第0話 プロローグ
灰色の雲が空を覆い、滴り落ちてくる雨が、少年についた赤い血を洗い流す。
「………ふぅ」
少年は小さく息を吐くと、スッと、流れるような動作で、目の前にいる男性に、刃を向けた。
男性は怯えた眼差しで少年を見つめる。
恐怖で声がでにくいのか、はたまた声を出せないのか、男性は途切れ途切れに、少年に訴えた。
「や、やめ、て……くれ!お、おお、れはわ、わわるく……な、い!」
「関係ないよ」
少年の美しい黒髪を雨が濡らし、前髪の下では赤い瞳が輝く。
黒いロングコートに、すでに血は着いてはいなかった。
「君は、俺に殺される……それだけだ」
そう言って静かに……刃を振った。
瞬間雨の中響き渡る悲鳴と、散る赤い花。
少年はまた汚れたロングコートを清算するかのように、ただ、ジッとその場に立ち続けていた。
「……他愛ない」
小さなその言葉を、残して。
◆
「よぉ、ユウリ。お前、また暗殺家業やっただろ?」
カラン、と手元のグラスに入った氷が鳴る。
俺は小さくため息を着いてから、声の主、旧友のカイトを見た。
カイトは金髪の髪を揺らしながら、俺の隣に座る。
「カイト、ここでそういうことを言わないでくれないかな?俺が職質されたら君のせいだからね」
「仕方ねーだろ?第一、ここでブラブラしてどうしたんだよ?」
「ここはファミレスだ。俺がいたって問題ないだろ?」
地味にさっきから周りの人の視線が痛いんだ。これ以上は頼むから視線を集めるようなことをしないでくれ……。
しかし、そんな俺の思いを露知らず、カイトはただ笑いながら店員にコーヒーを頼んでいた。
居座る気かよ。
「あ、なぁ、あの話聞いた?」
「……何?」
とりあえず話を合わせよう。
そう判断した俺は、カイトの言葉に適当に返事をする。
カイトは青い瞳をキラキラと光らせながら笑った。
「〈イノセントワールド〉、今回すげぇことするらしいぜ?」
「……へぇ?」
「あ、ユウリの黒眼が光ったということは、興味あるなぁ?」
「当然だろう」
〈イノセントワールド〉。
俺が今遊んでいるゲームのことだ。
コントローラーを使用せず、特殊な眼鏡をかけることで、精神のみがゲームの世界を移行する。
ゲーム内で受けた傷は現実世界には影響はない。つまりは、脳を騙した状態で行うゲームで、22世紀となって今では、ゲームはこの形状が当たり前になってきた。
その最先端を行くゲーム。
それこそが、〈イノセントワールド〉なのだ。
「ま、俺もさほどは知らねぇんだがな。話によると、そのすげえことに参加する奴だけは、今日の午後五時に、ログインしろだってさ」
時計を確認。針は三時を指している。
つまり、まだ時間まで二時間弱はある、ってことだ。
俺の視線に気がついのか、コーヒーを飲んでいたカイトが手を止める。
「ん?ユウリ、参加するのか?」
「もちろんだ。時間まではBARで潰すか……依頼もまだ一本あるし……カイトは参加?」
「んにゃ。まだ決めてねぇ」
珍しいこともあるものだ。
カイトがこんな面白いことへの参加を渋るなんて。
ゲーマーとしての闘志が萎えたか?
しかし、カイトはコーヒーについていたスプーンを片手で弄びながら、呟いた。
「正直さ、今回の〈イノセントワールド〉の企画、悪い予感しかしないんだ」
「悪い予感?」
カイトの言葉に、俺も眉をひそめた。
カイトの勘はよく当たる。それは幼い頃からずっと見てきたことだった。
何度カイトの勘で助けられたことか…。
そのカイトが悪い予感しかしないと言うのならば、相当のことなのだろう。
「……ま」
カチャンッと、カイトはコーヒースプーンを空になったカップに入れて、立ち上がった。
「俺も参加するよ。んじゃ、五時半に現地集合な。企画が始まってる時間だから、遅くても六時にはこいよ」
「カイトがね」
店を後にしたカイトを見送ってから、俺は席を立った。
コーヒーとアイスティー代。
バーチャル世界で、カイトに何かおごってもらおう。
そう思いながら、レジに向かった。