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 ドアを開ければ内装はいたって普通で、清掃も良く行き届いており、燭台には明かりが入れられている。

「なんだ、おばけなんて出そうにないじゃない」

 安心したメグが次に意識したのは、部屋の真ん中にどーん!と据えられたダブルベッドだった。

 それは洗いざらしの清潔なシーツできれいに整えられて、ピカピカ……

「っだ~! ぴかぴかはいいの、ぴかぴかはっ!」

「どうしました、お嬢様、奇声など上げて」

「わたしっ! 床で寝るからっ! フェアリーくんはベッドを広々と使ってどうぞっ!」

「いえ、お嬢様を床で寝かせるわけにはいかないでしょう。最初っから俺は床で寝るつもりだったし、お嬢様は気にせずベッドでお休みください」

「え? あ? そうなの?」

「それよりも風呂です。各部屋に浴槽を用意しているとか、安宿のクセになかなかやりますね」

「温泉だからよ。湯元が近いから、ローコストで各部屋に湯をひけるんですってよ」

「温泉! ますますもって素晴らしい! 俺はひと風呂いただいてきますね」

「え、まって! そうしたら私、ここに一人になっちゃう!」

「あれ? 怖いんですか?」

「怖いわけじゃない! 怖いわけじゃないのよ!」

「じゃあ、いいじゃありませんか」

「う~、フェアリーくんは温泉と私、どっちが大事なのよ」

「温泉です」

 きっぱりと言い切っただけでは飽き足らず、フェアリーは両手を広げて講釈をたれる。

「いいですか、温泉とは癒しと治癒をもたらす不思議の泉……湯に入り重力から解放されることにより全身の筋肉は完全な安息を得ることができるのです。加えて温熱効果による血管の拡張により、身体中に蓄積されていた疲労物質が押し流され、疲労回復の効果も得られるという、例えばワガママなお嬢さまに振り回されるような精神的疲労を伴う業種の人間には必要不可欠な治療の一種なのですよ」

「う……フェアリー君が温泉好きなのは良くわかったわ。でも、できるだけ早くあがってきてね?」

 またもや思いもよらぬメグの素直な言葉。

 さすがのフェアリーもこれに少しほだされたか、彼女の頭を優しく撫でながら言った。

「そんな遠くに行くわけじゃない、ドア一枚向こうにちゃんと俺がいるんだから大丈夫です。何かあったら大声で呼んでください」

「う、うん、わかった」

「本当に、そういうところは可愛いと思うんですけどね」

「ん?」

「何でもありませんよ、さて、風呂、風呂~♪」

 あっさりと離れてゆく彼の指が惜しいのは、もちろん恐怖からくる頼りない気持ちからのはず……?

「トゥンク」

 思わず跳ね上がる心臓の音を口にしてしまったメグは、顔を赤面させながらベッドに身を投げた。

「ああ、やだ、メグったら……ちがうの、これはそういう気持ちじゃないの!」

 ゴロゴロじたばたと身もだえしても転げ落ちないほどの大きなダブルベッド、そして薄いドア越しに聞こえる湯の音。

「ああ、フェアリーくんのハダカ……」

 戦闘精霊である彼の体は細いが固い。

「上半身だけなら……想像してもR-18規定に引っかからないよね?」

 たぶん、しなやかな野獣に似た美しい筋肉が、ギリシアの髪の彫刻のようにくっきりとした陰影を刻んでいるに違いない。そこからくっきりと線を感じるほどに引くしまった腰が続き、その下は……

「だめ! ダメよ、メグ! はしたないわ!」

 枕を抱えて大きなベッドの上をゴロゴロと転げ回るが、体にこもった熱は冷めない。

「いや、もしかして、ね、フェアリー君も男の子なんだから、そういうこともあっちゃたり、しちゃったり……」

 ベッドの上で絡み合う肌のぬくもりを想像すれば、メグの思考は沸騰するばかりだ。

「えっと、あんまり恥ずかしくないように……可愛い声ぐらい練習しちゃおうかな」

 メグはかつていた世界で入手したわずかばかりの性知識を頭の中でなぞった。

「えっと、マンガのふきだしには『ああ~ん♡』って書いてあったわね。これをどう発音すればよいのか、それが問題だわ」

 そっと呼吸に混ぜるようにして小さくつぶやく。

「あ、あんっ♡」

 それが思いのほか大きな声だったので、メグはあわてて口をふさぐ。しかしドアの向こうからは相変わらず淡々とした油音が聞こえるばかりである。

「そうか、お湯の音で聞こえないのね、よぉ~し」

 さっきよりも少し大きく、大胆に

「あはぁ~ん♡ らめぇ、溶けちゃうぅ!」

 しかし、真顔で腕組みをして、まるで嬌声を吟味する職人のような面持ちなのだから色っぽくもなんともない。

「発声のコツはなんとなくわかったわ。でも、なんかこう……違うのよね」

 それは間違いなく心の欠片もこもっていない演技丸出しの声だから……とダメだしする者はここにはいない。

 だからメグは、実に明快で彼女らしい答えを出した。

「わかった! いろんなパターンを試してみればいいのよ!」

 腕を深く組み、眉を寄せた渋い顔で、腹から搾り出すように声を放つ。

「あは~ん、そこ、ジンジンするの~」

 ばあん!と勢いよくドアが開き、腰にタオルを巻きつけたフェアリーが飛び出してきた。

(やだ、フェアリーくんったら、ムラムラしちゃったのね、こんなに効果あるなんて、メグって演技の天才♡)

 きゃぴ☆っと顔の前にこぶしを掲げたメグに向かって、フェアリーは厳しい表情を向けた。

「なんですか、今の声は! どんな悪鬼の声ですか!」

「え、あれ、メグの声なんだけど……」

「悲鳴ですか? なにか、怖いものでも出ましたか?」

「え、いえ、あれは……」

「あんな、絞め殺される鶏みたいな声を出すなんて、相当怖い目にあったのですね、おいたわしい……」

「あのね、ムラムラ……しなかった?」

「ムラムラ? 戦意の表現はムラムラというよりもメラメラなのでは?」

 そう言いながらもフェアリーは注意深く辺りを見回し、敵を探した。

 鋭いまなざしと、隙のない大胸筋。そして、アレを隠すには少々頼りない純白のタオルに、メグの視線は奪われる。

「おじょうさま、どこです? 敵は」

「敵は……」

「敵は?」

「敵は己の中にありっ!」

「は?」

「おふろ! 私もお風呂いただいて頭を冷やしてくるわ!」

 メグはフェアリーを押しのけて、逃げるように浴室へと飛び込んだのだった。


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