7、綾川春呼
「あ、久しぶりー! 衣純の後輩ちゃん!」
「あ、お久しぶりです。えと、綾川さん。」
「覚えててくれたんだ、嬉しいよーっ! ありがと!」
「散策部」に入部してからおよそ一ヶ月が経過し、高校生活自体にも大分慣れてきた頃。
いつもお昼ご飯を食べる場所に向かって一人で歩いていると、背後から聞き覚えのある声があたしを呼び止めた。
彼女は綾川さん。広瀬先輩のクラスメイトであり、前に一度、お話をした事がある人だ。
「どう? 部活とか学校とか慣れた?」
「はい、だいぶ。毎日、そこそこ楽しいです。」
「そこそこって! 素直なんだね!」
綾川さんは、そう言うと口元に手を当てながらクスクスと可愛らしく笑った。
「ねえ、名前聞いてもいいかな?」
綾川さんは、突然真剣な表情になったかと思うと、あたしの目を真っ直ぐに見つめてきた。
もう、先程までの可愛らしい綾川さんでは無かった。
「……新井、鈴菜です。」
「そっか、鈴菜ちゃんか。ねえ……ちょっと、お話しない?」
綾川さんの短い髪が廊下の窓から入る風に吹かれ、彼女の表情を隠す。
彼女の口元だけは笑っていた。
怖い、とあたしは本能で感じた。全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。一歩、彼女から距離をとった。
「お願い。聞きたいことがある。」
綾川さんの表情を隠していた髪が、再び風でなびく。
「…………っ!」
彼女は、笑みを浮かべながら静かに涙を流していた。
「ごめんね、泣いちゃって。」
「い、いえ、気にしないで下さい。」
あたしと綾川さんは、人のあまり来ない学校の裏庭に来ていた。綾川さんは、あたしがお弁当を食べ終わるのを静かに待ってくれた後に、そっと口を開いた。
「ダメなんだよなあ、私。感情が高ぶると直ぐに涙が出ちゃう。」
そう言う綾川さんの目尻には、まだ涙が光っている。
今まで、人とあまり深く関わってこなかったあたしは、こういう時にどうしたらいいのかが分からずに、只々オロオロとしてしまった。
「すみません、綾川さん。凄くあたしばかだと思うんですが、あたしにはあなたの泣いている理由が何も分かりません。だから、どうか、教えて欲しいんです。」
あたしは、綾川さんをチラチラ見ながらそう言った。彼女は、あたしを真っ直ぐに見てくるが、あたしは彼女を真っ直ぐには見ることは出来なかった。
一度、あたしの心に刻まれた「怖い」という感情は中々消えてはくれない。
「うん。」
綾川さんが、ごくんと喉を鳴らす。
青々とした木々だけが、あたしたちを見ていた。
「衣純の事なんだけど。」
「え?」
初夏らしい、爽やかな風があたしと綾川さんの間を吹き抜けた。