1、不器用な部活勧誘
「野球部はどう~? マネージャー募集してるよ!」
「サッカー部は!? 一緒に青春しようよ!」
「ここは、バスケ部でしょ! 入部しちゃいなよ! 今なら、学校公認キャラの晴坊の手作りマスコットをあげちゃう!」
春。新入部員獲得のために、各部活が一致団結し、これでもかという程趣向を凝らす時期。一年生の教室の周りは、朝・昼・放課後と凄い人数の先輩たちが集まってきていた。
「見学だけでも! ね、いいでしょ!?」
「いや、運動部は入らないって決めているんで。すみません。」
次から次へと先輩・せんぱい・センパイ。入学したばかりの一年生にとって、上級生は恐ろしいものだというのに。(あたしだけ?)
こんなにどっとたくさん来られたら、一気に心が疲れてしまう。
「あー、もう。いつまで続くんだろ。」
人でいっぱいの狭い廊下を必死になって抜け出した後、背後に見える人だかりを見てボソッと呟いた。
「あの~」
「は?」
靴箱で上履きとローファーを交換しようとした時、ふと小さな声があたしを呼び止めた。
「お帰りになるところ、すいません。僕、『散策部』の二年の広瀬と言います。」
神妙な顔で話しかけてきたのは、制服を軽く着崩した男の先輩だった。あたしは、そんな彼を一瞥して小さくため息をつく。
「あの、部活の勧誘はおことわ……」
「運動部じゃないですよっ!」
「は!?」
行き成り言葉に力を込めた広瀬、と名乗る彼に思わずこちらも大きな声を出してしまう。
「いえ、『散策』っていう位だから、たくさん歩いたりすんの? ってよく聞かれるんで。別に歩く練習とか、一切しないです。」
いや、むしろ歩く練習って何なんですか。という心の中のツッコミは置いておき、あたしは取り合えず広瀬さんをじっと見る。
広瀬さんの大きい瞳が、陽炎のようにゆらゆらと揺れていた。どこかで見た事のあるような瞳だと、ふと思った。
「……お話、聞かせて貰えませんか?」
あたしは、気が付くとそう口に出していた。この人なら大丈夫かもしれない、と心の奥底でそう思ったからだと思う。
「えっ、ほんと!?」
広瀬さんは、先程まで揺れていた陽炎のような瞳をパッと開かせる。その顔は今までとはまるで別人で、まるで小さい子を見ているようだった。
「やった、良かったあ!」
彼はそう言って、ふにゃりと笑った。
あたしが広瀬さんに連れてこられたのは、二年生の教室が並ぶ棟の一番右端の小さな部屋だった。
普段は数学の授業の準備室として使われているらしく、そこらに数学の教材が置いてある。
「今年から活動を始めるから、まだこんな所しか使わせてもらえないんだ。ごめんね。でも少しホコリ臭いけど、落ち着く場所だよ!」
「それは別に良いんですけど……今年からなんですか?」
「そう! だから部長は僕なんだ。まだ一人だけど、君が入ってくれたら二人になるよ。あ、安心して。部活動申請は通ってるし、活動内容も大体決まってるから!」
いや、そこじゃないだろう。と思った。
それより、部員一人しかいないのに部活動申請が通るのか、この学校は。この学校も、広瀬さんもどこかズレている。
「そう言えば、まだ君に名前聞いてないよね? 良かったら教えてくれる?」
良かったら、と言いながら既にペンと紙を準備し始めている。何だかちゃっかりしている人だなあと思いつつ、あたしは口を開いた。
「一年三組、新井鈴菜です。」
「……そう。ありがとう!」
一瞬真面目な顔をした広瀬さんだったが、すぐにまた笑顔に戻った。
「じゃあ、新井さんには今から『散策部』の活動予定内容についてお知らせしていきたいと思います!」
「は、はい。お願いします。」
広瀬さんの筆箱には、可愛らしいきつねのストラップが付いていた。