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 船は無事に航海を終え、イェスターの南端にある港町に入港した。

 港といってもただの漁港で、街も小さい。とりたてて名産があるわけでもなく、どちらかといえば地味な田舎町ではあるのだが……ぜったい無敵、稀有尊大なメグにとっては屈辱的なことであるように感じたのだろう。

「おかしい、誰も出迎えに来ないなんて」

 腕組みをしてあたりを見回す姿からは、強い怒りが感じられた。

「本来なら街をあげて浜に出て、大歓迎してくれるタイミングじゃないの、これ」

 キリーは宥めるように優しい声を出す。

「歓迎とか、気にしないでください。僕はただ、あなたのご両親にご挨拶できればそれで良いんですから」

「よくないの!」

 メグはつきたてた人差し指をびしっとキリーの鼻先に突きつけた。

「アルバトロス家はこの国では王様よりも有名で、権力者なの! その凹地の大事な娘が婚約者を連れて帰ってきた、いわゆる凱旋帰国なのよ! 出迎えは国民の義務でしょ!」

 フェアリーは慌てず、騒がず、ただかしこまって頭を下げる。

「おそれながらお嬢様、入港の知らせが行き届いていないだけでは?」

「それだわ!」

 メグは飛び上がった。

「さっそく村長さんに、私が帰国したことを伝えなくちゃ! フェアリーくん、村長さんのお家はわかる?」

「この時間なら自宅ではなく、村役場にでもいるんじゃないですかねえ」

「ならば、行くわよ、フェアリーくん!」

「はいはい」

 都合いいことに村役場は海のすぐ近くにある。海から収入を得るこの村ではここが一等地なのだ。

 だからメグは、丘を一気に駆け上がる、フェアリーに負ぶわれて。

「はいよー、フェアリーくん、もっと早く!」

「無茶言わないでくださいよ」

 斜面を登りきったその先に、大きな木造の庁舎があった。

「う~ん、ボロッちいわね」

「お嬢様、そんなはっきりといわなくても」

「あら、素直な感想よ。もっとも、こんなド田舎では役場の仕事なんてせいぜいが住人の情報管理程度でしょ。これでも立派すぎるぐらいなんじゃないかしら」

「いえ、イェスターの王はあなたの提案どおり、各地に役場をおくに当たって必要な業務を徹底的に研究しました。ですからこんな田舎とはいえ、ここではこの村の福利厚生から各種支援に及ぶまで……」

「もういいわ。つまりアレでしょ」

 メグは得意げに鼻先を上げる。

「役場を作ることを提案したメグのおかげで、人々は豊かな暮らしを手に入れることができました、めでたし~めでたしっ!」

「はあ、そうですね、お嬢様は素晴らしいです」

「そんな生活の恩人である私の帰国を歓迎しないとか、ありえないわよね、ええ、ありえないわっ!」

 メグは扉が外れるんじゃないかというほど勢い良く、叩くように開いて役場の中に流れ込んだ。

「村長さんはいるかしらっ?」

「はいはい、私ですが?」

「私のことは知っているわよね」

 いくら悪名高いアルバトロス家の娘とはいえども映像技術もないような世界では、こんな村まで伝播してくるのはせいぜいが似せ絵程度だ。

 だからここで首をかしげた村長が責められるいわれは何もないのだが……

「私を知らないとかっ! あまりにフベンキョウじゃないの?」

「はあ、まったくフベンキョウですみません」

「私はこの国では王様よりも知られている、高潔と純粋のふたつなで!」

「本名と、高潔と、純粋……三つじゃないんですか?」

「二つなっていうのはそういうことじゃなくてね、キャッチコピーなの!」

「キャッチ……なにを受け止めるんですか?」

「もう! もうもうもう! あんたじゃ話にならない! もっと上の人を呼んで!」

「えっと、村長なので……私がここで一番上だということになっているんですけど?」

「あんたみたいに無能なのが? この村、やばいんじゃない?」

「はあ、どうも申し訳ございません」

「まあいいわ、老いぼれたその脳に刻むがよい、私の御姿を! そしてすこし遠くなった鼓膜に覚えさせよ、偉大なる知識の源の名前を! 我が名はメグ=アルバトロスなり!」

 その名を聞いた全職員――十人ほどしかいなかったが、その全員が震え上がった。

「まさか、アルバトロスっ!」

「厄災のアルバトロス嬢っ!」

 村長はひざを震わせて這い蹲り、額を地面にこすりつけた。

「アルバトロスのお嬢様が、こんな辺鄙な村になにようでございましょう」

「はははん、これこれ、これこそが貴人に対する礼儀よね♡」

「この村にあるものなら何でも持っていって構いません、何なら村の美青年全員をいけにえに差し出します。だからどうか、村を焼き尽くすような無体だけはご容赦を!」

「なんでそんな、メグが極悪人みたいな扱いになっているのよ」

「え、だって、東の村を焼き尽くしたって噂が……」

「あ~、あ~、あれね、大げさねえ」

 メグがカラカラと笑うから、村長は少しだけ肩を緩めた。

 が、続く言葉はそんな彼の肩を今まで以上に凍りつかせるのに十分なものであった。

「村の半分を焼き払っただけよ」

「ひ、ひいいい!」

「だってね、あの村はメグをおもてなししてくれなくって、メグのグラスハートは傷まみれになっちゃったの」

「ただ、それだけのことで?」

「それだけのことじゃないわよ。他人の心を傷つけるのはもっとも深い罪なのだわ。だって、肉体の傷はいえることがあっても、心の傷はいえないんだもの」

「あ……はあ、まあ……」

 もはや村長の声は小さく、泣き出しそうな雰囲気さえ含んでいる。

「それで、私たちはなにをすればいいのでしょう?」

「え~、それを主賓の口から言わせちゃうの? 察しなさいよ」

「いえ、私フベンキョウですので、トンと皆目見当もつきません。どうぞご指導願います」

「んふ~、あなたは目上の者に対する態度っていうものを良く心得ているわね~、いいわ、そういう態度は嫌いじゃない。教えてあげちゃう♡」

「ありがたき幸せでございます」

「私は今回、外国からお客様を連れてこの港に寄港したの。なのに、誰も出迎えに来なかったら恥かいちゃうでしょ。あ、別に私が恥をかくんじゃないわよ、国賓さえ満足にもてなせないこの国そのものが恥をかくのよ」

「つまり、もてなせと?」

「ささやかでいいのよ、こういう歓迎会というのは見た目よりも心の問題なのだし、メグは別に贅沢は望んでいないわ」

「では、今からここの全職員で……」

「……しょっぼ! あんた、なんのために村長なの? 村の人たちを集めて、そうね、この村は貧乏そうだからパレードくらいで勘弁してあげる」

「村人は今……」

「メグの大事な人だからぁ、最大限の誠意をもってもてなしてね」

「あ、いや、村の人は今……」

「じゃあ、フネに戻ってまってるから、用意ができたら連絡してっ! 入港するところからやりなおさなくっちゃ!」

 それだけをいうと、メグは颯爽ときびすを反した。

「さて、戻るわよ、フェアリーくん!」

 自分に向かってぺこりと頭を下げるフェアリーの袖を掴まえて、村長は小声でうめいた。

「あの、もしもご要望に添えないようなことがあったら……」

「さあ、それはお嬢様のお心のままになので、俺は知りません」

「ですよね、村の半分を焼き尽くす……」

「お嬢様もそこまで極悪非道ではありませんよ。それに高潔な人間がお好きなので、あなたが村のために身を差し出すとでも言えば、火あぶり祭り程度で済むんじゃないですかね」

「ふひいいいいいい!」

 身を縮ませる村長をそこに残したまま、メグとフェアリーは役場を後にしたのだった。


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