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◇モク=タートスの調査報告より◇


 二年にわたる調査のまとめがこのような走り書き一枚のみになってしまうのは遺憾ではあるが仕方ない。

私にはもう、時間が残されていない。


 さきほど、言霊使いから異界言語を使っての呪いを受けた。

 最後の情けにと彼女は意味を教えてくれたが、それは異界にある『コトワザ』というマジックワードで、意味は次の通りだ。


――死んだ人間には口がない


 その言葉の通り、私はすでに声を失った。そして肉体も、左手の指先からじわじわと腐りはじめている。

 この腐敗の速度では数刻後には白骨となるだろう、だからこそこの事実をここに書き記しておかねばならない。


 私は二年前、東の大国アーストリアの王からの密命を受けて、この西の国イェスターへと潜入した。目的はこの国の神官職であるアルバトロス家の調査。

 この家には数代に一度、言霊使いと呼ばれる者が出現する。神と直接の対面を果たし、神の言語を操り、それによって奇跡の業を行う彼らは神事のみならず軍事、経済、イェスターの全てを掌握する脅威の存在であるからだ。

 この国ではすでに王など形骸であり、見た目の権威しかないに等しい。


 そこで私はこのアルバトロス家に住み込みの庭師として入り込み、当代の言霊使いであるメグ嬢に取り入ることに成功した。

 その結果わかったことは、あれは神の言語などではなくて単なる異世界言語だ。

ただし、神との対面がなされたというのは事実らしい。

 

 神は時々、気まぐれを起こす。

 どうした采配かは我々のおよび知るところではないが、異界の者を招聘してアルバトロス家の息女として転生させるのだという。

 そのときに与えられるギフトが言霊使いという異能なのである。


 これは術者の言語能力による適正はあるものの、発言したら防ぎようのない万能の異能であり、アーストリアの王家は永きにわたってこの能力に抵抗する術を研究していた。


 ああ、もうだめだ。右手まで腐敗が進行してきた。


 現在のところ、これを封印する術も、無効化する呪も見つかってはいない。

 唯一、この能力の難を逃れようというのなら、関わらないことである。

 関われば必ずや……



 調査報告書の文字はそこで途絶えていた。

 あとは腐った指先で苦し紛れにかきむしったのだろうか、汚らしい黄色の液体が乾いて固くなった汚れが無数に散っている。

 調査報告書を読んでいたアーストリア王はさも不快そうにその紙を指先だけで折りたたみ、傍らに控えていた大臣に手渡した。

「で、この文書を残した者の消息は?」

「こちらが差し向けた調査隊がついたときにはもう、骨まで朽ち果ててわずかばかりの残骸が残っていただけだそうです」

「ふむ、関わるな……か、確かにそのほうがよさそうだ。全ての調査隊を引き上げさせろ」

「よいのですか?」

「なに、あんな小国、言霊使いさえいなければ恐れるほどのものでもない。先に平らげるべきは南のガルワス大陸じゃないかね?」

 しかし、大臣からの返事はなかった。代わりに苦しそうに息を詰める気配がしただけだ。

「おい、どうした?」

 王が視線を上げると、大臣は自分の手で自分の首を強く締め手いる最中であった。

「気でも狂ったのか!」

 どれほどの力をこめているのだろうか、すでに顔色は青ざめ、呼吸は細く乱れきり、どこかの骨がボキリと音を立てる。

「おい、誰か……誰かあるか!」

 人を呼ぶ王の声に答えたのは若い女性の、おかしいのをこらえてわざと上品に振舞おうとしているような忍び笑いの声であった。

「誰だ!」

「はじめまして、王様♡」

 最初に入ってきたのは若い男であったが、これはどうやら従者であるらしい。腰に下げた剣に手を当てて室内を油断なく見渡した後で、少しわきによけて片ひざをつけて畏まった。

 その後ろから入ってきたのは年端も行かぬ乙女かと見まごうほどに美しい女で、豊かな金髪を結いもせずに風に遊ぶままにしているのがまた、野趣を感じさせる。

 その女は王に向かって尊大な笑みを投げた。

「いいの? このままだと大臣さん、死んじゃうよ?」

 大臣は首に手をかけたままで膝から崩れ落ち、すでに体のあちこちをビクンビクンと痙攣させている。

 王は思わず聞いた。

「誰だ、お前は」

「あれ、わからない? じゃあ名乗っちゃいますね、私はアルバトロス=メグ……」

「アルバトロス……まさか……」

 王はなす術もなく戦慄した。



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