獅子の鬣
「恋、人、が! 欲しいー! イチャイチャ! ラブラブ! してぇー!」
うおおおお、と叫びながらどこまでも続くような草原を駆け抜ける。途中、すれ違う獣人たちに虹色に輝く鬣をギョッとした様子で見られるけど、気にせず風を感じながら全力で走る。草原を抜けたところにある森の前で力尽きてバッタリと倒れこむ。ぜぇはぁぜぇはぁと息も絶え絶えになりながら、口をもごもご動かし「恋人ぉ……」と唸る。
しばらくうつ伏せで荒い呼吸を繰り返していると、体がムズムズしてくる。ゴロンゴロンと土の上を転がって「恋、人、が! 欲しい!」と繰り返すその姿は怪しい者以外の何者でもなかった。しかし、気にしない。なりふり構っていられるものか、恋人をゲットするにはもっと、ガンガン行くべきなのだ。寧ろ自分は消極的なほうだと思っている。
なぜって、こうして恋人が欲しい恋人が欲しいと叫ぶだけで実際に行動に移すことはしていないから。そう、異性の前では緊張してカチンコチンになってしまう私は、人間の年齢に例えて三十代後半に差し掛かろうとしていると言うにも関わらず、未だに独身を貫いていた。
虹色の鬣。私の自慢と同時に、大嫌いなモノでもある。この虹色の鬣のせいで、一族は年々数が少なくなっている。所謂絶滅危惧種と言うヤツだ。この虹色の鬣は、人間共の間で高値で取り引きされいるらしい。故に、私の一族を狩ろうとする人間共が後を絶たない。これには、私も頭を悩ませていた。仮に恋人ができたとして、結婚までこぎつけたとして、途中で私が人間に狩られてしまったら何もかも台無しだ。
結婚していなかったら恋人は新しい番を探すだろうけど、もし結婚したら未亡人と言う可哀想なことになってしまう。番になった相手は幸せにする。これが、亡くなった両親の教えである。現に、両親の仲はとても良かった。母も父も幸せそうで、傍から見ると甘ったるくて吐き気がするほどイチャイチャラブラブしていた。目指すは両親のような夫婦。
しかし、問題が立ちはだかっていた。私の鬣を狙う人間共をどうするか、である。両親のように一緒に殺されるならまだいいかもしれない。いや、よくないけど。それでも一匹残すよりはマシだろうと思う。この人間と言うのが非常に厄介な者で、殺しても殺しても次から次へと草原に現れるので、困っていた。私は、番を見つけて平和な日常を送りたいだけだと言うのに。この見た目のせいで、ほかの獣人にも煙たがられる始末。何と言うことだ。これでは恋人探しどころじゃない。
「困った……」
「どうしました、ライオンさん」
「おや、兎さん。私の傍にいると危ないですよ」
「平気ですよ」
ふふふ、と小さく笑う兎の獣人。肉食獣と草食獣、接点のないお互いなので名前を知らないのだ。何だかおかしくなって、クスクスとお互い笑い合う。しばらく笑ったところで、また眉間にシワを寄せて悩む。兎さんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。ビックリして、後ずさりする。
「ライオンさん、何か悩み事ですか」
「いえ、大したことではないのです」
「私でよければ、お話を聞きましょう」
「ふむ、誰かに相談すると言うことはしたことがなかったので、いいかもしれません。聞いてくれますか、兎さん」
兎さんがコクリと頷いたのを確認して、私は恋人――番が見つからないことや仮に結婚したとして虹色の鬣を持っているだけで人間に狩られてしまう心配があることを話した。大の男がこんな悩みをうら若き乙女にしているなんて、何だかおかしな構図だ。兎さんはふんふん頷いて、ポン、と手を叩く。
「いい案があります」
「ほう、どんな案でしょう」
「貴方が私と結婚すればいい」
「はい?」
聞き間違えだろうか、兎さんが私にプロポーズしてきたように聞こえた。おかしいな、やはり年を取ってきて耳も悪くなってきたのか。聞き間違えだろうと思い、兎さんに聞き返す。
「兎さん、今の言葉は一体?」
「ですから、私の番になってほしいと言っているのですよ、ガロさん」
――! なぜ私の名前を知っているのだろう? 不思議に思って首をかしげると、兎さんがクスクスと楽しそうに笑う。
「虹色の鬣を持つ獅子の一族。獣人の中ではとても有名ですよ、そして、草食獣の中には貴方のように美しく気高い者を好む獣人もいるのです」
私ですよ、とクスクス楽し気に笑いながら口パクで兎さんが言う。私は今、兎さんに告白されているのか。そう改めて考えると、何だか恥ずかしくなってきて頬をかく。
日が傾いて、夕焼けが眩しい。そよそよと吹く風が私の虹色の鬣を揺らし、粒子を放つ。兎さんが見惚れるように、うっとりとした顔で私を見つめる。恥ずかしくて、目を伏せる。すると、隣で兎さんが動く気配がした。何だろうと思った瞬間には、私の頬に兎さんのプルプルした唇がくっついていた。慌てて後ずさりをして兎さんから離れる。
「ななな、何をするのですか兎さん……!」
「うふふ、真っ赤になって可愛いですね、ガロさん。私の名前はププル、これからどうぞよろしくお願いします」
兎さんがペコリ、と頭を下げたのでつられて頭を下げそうになって、はっと我に返る。
「うさ、ププルさん。私と一緒になると言うことは、常に危険が伴うと言うことですよ? それに、ププルさんはまだお若い」
「構いません。覚えていますか? 私がまだ幼い子供だった頃、ガロさんに助けてもらったことがあったんですよ」
首をかしげ、隣に座るププルさんをじっと見つめる。そして、埋もれていた記憶が掘り起こされる。
***
「痛いよう、痛いよう」
兎の獣人だ。兎の獣人が泣いている。まだ幼い子供のようだけど、私のような者が声をかけていいものだろうか。私は肉食獣で、相手は草食獣。食べられると、勘違いして怯えさせてしまうのではないか。そんな風に悶々と考えていたけど、人間が仕掛けたであろう罠にかかって足を怪我して泣いている子兎を放ってはおけなかった。
「もしもし、兎さん」
「ひっ。ら、ライオン……」
「大丈夫です。すぐに私が助けますからね」
子兎はブルブルと震えながら泣いていたけど、私が罠を外してあげると泣き止んだ。私は近くの薬草で子兎が怪我した場所を巻く。子兎は、不思議そうに目をパチクリさせて私をまじまじと見つめる。
「ライオンさんは、何で私を助けたのですか?」
「幼い子供が泣いていたら、助けるのは大人の役目です」
ニッコリと慣れない笑顔を作って、足を引きずる子兎を見送った。
***
「あの時の……?」
「思いだしましたか、ガロさん」
ふふふ、とププルさんが笑う。
「あの時のことなら、気にしなくていいのですよ。ププルさん、貴方には私より相応しい番がいる」
「いいえ、あの日から私の頭の中はガロさんで一杯でした。今更ほかの番を探す気など毛頭ございません」
ププルさんの目は真っ直ぐで、真剣なことが伝わる。私は丸まっていた背筋をピンと伸ばして、ゆっくりと首を横に振った。
「貴方は草食獣で、私といたら人間に狩られてしまいます」
「貴方が狩られたその時は、私自ら後追いしましょう。ガロさん、私はあの日から貴方のことを考えては胸を苦しめておりました。どうか責任を取ってください」
「責任なんて……」
「結婚です。うふふ、恋人が欲しいと叫ぶ貴方も、大好きですよ」
……見られてた。
私はどうやら、ププルさんに敵いそうにないようだ。
赤オニは2RTされたらたてがみが特徴的な絶滅危惧種の獣人でつがいを求めて悶絶する話を書きます。 #獣人小説書くったー http://shindanmaker.com/483657