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馬車はメグの生家であるアルバトロス邸の前に止まった。

何も神職だからといって神殿に住んでいるわけではない。神事を執り行うのはあくまでも仕事であり、生活のための屋敷は名家のうたいにふさわしい豪奢なものであった。

「すごいですね、お城みたい!」

はしゃいだ声をあげて馬車から飛び降りたオムリの前に、メグは軽く片足を出した。

「きゃ!」

それにつまづいたオムリは可愛らしい悲鳴をあげて転ぶ。

メグはニンマリと笑いながら大地に這いつくばった彼女を見下ろした。

「あら、ごめんなさい☆ お洋服が汚れちゃったわね」

「いえいえ、これくらい、洗えば落ちますから」

「あー、じゃあ裏に回って使用人用の勝手口から入ってちょうだいね。名家アルバトロスの表門をくぐるには、あなたはあまりにみすぼらしくて汚いんですもの」

方手の甲を口元に当てて、メグは「オーッホッホッホ」と高笑いしたのだが、オムリの方はそれを気にした様子もなかった。

「わかりました、勝手口ですね。こっちに行けばいいのかしら?」

右へ足を向けたオムリに、フェアリーが声をかける。

「反対です。勝手口はこちらです」

「あら、そうなの?」

キリー王子はひらりと馬車から降り立ち、オムリに片手を差し出した。

「仕方ないなぁ、僕が一緒に行ってあげましょう」

これにメグは激昂した。足を踏み鳴らし、喚き散らす。

「ダメ! キリーはメグの大事なお客様なんだから、表門から入らなくちゃダメなの! そういう決まりなのっ!」

これにはフェアリーが肩をすくめた。

「メグさまと行ってください。彼女の案内は俺が引き受けましたから」

「すいませんねえ、彼女の着替え等一式は馬車の後ろにありますから」

「では、それも彼女の客室に運んでおきましょう」

この様子にメグの怒りにのボルテージはさらにあがり、ついに激昂の域を超えた。

「ちょっと、そんな婢女を泊めるような部屋なんか、うちにはないわよっ!」

「では、キリーさまと同室でお願いしましょうか。彼女をお連れになったのはキリーさまですし」

「もっとダメなの!」

次の瞬間、すべての怒りを手放したかのようにメグは静かになった。まるで聖女のように微笑んで、だが、その唇からこぼれた言葉はひどく冷たいものだった。

「そうだ、馬小屋にお泊りいただきましょう。家畜にはふさわしい寝床でしょう?」

オムリが嬉しそうな声を出す。

「え、お馬さんと寝ていいんですか! 」

それは心底の無邪気からくる言葉に聞こえたが、フェアリーはさすがに気の毒に思ったようだ。

「いいんですか、ベッドを運び込むわけにいかないから、干し草の中で寝てもらうことになりますよ」

「干し草のベッド! 草紙で見てから憧れてたのよね」

「お洋服が汚れますよ」

「汚れて困るような服なんてないし、それに、夜の漁に出たら小舟の中で寝ることもざらなのよ。あれに比べれば、地面の上で寝られるだけマシだわ」

「なかなかにたくましいのですね」

「たくましくないと、海の女はつとまらないもの」

「では、馬小屋に干し草を、せめてたっぷりとご用意いたします」

この頃にはもう、メグはキリーの腕をとってアルバトロス邸の門をくぐるところであった。

「ねえ、キリーさま、すごい門でしょう? お家の中はもっと豪華なのよ〜♡」

ただ、キリーは少しだけ振り向いて、オムリに向かって視線だけで礼をした。それは二人が何かを通じ合っているのだとフェアリーに勘づかせるには十分な行為であった。

「オムリさん、あなたは……」

「はい?」

しかし、フェアリーの質問に答えようとあげられた視線には曇りがなく、さしもの戦闘精霊フェアリーでさえ言葉を続けることはためらわれる。

「まあ、今はいいです。メグさまに何かあったら、また俺がなんとかすればいいだけの話ですし」

「はい?」

オムリはキョトンとした顔で首を傾げている。それが演技だとはとても思えない。

「とりあえず、今夜の寝床へご案内します。こちらです」

それでも油断なく、心までは許さぬように。フェアリーは彼女の手を引くのではなく、綺麗に五指を揃えた手つきで勝手口に向かう小道を指し示すのだった。

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