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 フェアリーは童貞であるが……いや、童貞であるからこそ、なぜに『クリ拾い』である必要があったのかを知ってしまった。おそらく、このしきたりを最初に決めたのはただのエロ爺だったのだろう。

 メグは見た目だけをいえば美しい。その美しい少女が赤いずきんをかぶって森の下草の上に細い手を伸ばしている姿だけでも眼福である。

 それだけではなく……

「キリーさま~、メグのクリちゃん、見て♡」

 無邪気にカゴを掲げるメグを、フェアリーは押しとどめた。

「お嬢様、クリごときに『ちゃん』なんてつけるのはちょっと……」

「どうして?」

「ああ、お嬢様、こういう方面の知識と語彙力が決定的に欠如してるんでしたね……」

「こういう方面って、どういう方面?」

「つまりですね……お嬢様のお嫌いな……ですね……」

 どう言葉を濁そうかと悩み悶えるフェアリーを押しのけて、キリーはメグのカゴを覗きこんだ。

「わあ、ずいぶんと大きなクリですね」

「えへ☆ メグのクリちゃん、キリーさまにあげちゃうね♡」

「おや、こっちはイガがついたままじゃないですか、剥いて差し上げましょう」

「ううん、大丈夫、自分で剥くから」

「剥き方は知っていますか?」

「えっと……良くわかんないから教えてほしいな♡」

「いいですか、いきなり剥くと(とげが)痛いですから、まずは優しく持ってみましょうね」

「こ……こうかな?」

「痛くありませんか?」

「うん……ちょっとだけちくちくして……変な気分かも」

「ここにちょうど割れ目がありますね、ここに指を入れて見ましょう、そっと、優しく、丁寧に、ですよ」

「あうん! あああん、痛いよぅ!」

「ほら、かしてください、私が剥きますから。クリを剥くのは慣れているんですよ」

 王子の繊細な指先は、拒むように蜜に生えたとげをそっと押し開いて果皮に深く口開いたワレメをなぞった。

「ふふふふふ、(クリ拾いの季節には)まだ早いかと思ったんですが、こんなに大きく膨れ上がっていますね……」

 良くふくれたクリの一粒を焚き火にくべたように、フェアリーの童貞妄想はパチンとはぜて限界を迎えた。

「あ……あああああがぁ!」

「ど、どうしたの、フェアリーくん、戦闘精霊モードになったりして……」

「うるせえ! クリクリクリクリ言ってじゃねえ!」

「なんでよ、クリ拾いに来たんだから落ちているのはクリばっかりで、クリクリクリクリいうのも当たり前でしょ!」

「だったら『ちゃん』付けしてんじゃねえ! エロさ増幅させてどうするっ!」

「は? なんでクリからエロの話になるのかわかんないっ!」

「いいか、一般的に『クリちゃん』っていうのはな、女性k……」

この言葉をさえぎるように、キリーが両手を叩く。

「はいはい、ケンカはそこまで~。どうやらフェアリーの方には刺激が強すぎたみたいですねぇ」

「てめえ、お上品そうな面して、わざとか、これ!」

「なにがですか~? ぼくとメグさんは楽しくクリちゃんを剥こうとしただけじゃないですか、ね~、メグさん?」

 メグは純真無垢、天真爛漫、まったく何も知らぬ赤子のような疑いの一切ないまなざしをキリーに向けていた。

「そうよね、ただクリちゃんの剥き方を習っていただけなのに……フェアリーったら変なの」

「あー、そうかい! 変なのは俺のほうだったか! 楽しいクリちゃん弄りを邪魔して悪かったな!」

「本当によ、せっかく今からキリーさまがクリちゃんを剥いてくれるところだったのに!」

 キリーは人差し指の腹をかんで笑いをこらえているようだったが、おかしくて仕方ないのだろう、飲み込みきれなかった笑いがクツクツと口の端からこぼれている。

「メグさん、クリを剥いた後はどうすると思いますか?」

「え、剥いた後? たぶん汚れてるから、キュッキュッって丁寧にこすって、きれいになったらキリーさまに食べてもらうねっ♡」

 フェアリーが飛び上がる。

「もうええわっ! ふたりでクリのみがきっこでもしてろっ!」

 そのまま走り去るフェアリーは、たぶん戦闘精霊の能力を使っているのであろう、人知を超えた速度であった。

 だからメグは肩を怒らせた背中をポカンと口を開けて見送るしかなかったのだが、やがてやっと顎を動かしたときに出たのは、やはり純粋な疑問の一言であった。

「なに怒ってるんだろう、変なフェアリー君!」

「まあまあ、これで邪魔者は消えた……やっとあなたと二人きり、大切な話ができるというものです」

 キリーの手がメグの肩にかかる。

「え、いや、あの……」

「いやですか? 本当に?」

 そのままそっと引き寄せられて、メグは戸惑いながらも目を閉じた。

「ちゅ……チュウくらいなら、まあ、いいかな。でもそれ以上はダメ。メグはね、ハジメテは真っ白なシーツのかかったホテルのベッドで、朝起きるとダイスキな人がおはようのチュウをしてくれるシチュエーションじゃないとだめなの。決めてるの」

 そう言いながらキスの準備をしようと唇を精一杯に伸ばしてキリーに向ける。

「そういえば息! チュウのときって息はどうするんだろ……ええい、ままよ!」

 大きく息を吸い込み、肺を精一杯に膨らませて彼の腕に体重を預ける……そんなメグの唇に彼の唇が重なって……は来なかった。

「なんでそんな面白い顔してるんですか?」

「え? だって、チュウ……」

「いいですか、まじめな話なんだから、ちゃんと聞いてください」

「……はい」

「いちど、あなたのご両親とお話したいと思っています」

「はい?」

「メグ、わたくしキリコ=フェルドナ=フェル=フェルトは、あなたとの婚姻を正式にアルバトロス家に申し込みたいと思っています」

「は……はい!」

 メグの頭の中でウェディングマーチが流れる。赤いじゅうたんが足元に広げられ、その上を静々と歩く花嫁の姿がありありと……妄想される。

「こ、ここで結婚予約のチュウとかしちゃっておく?」

「いいえ、それは後のお楽しみにとっておきましょう。愛するあなたをここですぐにいただいてしまうのはもったいない」

「ああ、キリー! これが真実の愛~!」

 浮かれるメグを、キリー王子は優しく抱きしめた。


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