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◇メグのキラキラご実家日記(ドロボウ猫をやっつけちゃえ☆編)◇


 むかぁし、あるところに、フェアリーくんという純真『まっさら』な男の人がいました。

 彼は恋に落ちました。生まれて初めての恋です。

 ところが彼が恋した女は極悪性悪下半身ガバガバ不埒千万ドロボウ猫ちゃんだったのです。

 その女は一国の王子をたぶらかして、ここには規制の都合上書けないようなアンナコトやコンナコトをしていました。

 それを見てしまったフェアリーくんはショックのあまり寝込んでしまい、もう二度と現実の女の子に恋などしないと決めたのです。

 さて、これに心を痛めた優しくて素敵な彼の主人、メグはこのドロボウ猫を退治してやろうと立ち上がったのでした。

 そもそもがこのメグこそドロボウ猫の最大の被害者で、たぶらかされたのは彼女が恋する王子様でした。

 ドロボウ猫はメグが大人しくてものも言えぬほど控えめで、王子様に告白もできないほど晩生で純真なのをいいことに、王子に不埒な誘惑を仕掛けたのです。そうに決まってる。

 それでもメグはけなげに、自分の心の傷は隠してフェアリーくんのためのドロボウ猫退治作戦を遂行することを強く誓ったのでした。


 いまだショックから立ち直りきれていないフェアリーは、死んだ魚のような目をしながらもメグの書き物に目を走らせてツッコミを忘れなかった。

「何で『まっさら』だけきっちり二重括弧がついているんですか」

「あら、このくらいフィーリングで読みなさいよ、『まっさら』なのを強調しないとでしょ」

「はぁ……どうせ俺は『まっさら』ですよ……」

 ここはメグの部屋で、今は作戦会議の真っ最中のはず……なのだが、突っ込み役のフェアリーがこの調子ではまっとうな話し合いになどなるわけがない。

「そもそも……なんでお小説なんか書き始めちゃったんですか」

「あら、これは小説じゃなくて議事録よ。まあ、メグほどの作家が書くと、やっぱり手癖っていうのが出ちゃうのね、ちょっと小説風になっちゃったけど☆」

「てか、誰が大人しくてものも言えぬほど控えめなんですか……」

「やだ、フェアリーくんのツッコミが当たり前すぎておもしろくない! だいじょうぶなの?」

「大丈夫じゃないっすよ……」

 またひとつ深いため息をついたフェアリーを気遣って、さすがのメグも少しだけ声音を和らげる。

「ねえ、忘れちゃいなさいよ」

「わかってます、忘れようとしてるんです」

「……ってか、大人の女の人相手に、新品まっさらだとか、本気でそんな幻想を抱いていたわけ?」

「メグ様はまっさらじゃないっすか~」

「コラコラ、それは言わない約束だゾ☆」

「それに、たぶんそういう関係なんだろうと予測しつつも一縷の望みをかけて信じていたのに、こうやって現実を見せ付けられてしまったダメージっていうのは、思考が追いつかないほど深いものなんですよ」

 このとき、何を思いついたのか、フェアリーの瞳にわずかばかりの光が戻った。

「そうだ、このさい他人のお下がりでもかまわない、メグ様の言霊で、オムリたんが俺を好きになるように仕向けてくれませんか?」

「それはダメよ」

「どうして? そうすれば王子は恋人を失い、メグ様の元に戻ってくる、いい作戦じゃありませんか」

「ダメなの。それじゃあ、あの女にハッピーエンドを与えることになっちゃうでしょ」

 メグはペンを置き、視線をまっすぐフェアリーに向けた。それはふざけているわけでも、何かを騙ろうとするわけでもなく、ただまっすぐに自分の信念を語ろうという強い意志にあふれたまなざしだった。

「私はこの世界の主人公としてこの世界に転生させられたの。だから、あなたがもしも恋をするなら、その相手は私じゃなきゃダメ」

「はい?」

「恋愛モノのセオリーとして、ヒロインはモテモテなの。そうね、相関図を書くと男の人から主人公に向かって引かれた矢印全てには、ハートマークが書き込まれていなくちゃならないの」

「はいい?」

「そして主人公のライバルは、誰からも愛されずに舞台を去るの。これは絶対大原則で、セオリーなの」

「はあ……もういいです」

 確かに今の彼にはメグに何かを言い返すような気力はない。ただ深くうなだれて、部屋の隅に座り込む。

「……俺はここで大人しくしていますから、好きにしてください」

 メグはそんな彼の背中をやさしくたたく。それはまったくメグにしては珍しい、情け深い仕草であった。

「ほらぁ、そんなこと言わないでしゃんとしなさい。これはあなたのための報復なのよ」

「いや、そんな物騒なこと望んでませんし」

「そう? わくわくするけどなあ。私は。だって、あの女が地べたに這いつくばって己の罪をざんげする姿を想像したら……もう……おーっほっほっほ!」

 高笑いするメグを見上げて、フェアリーは心の中に何か黒い感情がわだかまってゆくのを感じていた。

 強く左胸を押さえる。

「なんだろう、この気持ち……」

「あら、もう私に恋しちゃった?」

「いや、なんだかこの気持ちは……違うような気がします。どちらかといえばメグ様を飼い葉おけに突っ込みたくなるような……なんだろう、この気持ち?」

「やあねえ、反抗期?」

「いえ、そういうのとも違うような……今の関係を崩すのではなく、もっと親密になるために少しいじめてみたいような気分、ですかね、強いていうならば」

「なにそれ、そうとう混乱しているわね」

「はい、おそらく混乱によるものだと、俺も思います」

「じゃあ、スッキリするためにも、復讐を開始しましょう」

 嬉しそうなメグに手を引かれて、フェアリーはしぶしぶ立ち上がる。

「お願いですから、あまり派手なことはやらかさないでくださいよ。後始末するのは俺なんですから」

「わかってるわよ。それに、私が慈悲深いのは知っているんでしょ? 自分の罪を認めて行いをあらためたものには寛容なのよ。私は」

「はいはい……」

 自分の手を引くメグが心底嬉しそうに笑っている顔を最高に不安に思いながらも、気落とした今のフェアリーの気力では、そんな彼女に従ってついてゆくだけで精一杯なのであった。


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