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フェアリーはメグを後ろ手に守り、身構えた。

目の前の藪がガサガサと音を立て、オタク男が姿をあらわす。

「無駄なんだな。ボクは言霊使いを狩る宿命の元に生み出された存在……たとえどこへ逃げようとも巡り会う運命なんだな」

「どこへ……逃げようとも……」

「そう、たとえ異界へ逃げようとも」

メグが声を上げる。

「それってストーカーよね! ストーカー法による過去の判例から……」

そんな戯言を最後まで聞くような相手ではない。「デュフ」と小さく笑ってメグの言葉尻を食う。

「別にボクの自発的意思で君に付きまとう訳じゃないんだな。神の手という見えざる偶発的要因によって、君が行動するのと類似した座標軸に常に存在している、ただそれだけなんだな」

「えーと、過去の判例……」

「過去ではなく、未来の話をしようなんだな、メグたん!」

血の気の多い戦闘精霊が、これに怒号で応えた。

「メグの未来にお前はいらない! 排除する!」

闇の中で、彼の赤い瞳がより赤く光る……

「戦闘精霊・真モード発動! 能力解………」

「だめえ!」

「な、なんでとめるんだ、メグ! あいつを倒さないと!」

「だからって、一生ピカピカはだめ! メグが言霊で戦うから、サポートしてちょうだい。二人の愛の力があれば……奇跡も起こせると思うの」

「愛……」

見つめ合い、手に手を取り合う恋人たちを、オタク男が嗤う。

「ふん、昨日今日結ばれたような愛でボクが倒せるわけないんだな」

「だまらっしゃい、愛が何かもわからないような、寂しいキモオタ風情が!」

「おや?愛が何か?よーく心得ているんだな、君みたいに恋愛の中心に自分を据えて考えるような身勝手喪女とは違って、自らの身も心も捧げる献身という名の愛をね……」

彼は背中からバックパックを下ろし、そのチャックに手をかけた。

「君とはどうあっても戦う運命か……ならば、ボクの本当の言霊の能力で沈めてあげるよ」

「ふふん、所詮は言霊でしょ。だったら、いろんな小説賞の一次通過をしているメグに敵うわけないわよ」

「誰が小説用の言葉で戦うと言ったよ……」

「小説用の……言葉じゃない?」

「見るがいい、君のために誂えた聖衣を!」

男はバックパックを開き、その中に手を突っ込んだ。そして取り出したそれは、ド派手な桃色のハッピだった。

「ハッピ?」

「違う!これは戦闘着であり、魂であり、舞台に立つ彼女たちに心を伝えるエールでもある……まさに聖衣だ!」

男はバサッと派手な音を立ててそれを羽織った。ド派手なピンクの背中に、「メグたんLOVE」と書き込まれているのがあらわになる。

「それは!」

「君のために誂えた、と言っただろ? さあ、オン☆ステージ!」

男はバックパックからさらに何かを取り出した。

暗闇に、ピンク色の蛍光色がぽうっと灯った。

「うん、いい感じなんだな、このくらい暗いと、ボクが振るサイリウムだけが君へのスポットライト……まさにボクのためだけのぅラ〜ぃヴな感じなんだな」

「なにがライブよ! 歌ったりしないんだからね!」

メグの言葉を聞いたオタク男は、ヒュっと闇を裂く音立ててサイリウムを振り回す。

「そんなこと言わないで! もう一度歌って!メグたん!」

光跡はくねくねまがり、クルリと回り……暗闇に『MEGU』と文字を描き出した。

「歌って!ボクらのために!」

耳をすませば……応援してくれるファンたちの声が聞こえるような気がする。

そう、ここには彼一人しかいないけれど、彼は大勢のファンたちの魂を抱いてここに駆けつけてくれたのだ。彼の背負ったすべてのファンの想いが……まるでここにあるように、幻聴が聞こえる。

「……でも、メグは……歌とか、歌えないし……」

「なにをいうんだい、メグたん! ボクらは君の歌に励まされた、君の歌がボクらに勇気をくれた。だから今度は、ボクらが君に勇気を上げる番!怖がらないで、歌って!」

目をとじれば、アリーナいっぱいに揺れるサイリウムの光が見えるようだ……そう、すべてのファンの声援が……聞こえる。

「みんなの勇気……確かに受け取ったよ……」

「うおお、メッグたーん!エムイージーユー、メッグたーん!」

「うん、メグ、歌う! 応援してくれるみんなのために!」

幻想の中、マイクスタンドを引き寄せたメグは横構えにしたピースサインの間から観客を覗き見た。そして、キャピルン☆とウインク。

「えへ☆メグ、歌いまぁす♡」

大きく息を吸い込んで最初のフレーズを……と、その時、フェアリーの声が響く。

「メグさま!なにをやってるんですか!」

はっと我に返ったメグは、ピースサインを解いてファイティングポーズをとった。

「危ない……なんて恐ろしい言霊なの……」

「ええ?今のが言霊なんですか?」

「ええ、女の子はいつだって夢見がち、可愛いアイドルは女の子の夢の結晶、そんな夢を具現化させる本気の応援……恐ろしいわ」

思えばメグは、アイドル扱いから一番遠い人生を歩んできた。

あちらの世界では、ろくに表にも出ない単なる引きこもりとして生きてきて、もちろんそれにふさわしい容姿だったのだし……こちらに来てからは、確かに美しい容姿は手に入れたが、言霊という絶対的な能力を持つがゆえに畏怖の対象であり、やはり女扱いはされなかった。

それがいま、アイドルという『可愛いの代名詞』扱いされ、あまつさえ『応援』されているのだから、どうしても心浮かれずにはいられないのだ。

「……なんて恐ろしい言霊……」

「デュフフ、メグたんではこの言霊を打ち砕く事は出来ないんだな、デュフフ、デュフフ」

「そんな事はない! くらえ、言霊! 『ウザい。消えて』」

メグの指先から光弾となった言霊が飛ぶ。しかしオタク男はいささかも慌てることなく、大きな動作でサイリウムを右へ、左へ振った。

「メグメグメグメグメグメグたんは♪少しツンデレはにかみ屋〜♡」

サイリウムの光は大きく広がり、オタク男を包み込んだ。

言霊はその光にぶつかるとすぐ、小さな星型のキラキラとなってあたりに散らばる。

「私の言霊がっ?」

それでもメグは、次の言霊を打ち出すべく人差し指を立てた。

「デュフフ、無駄だってまだわからないのかな〜?」

「それはどうかしら、やってみないとわからないでしょ♡」

「いいねえ、その不屈な感じ……アイドルには大事だよね」

「でしょ♡メグみたいな逸材が今日まで発掘されなかったのって、奇跡だからね♡」

「よし、ならば精一杯応援しちゃうぞ……君の『ラストステージ』をね」

「んっふ〜♡まだ引退する気はないわよ♡」

オタク男も身構える……睨みあう二人の背後に虎と龍が浮かび上がるような、そんな迫力ある構図であった。



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