4、こうちゃん
こうちゃんのお母さんとお父さんは、昔から仲があまり良くなかった。
大泣きをしながら、小さなこうちゃんが我が家によくやって来た事を、あたしは今でもよく覚えている。
「……この前さ、東京の家におふくろが男連れてきた。」
「…………。」
「それなりにイケメンでさ。おふくろ、中々やるじゃん! って思った。」
「…………。」
「でも俺、おふくろがそいつと再婚するって聞いたとき、何かどうしようもなくドス黒い感情が沸いてきたんだ。おめでとう、なんて一言も言えなかった。」
「…………。」
「何で、親父じゃダメだったんだよって思っちまった。俺、小さい頃の楽しい家族の思い出なんて、ほとんどねぇもん。」
こうちゃんは、オレンジ色のジュースを一気に飲み干した。そして、昔より幾分か伸びたツンツンしている短髪を右手で掻く。
「わりぃな、暗い話しして。こんな話しされても困るだろ。それも、昔ひでぇことされた相手にな。」
こうちゃんは、そう言って自嘲気味に笑った。昔と変わらない一重が、切なげに細められている。
その目を見たとたん、何だか心の奥がキューっとした気がした。そう、こんな感情は幼稚園の時、一緒に遊んでいた時以来……。
大嫌いだったこうちゃんを、急に守りたいと思ってしまった。
「全然。幼馴染でしょ。もっと話してよ、こうちゃんの気が済むまで。」
体の力が抜けていく感じがする。こうちゃんが怖くない。
「……お前、俺の事嫌いじゃねえの?」
こうちゃんが、眉を寄せて深刻そうな顔をする。これは、本気で彼が疑っている時にする表情だ。こうちゃんは、昔から本当にすぐに顔に出る。
背は大きなったし、声も低くなったけど。
幼稚園の頃から、変わってないなあ。
「嫌いじゃないよ。二度と会いたくないって思ってたけど、あたし、こうちゃんの事、今日で嫌いじゃなくなった。」
「お前……そういうのを嫌いっていうんじゃねぇの?」
素直な気持ちを言ったあたしの言葉に、こうちゃんは「ははっ」と乾いた笑いをこぼす。
「だから、もう良いって言ってるの。あたしが大嫌いだったこうちゃんも確かにいる。だけど、大好きだったこうちゃんがいるのも事実。だったらあたしは、大好きだったこうちゃんを信じるよ。」
「……お前、よくそう言うクサイ台詞言えるな。」
「ははっ、こうちゃん真っ赤!」
「うっせえ!」
こうちゃんは、片手で顔を覆って下を向いたまま、しばらく動かなかった。
静かだけれど、何だか心が落ち着く時間がゆっくりと流れていく。
「本当にあの頃は悪かった。それと、ありがとう。」
「うん。」
あたしたちの時計が、六年振りに動き始めた。
結局この日、大好きな川嶋リクのドラマは観れなかったけど、それ以上に何だか幸せだったから許す事にする。