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キリーはオムリを抱き寄せ、その豊かな髪に鼻先をうずめるようにしてささやいた。
「私が愛しているのは私自身です。だから、私を愛してくれるあなたが愛おしくて仕方ない」
「ああ、知ってるわ、キリコ。だから、いっぱい愛してあげる」
月明かりは抱き合う恋人たちを照らし、フェアリーは植え込みの根元をさらにゴロゴロと転げ回る。
「い~な、い~な、真実の愛、い~な~!」
これがメグの心にさらに不穏な日をともした。彼女は「プギャー!」と叫んで地団太を踏む。
「何が真実の愛よ! アレのどこが愛に見えるっていうのよ! 打算よ、打算!」
「だってメグさま、キリーは愛がほしい、オムリは愛を与えている、愛の需要と供給が完全なるバランスで成り立っているこれを、真実の愛といわずして何というんですか」
「ちがう! 違うの! 真実の愛っていうのは、こっちからも愛で、あっちからも愛で、お互いに愛し合って、なんだかとっても素晴らしいものなの!」
この声はやや大きかったのか、キリーがふと顔を上げた。
「ヤバイですよ、メグ様! 良家の子女が覗きをしていたなんて、世間に知れたら、ひっじょ~にやばいです!」
「どどどど、どうしよう、どうしよう!」
「とととと、とりあえず、猫の鳴きまねでもしてください!」
「わかったわ! んなおう~、ぐあおうあうあうおう~」
キリーは安心したように、ふっと微笑んだ。
「なんだ、猫か」
メグとフェアリーは大きなため息をついて草の上に脱力する。
「キリーが馬鹿でよかった……」
それにしても、メグは不服なのだろう、頬を膨らませてフェアリーにつかみかかる。
「いや、馬鹿だとはおもってたけどさあ、あそこまで馬鹿なのってどうなのよ!」
「いや、そんなこと、俺に言われましても……」
「もういい、なんだか、飽きた」
「早っ!」
「だいたい私の理想はね、同じ目線に立って、同じ立場で議論できる、そういう相手なのよ。王子様じゃ、目線が上からすぎてダメね」
「そのまま返されると思いますよ、その言葉」
「そう、そのくらい生意気でいいのよ。フェアリーくんみたいにズバズバ突っ込みを入れてくれないと、議論は盛り上がらないじゃない!」
「え、つまり、俺が理想ってことですか?」
「え……」
見つめあう二人の間をさえぎるものは月光だけ、お互いの瞬きの音まで聞こえそうな沈黙の中、二人は静かに見つめあった。
『トゥンク』と高鳴ったのはどちらの胸だったのか……
「なぁんてね、ないない、フェアリー君が理想とか、ないわ~」
「俺もですよ、メグ様にときめくとか、ありえないわ~」
「これは恋のときめきなんかじゃなくて……そう、戦いの予感に高鳴る鼓動なのよ!」
「戦いですか?」
「そうよ、フェアリー、馬を出しなさい。今からキリーの国に侵攻を開始します」
「いまからですか?」
「若い王子がここで色恋に溺れていたがために、ひとつの国が滅ぶのよ。ああ、帰る場所を失った彼は、情欲に溺れた罪をどう贖うのかしら、最高にロマンチック!」
「メグ様、高笑いはやめてくださいよ。覗いているのがばれますからね」
「わかってるわよ。だから、こうするの」
メグは猫の鳴き声をまねて「にゃ~ふっふっふ!」と笑った。
王子とその美しい恋人は何も気にすることなく、唇を重ねようとしている最中であった。
「乙女心を踏みにじった罪は重いのよ、きっちり償ってもらうからね、リア充、ボンバーっっ! にゃ~ふっふっふっふっふっふ!」
高らかな猫の鳴きまねを受けて、それでも月は、静かな光を投げかけているだけであった。




