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◇メグのキラキラ南国日記(『お嬢さんを僕にください』からはじめよう編)◇
メグの実家へと向かうために、一行は船に乗った。
豪華客船の甲板の上を、潮っけをたっぷりと含んだ風が吹き抜ける。
それは甲板に置いたテーブルで書き物をしていたメグの帽子をさらって、ふわりとスキップした。
「あ」
慌てて手を伸ばすメグよりも先に、優しい彼がその帽子を風の中から拾い上げる
しかし、帽子を手に甲板に立っているのはキリーではなく、すこし仏頂面をしたフェアリーだった。
「せっかく言霊をこめて書いたのに~! なんであんたが取っちゃうのよ~!」
ひょい、とメグの手元を覗き込んだフェアリーは、そこに書かれた文章に目を通して大きなため息をついた。
「『彼』ってしか書いてないからですよ。俺は男だし、第三者から見たら『彼』で間違いないでしょう」
「今から『彼』の名前を書くところだったのに!」
「文句なら、気まぐれな潮風にでも言ってくださいよ」
きざな仕草で帽子をくるりと回し、遠く洋上を見るフェアリーの横顔は美しい。
「トゥンク……」
思わず身を乗り出したメグは、自分が彼に唇を寄せようとしていることに気づいてしまった。
「なんですか、お嬢様、顔が近いんですが……」
「あ、あら! 私ったら、はしたない~」
「それより、いいんですか、あれ」
フェアリーが顎で示した先には、甲板の手すりに持たれて楽しげに談笑するキリー王子とオムリの姿があった。
「あなたとの婚約の話をしに行くのに、女連れってどういうことなんでしょうねえ」
「仕方ないでしょ、あの女はお世話係なんだから」
「何のお世話をするんだか」
「ん! エロ? R-18規制?」
「そういう異世界の話には惑わされませんからね、今日は!」
「異世界もこの世界も関係ないの! 品性の問題よ!」
「そういうとっちらかったことはどうでもよくって! どう思うんですか、あれ!」
キリーは口元を女の耳に寄せて、女はくすぐったそうに肩をすくめながらも嬉しそうで、それは恋人同士の語らいのように見えなくもない。
それでもメグは、きっぱりと言い切った。
「たぶん、お世話に関する打ち合わせでもしてるんでしょう」
「だ・か・ら! 何のお世話だよってことになるじゃないですか!」
「R-18? エロい話?」
「あ~、もう! 堂々巡りっ!」
フェアリーは指先でもてあそんでいた帽子をひょいっとメグの頭に戻してため息をついた。
「いいですか、嫉妬がどうこう言い出すのは無しですよ。だまって聞いてください」
「うん」
「俺は何年もこうしておそばであなたを見てきたのだから、おかしな連帯感というか愛着みたいなものをあなたに感じることがあるんです」
「それってしっ……」
「シィ~ット! だまらっしゃい!」
「あ、はい」
「しょうじき、お嬢様がどこのどんな男とひっつこうが構いませんがね、あの男だけはダメです。俺の戦闘精霊としての勘がビンビンと感じるんです」
「R-18なうえにBLなのっ?」
「あ~、またワケわかんないことを!」
フェアリーが頭をかきむしる。
「俺はね、あんたが不幸になるのを見てられない、ただそれだけなんです!」
「いやん、それって、私を幸せにしたいっていうことよね♡」
「いったい、どこでどうなったらそういうことになる!」
「まあ、フェアリー君はかっこいいけど、残念ながらペットだしな~、どうしようかな~♡」
「どうもしなくていいから、キモにだけめいじておいてください! あの男がおかしなそぶりをしたら即、首を落としますからねっ!」
「そんな心配しなくても、ちゃんと幸せになるから大丈夫っ♡ なんといってもキリー王子は、私のお父様に会ってくれるって言ってるんだし、結婚ラクショーでしょ、これ!」
「どうですかね」
「いいのいいの、いざとなったら言霊を使って彼のハートゲッチュなのっ♡」
「そんなズルをして手に入れた愛に、価値なんかあるんですかね」
あきれきって言葉を吐き捨てるフェアリーと、浮かれきってご機嫌なメグを乗せて船は進む。
イェスターの国はもう近い。
フェアリーの不安も、メグの妄想も、全ては潮騒に隠されて誰も気づかぬのであった。




