2、散策部
「じゃあ、今から説明するね!」
そう言って広瀬さんが取り出したのは、おそらく自作だと思われる手書きのパンフレットだった。
「え、これってもしかして手書きですか?」
「そうなんだよ! 見てよ、これ! 二十部も書いたんだよ~! 徹夜だよ、僕!」
広瀬さんが見せてくれたのは、一部一部、丁寧に手書きされていた散策部についてのパンフレットだった。
所々、学校の公認キャラクターである晴坊が描かれている。何か、無駄に上手なんだけれど。
「記念の第一部目を新井さんにプレゼント!」
キラッという効果音が出そうな笑顔でそう言われ、あたしは思わず広瀬さんから目を逸らせてしまう。
「第一部目……ありがとうございます。」
「いーえ! こちらこそ貰ってくれてありがとう。今まで断られ続けてたからさ。」
広瀬さんは、そう言って泣くふりをした。
あたしが広瀬さんに聞いた話しを簡単にまとめておくと、次のようになる。
・散策部は、その名の通り学校敷地内や校外(学校周辺)を散策する部活である。
・散策中に気になった人・物・事にはどんどんアプローチをかけてOK。
・時々電車などで遠出をする予定。
取り合えず、部活動自体は自由度の高い部活らしい。ただ歩くだけではなく、自分から積極的に活動することが部活を楽しむ秘訣なのだと広瀬さんは言った。
その言葉通り、広瀬さん手描きの晴坊が「積極的に!」と、広瀬さんそっくりの陽炎の瞳で言っている。
「つまり、何事にも興味を持つっていう事が楽しむ為の第一歩だと思うんだ。興味を持った事があったら、それについて研究とかもしてもいいと思うし。」
ようはその人次第だと、彼は笑った。
「今日はありがとうございました。もう一度、じっくり考えてから結論だします。」
「えー、即決しようよー。」
「無理です。」
「こ、心にズバッときたよ。まあ、冗談だけど。」
「ところで広瀬さん。一つお聞きしても良いですか?」
「何なに? 何でも聞いて!」
広瀬さんは、ガバッと向かい合わせになっている机から身を乗り出してきた。その反応からして、多分、部活について聞いてくると思っているんだろう。
残念ながら、予想ハズレなのだが。
「大したことでは無いんですけど広瀬さんって、きつね好きなんですか? 筆箱に可愛いストラップが付いてたから。」
「…………。」
「ひ、広瀬さん?」
「ああ、ああ、ごめんね。好きだよ……何となく、僕に似ているしね。」
「え? 似てる? 何がですか?」
「いやいや、気にしないで~。新井さんも好きなの?」
何だか、広瀬さんの反応がおかしい(というか挙動不審な)気もする。それに話も逸らされた?
「新井さん?」
あたしが変に勘ぐっていると、広瀬さんが心配そうに声を掛けてくる。いけない、いけない。
「あたしは大好きですよ。子どもの頃、よくきつねのヒーローに助けられたから。」
「きつねのヒーロー?」
「はい。いつもいつも、近所のガキ大将から、いじめられていたあたしを守ってくれたんです。きつねのお面を付けた同い年くらいの男の子に。いつの間にか、会えなくなっちゃいましたがね。」
「……へえ。」
「あたしはいつも『おきつねヒーロー』って呼んでたんです。あたしの中では、いつまでも憧れのヒーローです。また会いたいな~って思います。」
あたしが話し終えると、何故だか広瀬さんは顔を真っ赤にしてあたしをポカンとした顔で見ていた。
「ひ、広瀬さん?」
「ごごごごごめん! ほらほら、もう帰んなきゃ! 暗くなっちゃう!」
「は、はい! すいませんです。お、お先に失礼します!」
なんだか半ば強引に押し出されるように部室を追い出されてしまった。何かあたしは、悪い事を言ってしまったのだろうか。
それとも、もしかして広瀬さんが……? いや、それは無いか。「おきつねヒーロー」は、もっと男の子の中の男の子っていう性格をしてた。広瀬さんみたいに、ほんわかしてない。
あたしはもう一度、数学準備室兼、散策部部室を振り返る。
「散策部か。」
夕陽が照らす静かな廊下に、あたしのひとり言がこぼれた。