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急転直下の出会い

「ガリー、ガンス、用意はいいな」

「大丈夫でヤンスよ姉御!」

「いつでも行けるでガンス!」

 

 崖の上に三人の人影が居た。

 中心に肌の浅黒く焼けた、短髪の黒髪の少女が居る。左右にはガリガリに痩せこけた男と立派な体格の男を引き連れて、崖の下を通る馬車を見下ろしている。

 立派な箱馬車が2台、それぞれ二頭立てである。男たちを従えた少女、パティはそれを商人か、チンケな貴族の馬車だろうと当たりを付けていた。

 護衛らしきものは見えない。とは言え中には誰か居るのかもしれないが、今の所そのような気配は見えない。御者は油断しきっていて欠伸などしている。

 護衛が居ないのは都合がよかった。

 パティ達は盗賊である。盗賊であるが、人を傷つけたことなど数えるほどしかない、襲撃の際に人を殺したことなど一度とて無い。

 それはパティ達が義賊であるとかそう言った高潔な理由からではなく、パティ達は単にさして強くもないので、脅すだけ脅して上手く行かなければ早々に逃げてしまうからだ。

 何より大事なものは命である。戦闘を行えば常に死の危険が伴う。故にパティ達は出来る限り戦闘をしない。

 脅し、時に威嚇し、必要があって有効そうなら傷つけ、奪う物は相手にとって大した事が無さそうな物を。

 根こそぎすべてをよこせと言えば命がけで抵抗する相手でも、数日分の食料と帝国金貨数枚をよこせ、とだけ言えば案外あっさりと恵んでくれたりする事もあった。

 同業者とはできる限り顔を合わせないようにしている。パティ達は同業者と顔を合わせれば略奪される側に回る可能性が高いからだ。

 そんな同業者たちの間では物乞いのパティ一味と蔑まれているが、パティとしては他人がどう呼ぼうとも構わなかった。

 出来る限り金持ちで、身分はそれなりで、頭が緩そうな奴らの馬車を狙い、脅してある程度の恵みを貰い受けて、早々に遠方へと逃げ去り、別所で似たような事をやる事の繰り返しだが、物乞いよりは生活はマシであるとパティは考えている。

 実入りは少なくとも一応、一人頭帝国金貨数枚分は一度の襲撃で拾える。帝国金貨一枚で両親に子一人の三人家族が一、二週間は食い繋げる。それを考えれば数枚の金貨と言うのは十分な収入だ。物乞いよりずっと良い。

 弓を向けられた貴族の中で根性のない物は即座に腰を抜かし、すぐに言いなりになるが、パティはそれより多くをとるつもりはなかった。

 これは善意ではなく打算からである。金目の物を多く手に入れようとすればかさばって逃げづらくなるし、追手もかかる。パティ達は一度襲撃したら即座に遠方へと逃げて、手配されない内によその地方に逃げ込む事を常としているので、あまり多く取りすぎるというのは好ましくはなかった。

 どんなに多くともその時に襲った相手の全所持資産の一割より多くの金は持って行かない、と言うのがパティ達の規律である。


「ガリー、あの一本杉のラインを先頭の馬車が超えたら威嚇射撃だ、馬が止まったらあたしとガンスで前に出るから、ガリーは隙を見て後ろを塞いで」

「あいあい、姉御」


 ガリーが背に背負っている長大な弓を手にする。

 先端を地面に押し付け、ぐにぐにとしなりを確認するようにしてから矢筒から矢を数本取り出し、一本を手に残して残りは口にくわえる。

 パティは両手に短刀を、ガンスは長大な槍斧を構えて時を待つ。

 耳に心臓の音が聞こえるほどの緊迫。

 パティは他者の財をかすめ取ることに罪悪感は覚えない。しかし襲撃の際は常に自身か、仲間が傷つくのではと緊張する。

 額から一筋の汗。眉間、鼻筋を伝ってぽたりと地面に落ちる。

 やがて先頭の馬の鼻先が、道を挟んで崖の反対側に有る一本杉のラインを越える。


「今!」


 小声でパティが指示をするとガリーが矢を放つ。

 全て馬の足元を狙っての物だ。精度の方はお粗末な物であったが口にくわえた矢を次々と射ていくその早業は、物乞い一味には惜しいと良く言われる。

 馬が嘶いて前足を上げる。怯えているのだ。馬は元来臆病なものだ。少しでも脅かしてやれば軍馬でもなければすぐに怯えて止まる。

 パティが崖から足を踏み出す。ガンスがそれに続く。

 足を滑らせるようにしながら崖を駆け降りる。馬が落ち着きを取り戻す前に騒ぎの中で出て行かねばならない。

 馬が一通り嘶いた後、落ち着きを取り戻しかける。

 パティがガンスに目配せをする。


「止まれぇぇぇ!!」


 野太い雄叫び。

 その声に、少し遠くの森の木々からばさばさと鳥が数羽飛び立った。

 木霊する声にパティは少し笑う。相変わらずでかい声だ。

 その大声に馬がうろたえ、御者でさえも呆けて身を凍らせている。

 それは一瞬の間だったが、それで出来た時間の内に既にパティ達は馬車の前に身を躍らせていた。


「止まりな! あたし達はマーシー山賊団、ここを通りたいなら余剰の保存食と、ロギオン帝国金貨30枚を通行料として置いて行きな!」


 マーシー山賊団と言うのはここらを根城とする他の賊の名だ、効果があるかは分からないがパティ達は襲撃をする前には近辺で最も有名な賊を調べ、その名前を騙る事にしている。

 あわあわと狼狽えるばかりの御者。馬車の中から護衛の出てくる気配は無い。

 これは当たりか、もう少し値段を吊り上げてもよかったかな、とパティは内心思う。

 急げば馬車でならあと一日もせずにロギオン帝都へとたどり着ける距離である、おそらくその前の町で油断して傭兵との契約料金をケチった、バカ貴族だろう。

 恐らくすぐに泡を食って中から肥え太った貴族が出てきて、財布を渡してくるはずだ。そうしたら財布の中の半分ほどでも取って行った方が良いか、とパティは欲を出す。

 御者はパティ達と馬車の中を見比べる。二台目の馬車の御者は更に後ろに降りてきたガリーを見てひぃ、と情けない声を出している。


「あ、あわ、わ、つ、通行料ですね!? 金貨30枚でしたらどうぞ!」


 と、情けない声が聞こえてきたのは2台目の馬車の中からである。

 思った通りの小太りの男が慌てて転げそうになりながら、袋を手に馬車を飛び出してくる。袋はぎっしりと中が詰まってそうで、重そうである。

 隣でにたりと笑うガンスとは違い、パティは眉をひそめる。

 なぜ二台目から出てくる。

 貴族は一番目が何の二番目が何のと下らない事をよく気にする。特にこのロギオン帝国では身分が高いものはとにかく他の者よりもなんでも前に来る。

 食事の席でさえ正式なマナーとしては口を付ける順番はもっとも年長の物からだ。馬車が列を作るときは身分の高い物から順に自身の馬車を並べて一番後ろに貨物馬車を付ける。

 となれば、この貴族よりも身分の高いものが一台目に乗っているのか?

 パティは後ろ手でガンスの腿を叩いて自身に注意を引き、一歩下がる。何やら予感めいた物を感じる。

 ガンスはそれを見てガリーに目配せをして、自身もまた、パティを庇うようにしながら一歩下がる。

 姉御、等と呼びリーダーと慕いはするし、頭の回転も悪くなく、ガリーとガンスの名づけ親でもあるが、それでもガリーとガンスよりも幾分か年の若い少女だ。何かあれば二人はパティを庇って逃がす気で居る。

 案の定。


「待て」


 と一台目の馬車の中から声が響いた。

 上擦った声の小太りの男とは違い、落ち着いて、地に足の着いた澄んだ低音である。

 さほど年老いては聞こえないがさりとて若くも聞こえない。どんなに年が行ってても三十程度の声だろう。

 あるいは武官か、貴族を後ろに付けるならば中々に位が高いだろう、であれば相当に腕に自信もあるはずだ。護衛がついていない事にも納得できる。

 パティ達は互いに目配せをして、撤退の準備に入る。


「マーシーとは彼の事かな」


 馬車の中の声はそう言って、馬車の中から何かを外へと放り出す。

 それは縄でぐるぐるにふんじばられた、マーシー山賊団頭領である。パティの喉の奥がひくっ、と引き攣った声を出した。


「成程、他の賊の名を騙り襲撃し、襲撃の際には通行料の徴収のみに留める。

 金貨30とはこの馬車の規模にしては少なく見積もったものだが、支払いのハードルを下げているのか、面白い」


 その声は皮肉ではなく、面白がっている。

 その余裕にパティは力量差を感じ、ガリーとガンスに即座に目配せをして踵を返そうとする。


「撤退の判断も早い、元より戦闘をするつもりではないのか……」


 その前に馬車から、その男が降りてくる。

 馬車の影から顔を出した男。

 深い藍色の長髪に怜悧な面立ち、切れ長の眉と瞳に白い肌、眼鏡をかけているのが憎いほどに似合っている。

 纏っている服はロギオン帝国の正式な軍属魔術師の儀礼用ローブであるが所々装飾が簡略化されており、日常的に纏っても違和感のない仕上がりとなっている。

 ローブの色は青と白を基調としていて、袖口と襟に銀糸の刺繍が施されている。パティには文字は読めないが魔術言語であろう。

 だがそこまでの、透き通るような、あるいは深海のような青さの似合う怜悧な容貌に反し、その男の瞳は深く赤かった。

 深紅の、血よりも暗い色の赤の瞳はどこまでも奥深く吸い込まれるように、底が見えない。

 パティはその瞳を見る。


「ふむ、面白いな、独特の論理に従って動いている」


 男が口の端を上げて笑む。

 ガンスにはその笑みは獲物を前にした肉食獣の笑みにしか見えなかった。

 いや、その他幾人に聞いても殆どが同じ答えを返すだろう。

 だがガンスの後ろに立つ少女は違った。


ぱさり。


 何か軽いものが地面に落ちるような音がしてガンスは後ろを振り向いた。

 パティが倒れていた。恍惚の表情で。


「パ、パティーーーー!!!」

「姉御おおぉぉぉーーー!!!」


 ガリーも遠くからそれを認めて叫ぶ。


「どうしたでガンスか、パティ!!」


 抱き上げるガンスの腕の中パティは淡く微笑む。


「今、今聞こえたよ……ズキューンって……多分これきっと西部で作られたっていう『ジュウ』の攻撃だよ……」

「しっかりするでガンス、パティ!!

 傷は浅い……いや傷は無いでガンス!!」

「聞こえたもん……あのかっこいい人がキラッて微笑んだ瞬間にズキューンって……胸が……」


 それだけ言い残してふっ、と全身から力が抜けるパティ。


「うおおおー!! 貴様ァー!!」


 全身に力を漲らせてガンスが男に面と向かう。

 身長2メートル程もあり、横幅も非常に大きいガンスが立つと、かなりの威圧感がある。

 男を睨み下ろして一歩、また一歩と近づき。


「パティを幸せにしてくれでガンスお願いするでガンス!!」


 その場で土下座した。

 ガリーは遠くの方で「よかったでヤンス……よかったでヤンスね姉御……」とおいおいと泣いている。

 パティの胸を無自覚に射止めてしまった男はやれやれ、と両掌を上にあげて呆れを表して見せた。その皮肉な仕草はまさに皮肉なまでに良く似合っている。


「全く、非論理的だ」

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