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   ◇メグのキラキラ南国日記(ハートゲット胃袋攻略編♡)◇


 キリーはずっとメグの手を握っていた。まるで永遠に離さぬ、とでもいうように。


 ここまでを読んで、フェアリーは首をかしげながら自分の主を見た。

 彼女はすでに湖のほとりに特別にしつらえられたテーブルについており、卓の上にはとりどりの料理が並んでいる。

 しかし、フォークを握るはずの右手は、キリー王子が両手でしっかりと包み込むように握りこんでいて使用不可能であった。

「あのね、キリー、食べにくいんだけど?」

「なぜ? そちらの手が空いているではありませんか」

「メグ、右利きだから……」

「じゃあ、私が食べさせて差し上げましょう」

 ここまでの展開は良好だ。

 王子はメグに熱い視線まで向けて、その恋情は疑いようもない。

(なかなかやりますね、お嬢様)

 この後の展開を確かめようとフェアリーがノートに視線を戻す……と、そのときだ、一人の女性が彼のすぐ横をふわりと通り過ぎ、キリー王子のいるテーブルへと静かに歩み寄った。

 真っ白なワンピースでめかしこんではいるが、良く日に焼けた浅黒い肌の健康的な女だった。いや、着ているワンピースが白くて、シンプルなものだったからその肌もみっともないものではなく、むしろ健康的な陽性の香感じる美しい女だ。

「おそくなって申し訳ございません、オムリ=ナギョー、キリコ様のお招きによりこの昼食会へと参りました」

 彼女が上品に軽く頭を下げた瞬間……魔法が解けるその瞬間をフェアリーは見た。

「ああ、オムリ、今日はそんな堅苦しい席ではありません。どうかいつものようにキリコと呼び捨ててください」

 突き飛ばすようにしてメグの手を解いたキリーは、その女性の片手を取って微笑んだ。

「私もいつものように、あなたのことをオムと呼ぶから、いいですね?」

「はい、でも、あの……そちらのお客様は?」

「ああ、彼女は私の命の恩人で、今日はお礼の席としてこの昼食会を設けたのですよ。言ってみれば、新しい友人? みたいな?」

 メグはすでに不機嫌そうに両頬を膨らませていたのだが、この言葉を聞いて飛び上がった。

「友人じゃないもん! 恋人だもん! そういう風に『書いた』はずだもんっ!」

 その女はにっこりと微笑んだ。哀れみや嘲笑ではなく、幼い妹を見るような慈愛に満ちた微笑みだった。

「まあ、愉快な方ですね」

「愉快じゃない! 不愉快だよ、私は!」

 そんなメグの怒りをするりとかわして、王子は傍らに立つ女性の方に手を置いた。

「こちらはオムリ=ナギョー、この海辺の領主のご息女です」

「いやだわ、そんな……ウチはただの網元ですわ」

「何を言ってるんですか、ナギョー家といえばぼくの家と並ぶほど古くからある由緒正しい名家、もっと自信を持って下さい」

「なんだか、キリコにそう言われると少しだけ胸を張ってみようかなって気分になるわね」

 口元に手を当てて「ふふふ」と笑う彼女に、メグはびしっと人差し指を突きつけた。

「あ、いま、胸って言った! 下品!」

「えっと、胸を張るというのはそういう意味ではありません。自信を持って背筋を伸ばしたときに胸がこういう感じで……」

「実演しなくていいから! 胸胸胸って、連呼した上に胸を強調させて見せるなんて下品! もっとも、網元ごときのお家じゃ、ろくな教育も受けていないのはわかるけれど、それにしてもあんまり!」

 フェアリーはそんなメグに向かって猛ダッシュタックルをかけ、細身の体を抱えるようにして指を押さえ込んだ。

「お嬢様、こんなところで言霊を使ってはいけません」

「『イケません』って! それもR-18用語!」

「ワケわかんないこと言ってないで、ごはん、ほら、ご飯食べましょう、せっかくのお食事会なんですから!」

 押し付けられるようにして椅子に座らされたメグは、それでも鋭い視線を二人に向けたままだった。

「あの女、なに?」

「はいはい、そういう怖い顔はしないでくださいね。えっと、この後はどうなるんでしたっけ?」

 フェアリーはさっき読んだノートのページを、記憶の中で手繰った。

「『まるで生きているかのように新鮮な魚を、メグはさばきはじめた。うなる包丁、踊る皿。王子は「キミはなんて気のきく人なんだ、おまけに料理上手で、かわいらしい。こんな人をお嫁さんにしたいなあ」と言った』っていうシーンですよ、いいところ見せなくっちゃ!」

 フェアリーに促されて、メグはふくれっつらのままではあったがにらみをはずしてテーブルに視線を落とした。

「うん、頑張る」

「そうです、お嬢様、俺もサポートしますから」

 そんなことは気づきもせず、キリーは褐色肌の女を自分の隣に座らせて話を始めた。

「それにしても、時間に几帳面なあなたが遅れるなんて珍しいですね」

「ええ、昨日、浜で漁師たちのフネが何者かによって壊される事件があって、その後始末に手間取ってしまったのです」

「それは……忙しいところ、ここまできてくれたということですか?」

「だって、あなたに会いたかった……」

「オム……」

「あ、いえっ! ちょうど片付けも終わったから、別に忙しくはないんです!」

「また、そうやって僕に気を使う……」

「でも、ひどい事件でした。壊された船の上に、大きな船のようなものが乗ってて、それをどかすだけでも一苦労だったんです」

 この話に、フェアリーは顔をしかめる。

「お嬢様、あの女性が言っている事件って、まさか……」

「しっ! だまってちょうだい、フェアリー、二人の声が聞こえないでしょ!」

「しかし、ここは謝罪のひとことでも……」

「謝罪? 何の?」

「いまの二人の話を聞いてなかったんですか!?」

「しっかりきいてたわよ。いまのところ規定に引っかかるような単語はなかったわ」

「ああ、さようですか」

 フェアリーは、それ以上なにかをいうのはあきらめて後ろに下がった。

 その間にもキリーは目を細め、頬杖をつくようにして女性の顔を見つめている。見つめられた彼女は静かな笑顔で話し続けていた。

「幸いに被害を受けなかった船もあったので、今朝の陵で取れたお魚をこちらに届けるように手配いたしました」

「そんな気遣い、いらなかったのに」

「いいえ、せっかくのお食事会なのですから、ここの地魚を是非召し上がっていただきたくて」

「そういうことなら、ありがたくいただきましょうか」

 ここで、メグが跳ねるように椅子から立ち上がった。

「はい、そのお魚、メグがさばきます!」

フェアリーがその袖を引く。

「やめておいたほうがいいですよ、ここの地魚っていえば……」

「平気よ。あっちの世界にいたころはお母さんの手伝いをしてお魚をさばいたこともあるもの。コツはわかってるわ」

「そうですか、では、とめませんよ」

「まっかせておきなさいって!」

 しかし腕まくりをしたメグの手の中に握らされたのは包丁ではなく、一本の小さな斧だった。


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