32
さて、こうしてアルバトロス邸を抜け出したメグたちであったが、なにぶん夜中のことなので足元すら危うい。
戦闘精霊であるフェアリーは夜目がきくようだが、普通の人間の視力しかもたぬメグを連れては、思うように進むこともできないのだ。
「お嬢様、いったん戻って、明日また出直しましょう」
「だめよ、それじゃキリーたちにばれちゃうじゃない!」
「いや、しかしですね……」
ここでフェアリーは妙案を思いついた。
それはたった一言の悪魔の囁き、しかし、フェアリーのプライドを痛く傷つける『偽りの言葉』という妙手……
「って、フェアリー君? どうしたの?」
「ああ、いえ、オジョウサマノヨウナビジンガコンナヨナカニウロツクナド、オレハ、トテモシンパイデス」
「なんでよ、何かあったらフェアリー君が戦ってくれるでしょ」
「イヤイヤ、オレダッテバンノウジャアリマセン。コンナカヨワク、ヤサシク、ハナノヨウナオジョウサマニモシモノコトガアッタラ……ソウカンガエルダケデ、ナキソウデス」
「んふふふん、たしかに、私はか弱くて優しいから、その気持ちはわかるわ、だから、こうしましょ!」
メグは両手を打ち鳴らし、そのまま組み合わせた手を顎の辺りにくねっとあてた。
「秘密裏に作戦を進めるためにも、家に戻るのだけはダメ。どこか宿を手配してちょうだい」
「あ~、まあ、そのくらいならお安い御用です」
「おへやはスイートにしてね」
「それは無理じゃないですかね、この時間に宿を取ろうと思ったら、このあたりではオーバールックホテルくらいしかありませんよ」
「やだ! それって、お化けが出るって噂のあるホテルよね!?」
「あれ? もしかしてお嬢様、お化けが怖い?」
「こここここここ、怖いわけないでしょ! メグは無敵の言霊使いなんだから!」
「こわいなら、家に戻ってもいいんですよ」
「しつこいなあ、怖くないって言ってるでしょ! ほら、いくわよ!」
先に立って歩き出したメグは、しかし、背中を丸めて小刻みに震えている。
「お嬢様、意外にかわいいところありますね」
「は? なに、なんか言った!」
「いえ、いつもそういう風ならば、お嬢様の人生はもっと違うものだっただろうな、と思っただけです」
「なによ、ぜんぜんわかんない」
「わかんなくていいですよ、さ、行きましょうか」
フェアリーはメグの頭を少しなでてから、歩き出した。月明かりすらないくらい道を迷うことなくまっすぐに。
「あ、まってよ~」
暗い足元に隠れた小石につまづきながら、メグは、その背中を追うのだった。




