2
メグは得意げに鼻先をあげ、ゆっくりと王に歩み寄る。
「んふ、大臣さんにどんな言霊を使ったのか、教えてあげちゃうね♡ これは『コトワザ』っていう呪文で……」
そんなメグに向かって、控えていた男が深く頭を垂れながら言った。
「恐れながらお嬢様、相手は愚鈍で愚劣なただの人間だとしても、仮にも王と名のつく者です。そのお言葉づかいはいかがなものかと」
「てへっ、いっけない、メグったら♡」
彼女はさらに鼻先をあげ、胸を張り、そして、声音まで変わって聞こえるほどの尊大な口調で語り出した。
「その愚かな男には『自分で自分の首を絞める』の呪いをかけさせていただきました。神の眷属であり、神の力を授かったこのワタクシにたてつくなど、まさに自分で自分の首を絞める行為でしかありませんからね」
「お嬢様、さすがです、どこにもほころびのない超理論!」
しかし王は、肩を縮めながらおずおずと口きいた。
「あの……まだ調査段階なので、たてついたりした覚えは……」
「うるさい! その調査自体が神に対する大罪だと気付かぬなど、愚かにもほどがおありです!」
「えー……」
「あなたがおこなった調査行為は『ストーカー規制法』に違反しています!」
「すと?」
「私の世界ではそういった迷惑行為に対する法規が整備されていて、そのうちのひとつです」
王は、これにわずかばかりの勝機を見出した。
「愚かな! ここはアーストリアの国、つまり、アーストリアの法というものがあり、たとえイェスターの法だろうと、異界の法であろうとも私を裁けるものではないわ!」
それに返されたのは、さもバカを見るような冷たい目線と大きなため息だった。
「近代的で先進的な私の世界と違って、ここは蛮族の住む後進的な異世界、あなたの無知は責めないことにしましょう、私は寛大なので」
少し小洒落た仕草で肩をすくめて、メグは続ける。
「法というのは人間が社会生活を営む中で最低限身につけているべき常識を書面化しただけの……いわば人間として守るべき間違いのない真実! それを他世界のものだからと鼻先で笑い、踏みにじる行為がどれほど人として恥ずべきかおわかりなのですか、あなたは?」
「おう、エクセレントです、お嬢様‼︎」
「たとえ界を跨ごうとも、心の気高さと人としての知性の証として、私はあの世界の法を捨てることなく生きようと誓ったのです!」
豊かな金髪の女が凛々しく胸を張り、鼻先をあげて王を見下す姿は美の女神もかくや、というほどに麗しい。
王はその美しさに少し気圧されながら、喘ぐように反論を試みた。
「しかし、私は王として国を守り、導く義務がある。そのためにも脅威となる存在を知ることが……」
「あー、でたでた、出ましたよ、権力者のエゴ!」
「エゴではない、王という仕事はそういうものなのだ!」
「それで得をするのは民じゃない、あなたでしょう! より大きな国の王として偉ぶることができるんだから!」
「偉ぶるなんて……国が大きくなればそれを治めるために私の負担も……」
「あなたはかつての独裁者がたどったのと同じ道を行こうとしている! それはすなわち人道を外れた自滅への道! どうせ国が大きくなったら、もっと領土を広げるために戦争をはじめて、民衆を無差別に徴兵し、税を増やし、私腹を肥やすんでしょう? それが悲しみしか産まぬ愚かな行為だと、あなたは気づかない!」
「あ、いや、そこまでは……」
「ええい、黙れ黙れ、この下賤が! そのような行為を神が許すと思うの?
もっとも神様はお忙しいだろうから、この私が神に代わって断罪させていただきますよ!」
「めちゃくちゃだ……」
王の嘆きの声さえ聞き入れず、メグは指先を空中でくるくると動かした。規則性を持って、ゆっくりと大きく……それは何もない空間に何らかの文様を描こうとしているようにも見えた。
「ま……待て……何をする気だ……」
「この国はすでに腐りきっている。これを無に帰すために『国敗れて山河あり』の呪を使うだけです」
「民草を……民を巻き込む必要はなかろう!」
「へー、腐りきってるかと思ったけれど、あなた、意外に男気があるのですね」
メグの手がぴたりととまった。
「もともと調査団なんてものをよこして私をストーキングする、それは愛の行為ですものね、きっと王としての責務を離れれば愛情深い方なのでしょう」
「え、いや、軍事的な戦略による調査だが……?」
「いいのです、いいのです。照れなくてもいいのですよ。私のこの美しさに愛を思わぬ男はいない……ふ、私って罪作り♡」
「あの、話を聞いてください……」
「聞かずともわかりますとも! 愛に言葉など必要ない! ああ、そういえばあなたって、けっこうシブくて私好みかも♡」
メグは指先の方向を大きく変えて、今度は違う文様を空中に描き出した。
「しかし、あなたには最後の試練が待っている! これも愛の宿命!」
「な……何をする気……だ……」
「私が求めているのは真実の愛! 姿形にとらわれぬ心の形を愛してくれる、そんな愛! だから今からしばしの間だけ、あちらの世界で私がどのような姿だったかをお見せしましょう。その時のあなたの反応をみて、この国に対する処遇を決めますね」
女性らしいふくらみとくびれに彩られていたシルエットが、ブヨンと崩れた……太ましく!
「ひ、ひいいい!」
「怖がらないで、私を見て♡ 大人っぽいから誤解されがちだけど、これでも三十になったばっかりなのよ♡」
あたりに少し香ばしい垢の匂いと、さらに香ばしい揚げ菓子の匂いが漂う。しかしそれがポテトチップスという異界の菓子であるということすら、かの王が知ることはなかった。
「誰か……助け……」
這うように逃げ出す王の首が一閃の光跡とともに床に落ちる。
「お嬢様、このように無礼な男、あなた様にはふさわしくありません」
もちろん、斬ったのはそばに控えていたあの男で、彼は剣についた血潮をふるい落としている最中であった。
メグは……すでに元どおりの美しい姿に戻っていたが、その美貌にいかにもふさわしい、ぷっくりと頬を膨らませた愛くるしいむくれ顔で言った。
「もう、いきなり斬っちゃうとか、フェアリー君ったら乱暴!」
「そのあだ名で呼ばないでください」
「ふーんだ、私が私の『ペット』をどう呼ぼうと、私の勝手でしょ」
「御意。あくまでもあだ名だということにしてくださいよ」
「大丈夫、心得てますから。それよりこれ、どうするの?」
「王が死んだのですから、この国は王を倒した者の所有となるのが妥当でしょう」
「つまり、あなたが王様?」
「いえ、私はあくまでもペットですから、飼い主であるあなた様の所領とするのが良いかと」
「えー、別に国なんていらない〜、素敵なロマンスが欲しかったのに〜!」
愛くるしく両腕を胸の前に組んで、メグは唇をさらに尖らせた。
「けっこういい感じだと思ったんだけどな〜」
「どこがですか、あなたの真の姿を見て怯えていたじゃありませんか」
「あー、まあ、王様なんて権力にあかして美女をはべらせるものだから、庶民的な普通の女っていうのを見たことがなかったんでしょ」
「なるほど……普通だと言い張りますか……」
「普通よ。というか、私の世界ではむしろぽっちゃり系で可愛いって言われるレベルよ?」
「まあ……いいです……」
彼は剣を鞘に収めて、少し肩をすくめて見せた。
「で、次はどうするんですか、お嬢様?」
「うーん、南に行ってみましょうか、私の運命の王子様を探しに♡」
「御意」
「待っててね、メグの運命の王子様〜♡」
立ち去る二人の後ろ姿を、床に転がったままのアーストリア王の首が恨めしそうに見送っているばかりであった。




