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 そんなこととは露知らず、キリーとオムリは月明かりに照らされたアルバトロス家の庭園を散歩していた。

 夜風はほどよく冷涼で、『ここでは詳しく書けないアレ』で火照った体を優しく冷ましてくれる。

 だから二人は立ち止まって、そっと体を寄せ合った。

「ねえ、オムリ、聞いてください」

「なあに、キリコ」

「愛しています」

「うふふ、知ってる」

「いいえ、もっとちゃんと、知ってください。本当に愛しているんです。だから、アルバトロス嬢となにかの間違いがあっても、それは政治戦略上の交渉術の一環でしかありません。私の真実の愛は、いつだってあなたにささげられていることを、覚えておいてください」

「ああ、キリコ……覚えておくわ」

 月明かりの下、深く溶け合うように抱き合うシルエット、重なる唇。

 そして、植え込みの陰からそれをにらみつける鋭い眼……はメグのものだ。

「ちょっと、なにあれ! 人んちの庭でチュウチュウしちゃって、ちょっと許せなくない?」

 傍らにいるはずのフェアリーに小声で同意を求めるが……

「あれ? フェアリーくん?」

 彼は植え込みの根元に小さく丸まって転がっていた。

「しくしくしく、オムリたん……」

「やあねえ、湿っぽい」

「うるさいですよ、ほっといてくださいですよ……」

「もう、そんなに落ち込まないで。いま、あの女の化けの皮を剥いであげるからね♡」

 メグは人差し指を立てて、空中に魔方陣を描きはじめた。

「汝は言わんや……」

「なんでそんな古めかしい言い回しなんですか……」

「フィーリングよ、フィーリング! それに、二人称文は構築が難しいんだから集中させて!」

「あ、はい」

「えっと、なんだっけ……まあ、とりあえず、二人とも自分が一番好きな人の名前を言っちゃいなさい!」

「いきなり適当になりましたね……」

 適当でも、勢いでも言霊には変わりない。メグの発した言葉は魔方陣をくぐりぬけると細かく砕けて光の粉になり、抱き合う恋人たちの上にちらちらと降った。

 それを先に吸い込んだのはオムリのほうで、彼女は静かに語りだす。

「キリコ、あなたも覚えておいて……私が本当に好きなのは、あなたなの。誰がどんなことを言っても、この気持ちは変えられないの」

 これを聞いたフェアリーは、植え込みの中でゴロゴロと転げまわる。

「いいな~、いいな~、真実の愛だ。俺もほしいな~」

 メグはこれを叱りつけた。

「何が真実なものですか! 女っていうのは馬鹿だから、自分のことを愛してくれる男を本当に好きになっちゃうのよ。でもそれは真実の愛じゃなくて、打算だと思わない?」

「それはあまりに寂しい考え方ですよ」

「寂しくなんかないわ。私が知っている女って、そういう生き物だもん」

「へえ、それはどういうお知り合いの女性で?」

「知り合いじゃないわ。小説の勉強のために読んだ少女マンガのヒロインって、みんなそういう風だったのよ」

「作り事の女性ですか?」

「作家が命を削って作り出した作品を作り事あつかいしないで。創作に貴賎なし、小説でもマンガでも、誰かが命を削って作り出した立派な作品だと認めているのよ、私は」

「なんか論点がずれているみたいな気もしますが……まあいいです。どうやらキリーめの方にも言霊が効いてきたみたいですよ」

「ふふふふふふ、キリーはなんだかんだいって私のことを愛しているからねっ。自分じゃない女の名を呼ぶ男のことを愛することができるのか、真実の愛とやらをじっくり拝見させていただきますねっ」

「はあ……その無駄な自信、少し分けてほしいですよ」

「しっ、ほら、はじまった!」

 二人が見守る中、キリーがゆっくりと口を開いた。

「ああ、オムリ……私はずっとウソをついていた。私が本当に愛する者は、他にいるのです」

 メグが勝ち誇ったように鼻息を荒げる。

「ほらね、ほらね! あぁん、キリー、早く私の名前を呼んでぇ!」

 言霊の力に浮かされ、ゆらりゆらりと揺れながら、キリーは続ける。

「私が世界で一番愛している者、それは……」


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