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 港には村に残った子供と年寄りがごっちゃりと集まって、あり合わせの紙や布にクレヨンで絵を書き込んだ小さな旗を精一杯に振っていた。

 大人の姿はほとんどないが、旗がかさばるおかげでなんとなく人数多く見えるこれは、役場の職員が泣き泣き考え出した苦肉の策だ。

「それでも、実際に人数がいるわけではなし、見破られたらおしまいなんじゃないだろうか?」

「それでも、やらないわけには行かない。おい、もっと旗を振れ!」

 船着き場にゆっくりと近づくメグの船は大きくて子供達に恐怖を与えるには十分すぎるほど、その甲板でキラキラのドレスを着込んだメグが高笑いしているのだから、禍々しい雰囲気さえ感じられる。

 いつもはいたずらばかりして大人を困らせる村一番のガキ大将ですら、青ざめた唇で何度も万歳をつぶやきながら、ちぎれそうなほどに旗を振り回している。

 年寄りたちは家にあった古着を着せた案山子をあちこちに立ててその周りを囲むように並ぶことで頭数を粉飾しているのだ。

「わー、メグさまおかえりなさいー、メグさま歓迎しますー」

 幾分棒読み感はあるが、メグを満足させるには十分だったらしい。港に足を下ろしたメグは、花束を抱えて駆け寄った少女に言った。

「あら、今日は学校じゃないの?ダメよ、さぼっちゃあ」

「どうしても、メグさまのお姿を一目拝みたくて、お休みにしたんですー」

「ああ! わかるわ、こんな僻地では貴人の来訪さえ珍しいこと、おまけにその貴人が神と並び立つアルバトロス家の巫女だと聞いたら、女の子はみんな憧れちゃうわよね♡ 仕方ない、サインを書いてあげるから、並びなさい!」

 メグは矢立を取り出し、筆にたっぷりと墨を含ませた。

「え、サイン、書いてもらう紙とかないよ……」

「あら、子供のくせに遠慮とかしなくていいのよ。そうね、特別よ♡」

 墨の雫を押し付けるように、筆は少女のワンピースの上を這った。黒々とした筆跡が布地に染み込んで文字の体をなす。

「ああ! これ、お気に入りなのに!」

「ん? なんか言った?」

「いえ……ますますお気に入りになりました……ありがとうございます」

 口では感謝をとり繕いながらも、まだ幼い少女なのだからその両目に涙が浮かんだ。

「やぁねえ、確かに私のサインに感激する気持ちはわかるけれど、泣くほど喜ばれると照れちゃうわ♡」

「ふぐっ、ぐすん……ありがとうございます」

「さあ、次はパレードよ! 私のための馬車はどこ?」

「はい、こちらに!」

 それは白塗りのレース用馬車で、馬はやはり二頭、いかにも良く走りそうな肉付きのいい赤馬がつけられている。

 嫌な記憶がメグの脳裏によぎる。

「あの……普通パレードっていうのは、こう……ゆっくりはしるものよね?」

「ゆっくり走られたら、人数をごまかしているのがばれるじゃないですか」

「は?」

「ああ、いえいえ、あなたのように美しい方を乗せるのにふさわしい美しい馬車というのが、これしかなかったのです」

「でも、この馬車は……」

 しり込みするメグを押しのけて、キリー王子は馬車の車輪を覗きこんだ。

「すごい! 本物のポルチェだ! どなたの所有ですか!」

 村長がおずおずと手をあげる。

「はい、私の……」

「馬車レースがお好きなんですか?」

「いやあ、最近は年をとってやめておりますが、こう見えても若いころは走り屋でしてね」

「なるほど、それでマカンタイプなんですね。しかもカスタムされている」

「ほう、お若いのに良くわかって折られる」

「本当にこれに乗っても?」

「もちろん、ただ、長い間整備してなかったから、どの程度走れるかわかりませんけどね」

「それでもポルチェ、ですからね、後は御者の腕次第でしょう」

 キリーは少年のようにキラキラした目でメグを引き寄せた。

「さあ、メグさん! 手綱を取ってください」

「ええええっ! 何で私が?」

「あのときのロードとスターの扱い、手綱さばき、どれをとってもあなたには才能があるとしか思えない。このポルチェの真の力を引く出せる御者はあなたしかいないのです」

 無理やり御者台に座らされたメグは悲鳴を上げる。

「いやああああああ!」

 その声に驚いたか、二頭の馬が「ぶふるるる」と鼻息を吐いた。

「いいぞ、よく走りそうな馬だ」

「まって、まってぇえええええ!」

「はいよー!」

 キリーの怒声と共に馬は走り出す。

 すこし車輪をきしませながらも飛ぶように走るそれは、まるで白い風のようだったと、フェアリーは後々まで語ったものである。


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