第2話 プレイゲーム
「……えぇ、そうだけど……?なんで私のこと……」
「あぁ、実は、以前の会食で拝見したもので」
標的の強張った明らかに警戒している表情とは正反対の、柔らかな笑顔を見せながら、俺は平然と嘘を吐いた。
嘘を吐くのに戸惑いなんかない。
寧ろ、嘘を吐いている方が安心するほどなのだから、笑えてしまう。
「真紅の衣装がとても綺麗だったもので、よく憶えていまして……あ、すみません。気を悪く……したでしょうか?」
恐る恐る、なんて表情を作りながら、標的を見た。
人間の心理とは実に容易い。
こんな風に警戒されたならば、会食にいた人にしか知り得ない情報をさらりと流し、そして相手の表情が知りたい、謙虚なばかりに少し怯えた表情を出してやればいい。
そうすれば、誰だって。
「……あ、いや、そういうわけじゃないの。急に声かけられたからビックリしたっていうか……そう、貴方、あのときの会食にいた人なのね」
簡単に落ちる。
特にこの手は、根が優しい人ほど落ちやすい。
そして、この手が成功したら後はとんとん拍子だ。
「あの、ぶつかってしまったお詫びに、お茶でも一緒にどうですか?あぁ勿論、嫌ならいいんですが……」
ゆっくりと、だが、確実に。
落として行く。
「えっと……」
標的は腕にはめた時計を再度確認してから、ニコリと笑った。
「……30分だけなら」
◆
「そう、じゃあ貴方、カイトっていうのね」
「はい」
近くの喫茶店に入り、コーヒーを静かに飲む。
ーーーー4時40分
時間まで後20分しかない。
あと20分で、確実に殺す。
それが今の、俺が俺にかけたタイムリミットだ。
「……でも、どうしてたまたま見た私なんか憶えていたの?……記憶力がいいのかしら?」
顔には笑顔を貼り付けたまま、俺は疑り始めた標的の言葉に返事を返した。
「恥ずかしながら、ジェシカさんの顔が忘れられなくて……」
「……まぁ」
はたから見たら俺が標的に告白しているようだが、生憎と俺は恋愛とかそんな馬鹿馬鹿しいことに興味はない。
俺が興味をそそるのは仕事の話。
ゲームの話だけだ。
「貴方、素直なのね」
「……お褒めに預かり、光栄です」
なんとなく、そんな会話を連ねながら、機会を伺う。
確実に標的は俺を疑っている。
たまたま会食ですれ違っただけの人間に、こんなところでばったり会うなんて幾つ分の確率だろうか。
だが、俺が見たいのはそんなラブコメよろしくな確率ではない。
確実に殺せる確率。
パーセントでは表せない、安定が難しいこっちの確率が、見たいのだ。
不意に標的が、窓を見た。
絶好の瞬間だった。
すぐさま標的が飲んでいたカフェオレの中に、慣れた手つきで、音すら出さず、粉を入れる。
粉はカフェオレの中に入ると、サッと溶けてカフェオレに混じってしまった。
そのとき、標的がこちらを向き直った。
平然とコーヒーを飲む俺につられて、彼女もカフェオレを口に含む。
ーーーー4時45分
暗殺終了だ。
「そろそろ時間ですね……。俺とのお茶なんかにお付き合いくださって、ありがとうございます」
「そう、ね。じゃあ、私はお暇するわ」
そう言って、標的は席を立ち、そのまま喫茶店を後にした。
標的が出て行ったのを見届けてから、カフェオレの内部を拭き取り、コーヒーを飲み干す。
カチャン、と洗い音を立ててから、現れた画面に金額を打ち込み、喫茶店を出た。
ーーーー4時48分
この〈イノセントワールド〉で、惨事が起きるまで、あと12分である。
◆
《おめでとう、ユウリ君。君はこの偽物乱舞参加者の一人だ》
ーーーー5時00分
電波時計がピッタリと0を刻んだ瞬間、その手紙は舞い降りた。
否、突然、と言った方がいいだろうか。
5時になったとたん、ホーム画面のメールボックスに、手紙が舞い込んだ。
このゲームを作った会社から、つまりは、このゲームで神として降臨している人間からの手紙である。
「……偽物乱舞……?」
〈イノセントワールド〉に最初から組み込まれている行事に、偽物乱舞という行事はない。
つまりは、今回カイトが言っていたすごいこと、それがこの偽物乱舞なのだろう。
手紙はそこで途切れており、内容が把握できない。
ーーーーそこへ、
「………う、ぅあ、あ、あぁ……」
ーーーー最悪の来訪者が、
「あ、あぁぁぁっ!!あ、あ!」
ーーーー現れた。
「……ウザい」
腰に下げていた長身の片手剣を抜き取り、声の主へ、一振り。
飛び散る肉塊と、血飛沫。
喫茶店を出た後、バトルフィールドに入っていたことを忘れていた。
斬った猛獣は腐臭。
ここ、第四ゲート 孤独地帯にはよく出てくる猛獣だが、いいアイテムを落としてはくれない、プレイヤーから見ればあまり関わりたくはない相手だ。
「……まずは、カイトと合流、かな」