまわした。
「死んじゃえってやつが死んじゃえばいいんだな」
「ふん、死んじゃえってやつが死んじゃえってやつが死んじゃえばいいのよ!」
まるで子供同士の口喧嘩だが、これはお互いに言霊使いという言葉の術を使う操者なのだ、当たれば致死の呪文である。
それが光の玉となって飛び交うのを、フェアリーは悔しそうに唇を噛んで見守っているしかなかった。
いかに戦闘精霊といえど、音速を超える動きなどできない。言葉の飛び交う真っ只中に飛び出していってもなにができるわけでもないのだ。
「くうっ、俺だって……メグのために戦いたいのに!」
彼は目を真っ赤にギラつかせ、大きく両手を広げる。
「こうなったら、能力を解放する!」
この行動を止めようと、メグが振り向く。
「だめよ、フェアリーくん!」
それは、敵にとってはまたとない隙であった。
「もらったんだな!」
特に大きく陣を描いて、オタク男が言霊を撃つ。
「お前のように常識のない奴は、もう一度子供から人生やり直すがいいんだな!」
その光はまっすぐに、メグを刺し殺そうとするように飛んだ。
「あぶない、メグ!」
この瞬間、彼が能力の限界を超えて音速の動きを見せたのは……すべてが愛のなせる業だろうか。
光よりも早く、メグの元へと飛んだ彼は、彼女の体に覆いかぶさるように手を広げた。
「フェアリーくん!」
メグの叫びよりも早く、光はフェアリーの体を撃ち貫く。
「ぐ、がはっ!」
衝撃に大きくのけぞった彼の体が、みるみるうちに小さくなる。
言霊の光がさめる頃には、彼の立ち姿は十にも満たない幼子の姿へと変わっていた。
「これは!」
「ああ、ああ、フェアリーくん!」
「くそっ! 戦闘精霊モード! 全能力解放!」
カッと目を見開くが、その瞳が赤く染まることはなかった。
「まさか、本当に子供になっちまったのか……」
呆然と自分の手を見下ろし、その掌の小ささにおののく彼の姿を見ているうちに、メグの中におかしな感情がわきあがった。
「ああっ! なんだろう、この、愛とも恋とも違う、ただ守ってあげたくなる、切なさ!」
「守ってもらわなくても、俺だって戦える!」
「きゅん♡ そうか、これが母性本能というやつなのね♡」
そのやり取りの間にも、オタク男は「デュフフフ、デュフフフ」と低い笑い声をこぼしながら二人に迫っていた。
「どうやらボクの勝ちなんだな、二人まとめてあの世に送ってあげるんだな」
この状況であってもメグはうろたえたりしない。小さなフェアリーの体をしっかりと抱きしめて、鼻先をあげる。
「させない……この子の未来を……守ってあげるんだから!」
「おい、守ってもらう必要なんかない!俺は……」
「いいから、守られておきなさいよ。そんな子供の格好で、何ができるっていうのよ」
「それでも……俺はお前を守りたい」
「はいはい、じゃあ、一つだけ約束して」
「なにを?」
「私を……待ってて」
夜は明け始めている。太陽の顔はみえないが、あたりはほんのりと白んで明るい。
その明かりの中で、フェアリーはメグを見た。今までにないほど慈愛に満ちた、どこか聖母を思わせる顔だった。
「待てよ、なにをする気だよ!」
取りすがろうとするフェアリーをドンと突き放して、メグは宙に陣を描く。
「お願い、愛する人を守る力を、私に!」
自分で自分に術をかけたのだ、陣から放たれた光はすんなりとメグの体に入り込み、彼女をぼんやりと発光させる。
これにうろたえたのはオタク男だった。
「本当に、なにをする気なんだな!こわいよ、あんた!」
「そうね、あなたには感謝しているわ」
「感謝しているなら、さっさとその術を解くんだな!」
「それはそれ、これはこれ」
「うー、そもそも、なんの感謝なんだな?」
「あなたと戦わなかったら、私はずっとワガママなやり方で彼を傷つけていたかもしれない……だって、今までのメグは、自分が愛されることにばかり一所懸命だったんだもの!」
「それで周りに迷惑をかけたこと、反省したんだな?」
「でもね、いま、メグの中にある愛は……」
「いや、ボクの話も聞こうよ!」
「そういうワガママな愛じゃないの。ただ、彼を守ることができるなら、それでいい……」
「あのね、おーい、聞いてます?」
「そのためなら、この命さえいらない!それが真実の愛なのねっ!」
メグがオタク男に飛びつき、彼を羽交い締めにした。
「お、おい、抱きつく相手が違うんだな?」
「いいえ、これでいいのよ」
「まさか!」
強い意志を秘めた彼女の瞳には、朝日の前触れのようにチラチラと光る湖水の表面……
「ま、待つんだな!ボクはおよげないんだな!」
「あら、それは好都合」
水音が上がり、二人の体は湖水の表面を叩いた。
「ま、まって……ごぼごぼごぼ……」
もがく男の姿が湖水に飲まれてゆく。もちろん、男を羽交い締めにしたままのメグも……
「メグさま!メグさまーっ!」
フェアリーの悲鳴がこだまする中、メグは片手を大きくつきあげ、親指をぐっとたてた。
「ここにまた戻ってくるわ。私は」
それが最後の言霊だった。
あとはただ、冷たい水が昇り始めた太陽の光を打ち返して、静かにきらめいているだけであった。
こうして、稀代の言霊使いメグは、消えたのである。




