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 翌日、バスガルドの空は見事な快晴であった。

 海は凪いで、静かなさざなみの間に砕けた陽光がチラチラと小魚のように群れる、そんなのどかな日和であった。

 メグは久しぶりの太陽と海の風情を楽しんできてはどうかというフェアリーの提案にのって浜まで散歩にでたのだが……今はひどく怒っていた。

「あっつい! こんなあっついのに、飲み物を売る店の一軒すらないってどういうことなの!」

 浜にあるものといえば砂と、海と、陵から帰ってきた漁船の片づけをする漁師たちだけ。はっきりいって田舎風情もはなはだしい。

「もう、もう! こんなんじゃメグの白磁のお肌が焼けちゃう!」

 ぶつぶつと文句を言いながら、メグは休める場所を探して砂浜を歩き回る。

「そもそも、自販機のひとつもないのっておかしくない? 水分補給は喉がかわききっちゃうまえに、こまめにするものじゃないの?」

ここでメグは、自分が万能の能力を持つ『言霊使い』だということに気づいた。

「そうよ、私の能力はこういうときのために神から与えられたんだわ!」

誰に聞かせようというのか、鼻先を上げてとうとうと語りだす。

「私のいた世界と違って文明の発達していない世界なのだから、民の無知なるは至極当然! 水軍補給もままならぬようなこんな劣悪な環境で漁業というハードワークに従事しなくてはならない肉体労働者を援けるのは、知識人としてごくごく当然のこと!」

メグが指先で、意味ありげな円陣を空に描く。

「んふ~、メグはちゃんとした知識人だから、ちゃんと職場の環境を改善してあげちゃうね、感謝とかはしなくていいのよ、知識人として当たり前のことをするだけなんだから♡」

メグの指先より向こうの景色……独り言の相手は、浜で網をたたもうとしている漁師たちの一群である。

「改善要望そのいち! すみやかな水分補給のための設備を!」

何もないはずの空間にメグが指でなぞったとおりの陣が、ぼんやりとした光の線となって浮かび上がった。

と、同時に何もなかった砂浜ににょっきりと自動販売機が生える。

「改善要望その~に! 非効率的な古い道具なんか破棄しちゃって、最新式の設備で効率アップ!」

 木製の小船を押しつぶすように、鉄製の漁船が空から降ってきた。浜に無数の木っ端がちらばり、漁師たちが手にしていた網からは火の手が上がった。

 漁師たちは何かの神罰かと両手を合わせて天を仰ぎ、あるものは燃える網を抱えて火を消そう海に飛び込み、浜は大パニックである。

 しかしメグは満足げに腕を組んで、その様子を見守っていた。

「うんうん、大きな改革には痛みが伴うものよ。でも、その涙が乾いた後であなたたちは、私の先見と偉大さに感謝するの♡」

 そんなメグに水差すように、背後からフェアリーの声がした。

「あ~あ、派手にやらかしちゃいましたね、お嬢様」

「あら、遅かったわね、もう少しはやければ私の雄姿が見れたのに!」

「雨の間にあなたが散らかし放題にしていた部屋を片付けていたんですよ、そんなに早く終わるわけがない」

「片付けってことは! 私の下着とかいじったの?セクハラよ!」

「そう言われるのがわかっていましたので、下着類には手を触れておりません。それより、あれ……」

 フェアリーは浜にそびえたつ漁船を見て大きなため息をつく。

「まさかと思いますが、本当にまさか……動力は異世界のエネルギーじゃないですよね?」

「あ……」

「どうするんですか、ここにはデンキというものも、ガセリンとかいう油もないんですよ?」

「ガソリンね。まあ、そういう単語の間違いはどうでもいいわ」

「彼らに船を返してあげるべきかと思いますが?」

「無理! 手遅れ! 粉々になっちゃった♡」

「あ~……」

 フェアリーの冷たい視線を避けようとしたのか、メグはむくれた表情で可愛らしく腕を広げてくるりと回った。

「メグはあの人たちの労働環境を改善してあげたかっただけだもん!」

「今回ばかりは……あなたをかばう言葉が見つかりません」

「え? なに? あなたがフェアリーちゃんなのをみんなに言いふらしてほしい?」

「……さすがお嬢様、素晴らしく心根のお優しいことでございます」

「そうそう、それでいいの!」

今度は可愛らしい仕草で頭の後ろに手を組んで、メグは深いため息をついた。

「あ~、それにしても田舎って退屈~、どこかに恋でも落ちてないかしら?」

「えっと……まさかの話題替え?」

「ふぇ~あ~り~!」

「……恐れながら、恋とは落ちているものではなくて、落ちるものだと思います」

「ん~、いいわね、文学的!」

「ありがとうございます」

「ん?」

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

「恋の香りがするかも!」

 メグが指差したのは漁師たちが右往左往する浜とは逆方向の、ごつごつと荒れた岩場の陰だった。


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