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入浴を済ませたメグが部屋へ戻ると、フェアリーはすでに寝床の中にいた。

とはいっても、床に引きずり下ろした毛布で体を巻いて、すでに眠りの体制に入っているだけのこと。

これがメグのプライドをいくぶん傷つけたようだ。

「ベッドで待っててくれるくらいの茶目っ気はあってもよかったんじゃないかしら」

「別に、俺は床で寝ますって最初から言ってあったはずですし?」

「それでも、さあ……こういう時はベッドの真ん中にバスローブ一枚でドーンと寝っ転がってさあ、ブランデーグラスを揺らしながら『待ってたよ、ハニー♡』って言うのが常套じゃないの?」

「つまり、笑いをとりにいけと?」

「別に笑いとか必要ないし。むしろそういうのってイケメンの色気を描くのに使われるもんでしょ」

「でも、バスローブ一枚なんですよね?」

「そうよ。だから、見えそうで見えない太ももとかが色っぽく見えていいんじゃない」

「この旅館備え付けの湯上り着でも?」

「あ」

それはメグの世界でいう『浴衣』によく似た仕立てのものではあったが、何しろ派手な配色である。

実は風呂場のカゴにきちんと畳んで置かれたそれを、メグは一度広げてみた。しかし、ド派手なピンクに紫色でホテルのロゴを配し、なぜか袖は赤、襟は緑と、目がチカチカするようなセンスに臆して慌ててたたみ直したという代物である。

「えっと……裸でも可なのよ」

「それにブランデーグラスとか! 寝酒なのかもしれませんが、ベッドで酒を飲むなど行儀悪すぎでしょう」

「あー、そうね」

「とどめに、『待っていたよ、ハチミツ♡』って、ブランデーにでも入れるんですか?」

「うー、メグの世界では『ハニー』にハートマークっていう表記はね、恋人を指すの」

「それこそわけがわからない。俺とお嬢様は恋人でもなんでもないのに、なぜそんなことを言わされなきゃならないんですか」

「だから、茶目っ気だって言ったでしょ! メグだって女のコなんだから、たまにはそういうトキメキが欲しかっただけ! もう! 寝る!」

イジケきったメグは大きなベッドのど真ん中に飛び込み、バフっと掛け布団を頭の上まで引き上げた。

それでも言い足りないことがあったのか、そーっと目元まで布団を引き下げる。

「あのね、フェアリーくん」

「はい、なんですか?」

「メグのこと、かわいいとか思ったことは一度もない?」

「そうですね、メグさまはかわいいというより、キレイけいですからね、見た目は」

「いえね、そういうことじゃなくて、内面的なアレというか、絆的なアレというか……」

「ああ、なんとなくわかりました。けれど、言うと怒ると思うんですよね」

「怒るって、私が? 私が寛大なのはよく知っているでしょう? 怒らないから、言って!」

「そうですか? じゃあ、本当に怒らないでくださいよ?」

そう前置きした後で、フェアリーは重大な秘密を打ち明けるかのように渋面をつくり、せきばらいした。

「ええ、可愛いか可愛くないかで言ったら、メグさまはめちゃくちゃ可愛いですとも」

「たとえば? どんなところが?」

「そうですね……偉そうな態度なのにたいがい底の浅いところとか、賢く見せようと頑張っているのに底の浅いところとか、人間的に成熟していると自分で思い込んでいるのに底の浅いところなどですかね?」

「まって、底が浅いしか言われていない……」

「はい。底が浅いしか言っていませんからね」

「それって、可愛いところじゃないじゃない!」

「いいえ、可愛いところだと思いますよ。俺がついていないと何をやらかすかわからない。俺がいなくちゃ、自分でしでかした失敗の後始末もできやしない。そういう、庇護欲を刺激しまくる可愛さなんです」

「それって、恋愛感情は?」

「もちろん、ありません」

「ひどい!」

きっぱりと言われて、メグはバフっと掛け布団の中に逃げ込む。

しかし、フェアリーはしれっと続けた。

「ああ、でも……このホテルに来てから、お化けを怖がる姿なんかは、普通の女のコみたいに可愛かったですけどね」

「普通の?」

そーっと布団を引き下げるメグは、少しばかり頬を紅潮させていただろうか。

「それって、恋愛感情は?」

「あー、別に具体的にどうこうしようとは思いませんでしたけど、ちょっとだけ『キュン』としましたね」

「どうこうしようとは、絶対に思わない?」

「思いませんよ。俺はどちらかというとワガママで理不尽な姿ばかり見せられていますからね。あれで恋に落ちるようでは変態だ」

「じゃあ、なんで一緒にいてくれるの?」

「だから、庇護欲ですって。俺がいなくちゃ大変なことになりそうな、そういうところが可愛くて心配で、離れられないんです」

「それって、恋とはどう違うの?」

「え?」

言われて、フェアリーは考え込む。

たとえば胸に強い恋のトキメキを感じたあのとき、飼い葉桶に顔を突っ込んだのがメグだったとしたら……

「いいですね、めっちゃゾクゾクします」

「なにが?」

「普段は威丈高で命令ばかりしている女が、俺の足元にひざまづいて涙を流して許しを請う……あ、やべ」

突然、彼の目が紅に染まる。

「な、なんで戦闘精霊モードになってるのよ!」

「いえ、なんだか戦いに似た興奮を感じまして……」

そう言いながら、彼は前髪をざっくりと手ぐしでかきあげ、首を傾げた。

「違うな……戦いよりももっと熱い。それに局所的だ……なんだ……この感情は?」

本能のままに、彼が伸ばした指先はメグが潜り込んだ布団に触れた。

「メグ……よくわかんないんだけど……俺も布団に入れてくれ……」

「なに? え? なにを言っているのっ?」

「自分でもなにを言っているのか、よくわかんねえんだけど……あのな……」

彼は声を落とし、囁くようにつぶやいた。それは、とても甘い声だった。

「俺は、お前に触れたい」

「ふひぇー!?」

「むしろ、抱きしめたい」

「はぅひぇぅあ?!」

「飼い葉桶に頭を押し込んで、だらしなく泣きわめく姿が見たい」

「ぎゃうえあう!!!」

「なあ、メグ……」

「だ、だめよ! 私とあなたは主従の関係で……」

「いや、今までお前が喜ぶからそういうことにしてやってたけどさ、俺はただの精霊だから、人間の身分制度とか、関係ないから」

「じゃあ、今日まで私のペットでいてくれたのは……」

「ただ……お前のそばにいたかったからだ」

この一言が止めとなったか、メグは布団を跳ね上げてベッドのうえに身を起こした。

「だって……ね、みんな忘れてるかもしれないけれど、メグは前世のおぞましい姿を愛してくれる人を探しているのよ」

「構わねえ、愛してやるよ。俺だって精霊の力で若く見えるだけで、これが真実の姿じゃないからな。それでもいいか?」

「うん、構わない……私を愛してくれるなら」

「メグっ!」

二人が抱きあおうとしたそのとき、部屋のどこかから声が聞こえた。

「リア充爆殺!」

妙にくぐもって、洞窟の中から聞こえるように反響しきったその声の出処はわからない。

ただ、ひどく不穏な雰囲気のする声であった。

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