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  ◇メグのキラキラ南国日記より◇


 メグがこの世界に来てどれほどの月日が流れたことだろうか、いまだ恋は見つからない。

 東へ西へ、己の才と美貌にふさわしい男を求めてまさに東奔西走するメグが此度たどり着いたのは南の国の、そのまた外れにあるバスガルドという小さな漁村であった。

 衆目恐れず破廉恥なビキニを見せびらかすような不埒な女はこの世界にはいない。

砂浜は白く、海は蒼く、空から降り注ぐ陽光はまるで小魚のようにチラチラと波間に散って長閑な光景を描き出している。

 牧歌的である、実に。


 

 ニヤニヤしながらペンを動かすメグの手元を覗き込んで、フェアリーはあきれたような顔をした。

「それはなんですか、日記?」

「あ~、見ちゃだめ!」

「いや、隠そうとしても、もうばっちり見ちゃいましたよ」

「見ちゃったものは仕方ない。でも、これはメグが書いている小説なんだから、一字一句どこもパクっちゃだめよ」

「はあ、小説……ですか」

 このバスガルドについてから天候に恵まれず、数日を狭い宿の一室で過ごしているのだ、暇つぶしにはちょうどいい話題だろうと、この従者は考えた。

「小説家にでもなるつもりですか、お嬢様は」

「ふっふ~ん、あっちの世界では小説家だった、なのよ、私は」

「それはすごいですね」

この世界では活版印刷というものがようやくに発明されたばかりだ。だから書籍というものは高級品であり、その書き手である作家というものは知的で高位の職業だと思われているのである。

「一度お作を拝見してみたいものですね」

「あ~、残念だけど、あっちの世界で書いたものはみんなパソコンに入っているの」

「ぱそこ……?」

「メグはネットに小説を書いていたんだけどね、ここからいろんな賞に応募したりもできて、コンテストで一等賞をとると出版社さまが紙の本にしてくれるのよ」

「ねっと?」 

 フェアリーの困惑さえ気にすることなく、メグは得意げに小鼻をひくひくさせて語る。

「まあ、メグぐらいの実力があるような人ってそういうところには少なくってね、だからデビューは時間の問題だと言われていたんだけどね!」

「つまり、アマチュアだったと?」

「そういう言い方って良くないな。小説家を志し、努力をするものは常にプロの気概を持つものだと思うの、私は」

「素晴らしい、高潔なお考えですね」

「もっとも、メグのいた世界は印刷技術が発達しているから、書籍の価値って低くてね、文章の基礎すらできていなくても書けるような、子供が読むような娯楽作品ばっかりが出版されるのよ、安く売れるからね」

「なるほど、絵草紙のようなものだと思えばいいですかね?」

「もっと劣悪。売れるためなら無意味なエロを書いたり、テンプレに頼って他人の作品をパクってみたり、本当に誰も彼もプライドがないったらありゃしない」

「お嬢様は? どんなものをお書きになっていたんですか?」

「もちろん、大衆向けにラノベもかけるけど、私はそういう安っぽいものは書かなかった。常に人の本質を見つめるテーマをこめて、人生の糧となり、自分の生き方を考えるきっかけになるようなものを書いてあげてたのよ」

「すばらしい、本当に高潔な方なんですね、あなたは」

「ふふん、まあね♡ でもね、メグみたいに文章もしっかりしていて、作りこまれた構成としっかり張られた伏線のあるお話って民衆向けじゃないのよね、だから私、あんまりポイントってもらえなかったの」

「はあ、それは……」

 不人気なのではないかと尋ねかけて、彼は思いとどまった。

 彼女の従者として近く仕えるようになってはや数年、彼女が自分の望まぬ言葉に異常な拒絶を見せることは心得ている。

 だから代わりに、表情に愛想笑いを含んで見せた。

「才能のあるものは嫉妬の対象となりやすい、それはどこでも良くあることですよ」

「そうそう、みんなメグにシットしちゃって大変だったの! SNSで口汚く叩かれたり、掲示板で煽られたり!」

 もはやその言葉は意味不明な異界の単語の羅列でしかなかったが、彼はにこやかな表情を崩しはしなかった。

「でもねっ、出版社さまはプロだから、ちゃ~んと私の才能を見抜いてくださるの♡ 素敵な編集さまがある日とつぜん訊ねてきて、『君の才能がほしいんだ』……『いや、才能だけじゃ足りそうにないよ、まさかこんなに可愛らしい人だったなんて、全てがほしい』とか言われちゃったりしちゃったりしたら……きゃ~! どうしよう~♡」

「楽しそうですね」

「まあ、異世界に来ちゃったから小説家になる夢は難しくなっちゃったかな? でもね、神様はきっと私の才を見抜き、それを生かすために『言霊使い』の能力をくれたんだと思うのよ!」

「えっと……」

 そんなことはないのだと、たまたま偶然、手違いで死なせてしまった女を哀れんでの神の恩赦なのだと『神自身』から聞いたような気もするが、賢明な彼はそれを口にすることはなかった。

 代わりにとびきり曖昧に、へらりと口元を緩めただけである。

 メグはこれに満足したか大きく頷いて再びペンを手にとった。

「さて、じゃあ少し静かにしてくれるかしら? 静寂は最高のインスピレーションなの」

「しかし、ここにきてからずっとお部屋にこもりっぱなしでは?」

「平気平気、あっちの世界では引きこも……」

「ひきこも?」

「な、なんでもない! 晴れたらちゃんと外出するから、雨の間だけは執筆させてちょうだい! 晴耕雨読は文人の理想なんだから!」

「御意」

 本当は『晴耕雨読』の意味が良くわからなかったのだが、それでもフェアリーは頭を深く下げて部屋を後にした。


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