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◇フェアリーの日記(抜粋)◇
お嬢様は少しオツムの出来がノーテンキなお方だからこの婚約を一つも疑うことなく受け入れたが、俺はあんな男のことなどハナっから信用していない。
そもそも、男のくせに体に触れるつもりもない妻をもらおうというのがおかしい。お嬢様からR-18規制を食らわないためにここに詳しくは書かないが、男っていうのは……まあ、そういうもんだ。
だから俺は王子がどういうつもりで側女など連れてきたのか心得ていたが、さすがにノーテンキなお嬢様はそれにすらも思い至らなかったらしい。お嬢様がさすがにそれに気づいたのは、アルバトロス家に向かう道中、馬車を休ませるために立ち寄った湖のほとりで、二人が皆から隠れるように木の陰でキスをしているのを見てしまったからだという。
「ねえ、あれ、どういうことなの?!」
ガタガタと揺れながら進む馬車の中はフェアリーとメグの二人きり。今しがた森の中で見てきたことを話すために、メグが人払いをしたからだ。
だからメグの怒鳴り声を聞くのも、八つ当たりされるのもフェアリーただ一人というわけで……彼はそんな状況に少しうんざりしはじめていたので、冷たい声音を反した。
「何が、どういうことなんですか?」
「だから、キリーさまよ。あの地味な下働きの女とちゅ……チュウ、してた! メグはこの目でしかと見たの!」
「だから、見た通りなのでしょう」
「ううん、そんなわけがないわ。キリーは私を愛しちゃってるんだもん、他の女とチュウなんてするはずないの」
「R-18規制というものを恐れずに言わせていただくなら、子を産ませるための側室を置くということは、チュウ以上のこともなさるということですよ?」
「あー、あー、キコエナーイ。メグは純真だから、ヨクワカンナーイ」
「ちゃんと聞けよ、おい」
「あ、そっか、純真なメグと純真なキリー王子を引き裂こうとする謀略ね、これは!」
「そんなことして、誰に何の得があるんですか」
「え、損得とかあまり関係ないんじゃないかしら。こういった陰謀の類は国家の柱である人物の婚姻には必ずつきまとうものなのよ」
「お嬢様、混乱してます?」
「まって、もう少しで推理がまとまりそう……いま、私のグレーのブレインは高速でプロファイリングしちゃっているのよ」
「はあ、そうですか」
「ふむ、見えた……見えてしまったわ」
メグは名探偵よろしく顎に指をあてて考え込む。
「ミステリーを何本も書いている私だからこそできるこの推理! まるで現場に居合わせたかのようにはっきりとビジョンが見えるっ!」
「それはすごいですねー」
「これはハニートラップ……つまり色仕掛けね」
「ほう、どんな陰謀によるものなんです?」
「犯人はしょせん女、そんな大それたことを考えるわけがないでしょ。単に玉の輿に乗って人生を楽しようとする程度の短絡的な犯行だと思うわ」
「なんか前提条件からして揺らいでるんですが、大丈夫なんですか、その推理」
「まあ聞きなさいよ。女というのは惰弱で怠惰な生き物、表で額に汗して働くよりも経済力のある男に縋りよって安定した生活を送るほうがラクなのだと本能的に知っている、だから結婚したがるのよ」
「お嬢様、自分も女なんじゃ……」
「私は自立しているもの。向こうの世界でもきちんとフルタイムの勤めに出ていて、勤続10年の表彰も受けたのよ」
「ああ、まあ、あっちの世界の話はどうでもいいです」
「メグと違ってあの女はただの女だから、きっと仕事なんてろくにしていないし」
「網元だって言ってませんでしたっけ」
「社会的に必要とされない女はどうしても家庭という居場所への依存が強くなるものだし」
「社会云々はあまり関係ないような気もするのですが」
「うるさいなあ! だまって聞きなさいよ!」
「……はい」
「ともかく、玉の輿を狙うあの女はキリー王子が優しくて断れないのをいいことに、側女に立候補して船に乗ったのね。あとはキリーだって男なんだから、いくらでも迫りようがあるでしょう、あの手の女は貞操観念なんかまるでないんだから」
メグは「むふん」と荒い鼻息を吐いた。
「ともかく、悪いのはあの女! そうに決まってるの!」
フェアリーはすっかりあきれきって、すこしだけ肩をすくめて見せる。
「で、どのように始末しましょうか。メグ様が望むならばっさり斬ってもいいんですが、相手は女性ですし、やんわりとおかえりいただく方向で動きましょうか?」
「やあねえ、フェアリーくんったら、なんか悪人みたいなことを言ってる~」
「そうですか?」
「メグは善人だから、彼女にはチャンスをあげたいと思ってるの」
すこし下げたあごの前に可愛らしく両手を組んで、メグは穢れを知らぬ子じかのように瞳を潤ませていた。
「罪人は己の罪を知り、そして恥じ、悔い改めるべきだと思うの」
「いったい、なにをするつもりなんですか」
「んふ、彼女が自分自身の罪に気づけるように、お手伝いするだけよ」
メグは「きゃぴ☆」という感じで笑っているはずなのに……それが世にも恐ろしい物のような気がして、フェアリーは肌にわずかに粟が立つのを感じたのだった。




