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その声は足元よりもさらに深く、床下の奥底から聞こえてきたような……

「随分とチープな表現ね! 『地獄の奥底、煉獄の炎燃え盛る異界からの呼び声』とか、どうかしら!」

「メグさま、誰と話してるんですか。きますよ」

「オーケイ、言霊で焼き尽くしてあげちゃうわ!」

件の戦闘精霊はすでに戦闘モードに入っているのだ、メグを姫抱きして右へでも、左へでも跳躍できるように身構える。

主であるメグは、右手の人差し指をスイッと立てて陣を描く準備をした。

その間にも、床下から怪しい地鳴りが響き……突如、空間をザックリと切り開いて、床に大穴が開いた。

「来ましたよ、メグさま!」

フェアリーが大きく跳躍する。

「オーケイ、言霊発動! 『元の世界にお戻りなさい!』」

メグは手早く陣を描く。

ギラリと光の矢となって、言霊は穴の中心にうずくまる人影を貫いた……はずだった。

「んー? なんか当たったか?」

およそ光に貫かれた腹の辺りを軽く掻きながら立ち上がったそれは、男だった。

とはいっても、フェアリーのように美しかったり、身綺麗だったりはしない。中途半端に伸びた髪の毛に真っ赤なバンダナ、スナック菓子中毒者特有の膨れた頬、額と顎にニキビを無数にたくわえて、萌え絵の描かれたTシャツの上にチェックのシャツを羽織り、背中には大きなバックパックというアキバ式戦闘服に身を包んだ戦士オタクである。

「デュフフフ、君がメグたんだね」

たっぷりと空気を含んだ笑い声に総毛だちながらも、メグは第二波を撃った。

「『元の世界にお戻りなさい』ってば!」

再び放たれた光の矢は、しかし、男の体に当たるとすぐに四散する。

「ああ、なるほどなるほど、それは効かないのが当たり前なんだな」

「なぜよ! 私の言霊はこちらの世界の全てに有効、たとえあなたが異界から送り込まれた刺客だとしても、この世界に一度足をつけたらその原則の通りに……」

「ご丁寧な解説中に申し訳ないんだけど、そういう難しいことじゃないんだな。ここがボクの本来いるべき世界だから、ちょうど今、帰ってきたところなんだな」

「え? 意味わかんない」

「ボクは、君を倒すための『吟遊詩人』なんだな」

「は、吟遊詩人ですって! あれよね、ゲームなんかではもっぱら補助系の役割を持つ最弱職よね。それが戦闘精霊と言霊使いに、どうやって勝つっていうの!」

メグはさもさもバカにした風に鼻先で笑ったが、フェアリーはいくぶん顔色を曇らせながらメグを下ろした。

「吟遊詩人……メグさま、ここは引いた方が良いでしょう」

「なんでよ。たかがオタク一匹、あなたなら簡単に血祭りにあげられるでしょ」

「いえ、メグさまの世界での吟遊詩人は最弱職かもしれませんが、この世界で吟遊詩人といえば……」

オタク男が「デュフフフ」と笑った。

「吟遊詩人……すなわち神の歌うたう者……」

さすがのメグも、何かに気づいたようだ。少しあとじさりながら、震えた声を出す。

「神の……つまり……」

「そう、神が言霊使いを狩る者として生み出した存在、それがこの世界での吟遊詩人……つまり、メグたんが元いた世界風に言うなら、勇者職なんだな、デュフフフ」

「待って、その理屈だと、私が魔王?」

「うん。君は自分の力を驕っていろいろなトラブルを起こすからね、もはや厄災扱いなんだな」

「おかしいじゃない! 神様と私はフレンド、友達のはずなのに!」

「そう思っているのはキミだけだったってことなんだな。神様は自分が異世界から招聘した御使が暴走しているのを見て、これを倒すべくボクを生み出したんだな」

「……に、しても、なんでオタクなのよ」

「それはね、キミと戦うために、キミのいた世界にホームステイしたからなんだな」

男は口元に手を当てて、「デュフ」と笑息を吐いた。

「キミが異世界でどんな文化を吸収し、どんな言語戦略を学んだかを体感することによって、ボクは言霊使いとしてキミよりも上位の能力を手に入れたんだな」

「つまり、言霊じゃなければ勝てるのね。フェアリー……」

メグの言葉よりも早く、男は動いた。あまりに早い動きだったので、一瞬、メグの視界から男の姿は完全に消えた。

次に男の姿が現れたのはフェアリーのすぐ目の前で、その拳は彼の鼻先にぴったりとつけられていた。

「デュフフフ、無駄なんだな。たかが童貞をこじらせただけの元人間が、殺戮者として作り出されたボクに勝てるわけがないんだな」

「く!」

「メグたん、取り引きしよう。ここでキミがおとなしく元の世界に戻るというなら、ボクはこれ以上キミたちに関わらないんだな」

「そうね……」

メグは顎の下に手を当てて、何かを考えている様子だった。


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