多重世界のラグナロク バレンタイン編
二月十四日。
聖バレンタインデー。
女性から愛を告白できる日とされ、日本にはチョコレートを贈るという独特な風習がある。
「はい、バレンタインのチョコレートです」
「あ、ありがとう?」
「何故、疑問系なの」
チョコを渡せば、疑問系で返された。
まあ、これからみんなに配るから、それを予想しての反応なら仕方ないのだが。
「あ。甘いものはダメでしたか?」
「いや、そうじゃないが……」
「やや苦めですから、大丈夫ですよ?」
大赤天魔王、第一位の四方院朱雀さん。
プレイヤーとしての名前はカゲロウ。
ゲームでの属性は火属性メイン。
高所恐怖症の飛行スキル持ちだが、私の火属性魔法の師でもある。
「いや、そうじゃなくて……」
朱雀さんは言い淀む。
「……?」
首を傾げれば、溜め息を吐かれた。
「これ、ありがとうな」
「はい。では、次に行きますので」
お礼を言われ、頷く。
ちなみに、私は一から、舞は十から順に配布中である。
☆★☆
そして、今。
私がいるのは大橙天魔王、第二位の日橙茜さんの所だ。
愛称は橙さん、茜の二種類だ。
プレイヤーとしての名前はダイダイ。
ゲームでの属性は朱雀さんと同じ火属性。
口数は少ないが、空気は読めるショートヘアの女性だ。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう」
橙さんは相変わらずだなー。
橙さんの場合ーーというか、女性陣は友チョコだ。
「はぁ、次行きたくない」
「頑張って」
次はアレだ。
橙さんに応援されているが、行く気になれない。
☆★☆
「……」
それなのに……そ れ な の に!
「来ちゃいました」
「何でいるんですか」
何故居るんだ、この人は。
しかも、音符マークが付きそうな言い方でのご登場です。
「だって、みんなくれないんだもん」
「なら、私も無しにしましょうか」
「え、何で!?」
そんなに驚くなよ。
「私が面白いですから」
「あ、そう……」
今度はがっくりと肩を落とす。
忙しい人だな。
彼は大黄天魔王、第三位の桐生静夜さん。
桐生や静夜と名字か名前で呼ばれている。
プレイヤーとしての名前はキリヤ。
ゲームでの属性は風属性の派生である雷属性。
見た目とは違い、根は真面目。
「まあ、私は貴方の素を知ってますからね」
「ユウちゃん……」
「まあ、義理ですが」
感動しかけているところに、あえて義理だと強調する。
「うん……分かってたけどね。分かってたけどね!」
「何ムキになってるんですか」
桐生さんが涙目で叫ぶ。
ってか、本当に一個も貰えなかったのか。
桐生さんなら貰ってそうなのに。
哀れんだ方がいいのか?
「じゃあ、私は次に行きますので」
「次って誰?」
順番に行けば……
「緑子さんですね」
「まあ、頑張れ」
橙さん以上に応援されました。
☆★☆
ーーで。
「ユーウーちゃーーん!」
どーん、という効果音が付きそうな勢いでこちらに来たのは、大緑天魔王、第四位の九条緑子さん。
プレイヤーとしての名前はクグリ。
何故か私は初対面から彼女に懐かれるというか、気に入られていたりする。
リアルでは仕事が出来るクールビューティーのイメージだが、ゲームではかなりノリノリである。
まあ、プレイヤーの中には、私たち多魔特異型魔王陣営に限らず、ゲームとリアルの差が激しい者はいるのだが、緑子さんはそのうちの一人だ。
「はい、チョコレートです」
「わーい、ユウちゃんからの友チョコー」
喜んでるけど、友チョコだと分かってるんだ。
うん、でもね。
「緑子さん」
「なぁに?」
話し掛ければ、首を傾げられる。
「ゲームの性格になってます」
「あ、そうだね」
今気付いたらしい。
だが、他に気づいたことはある。
「緑子さん、本心から喜んでいますか?」
「え……」
ポカンとされる。
「嫌なら言ってください。緑子さんが拒絶しない限り、私は貴女の側にいますから」
そう、拒絶されない限り、私は緑子さんの側にいる。
ゲームで私に甘えてくる緑子さんだが、本当は私のようなタイプではないのか。
表と裏でも素顔を出さない。
表で出せない分を裏で出す。
それでも、本当の自分を出さない人はいる。
「では、私は次に行きますので」
緑子さんが寂しそうな顔をしたが、「また後で会いましょう」と告げて、分かれた。
さて、行きますか。我が親友の元へ。
☆★☆
「舞」
「ユウ」
彼女が曲がり角だ。
あと、半分。
「舞、これ」
「ユウ、これ」
チョコを差し出したのは、ほぼ同時だった。
親友でもある舞は、第五位の大青天魔王。
プレイヤーとしての名前はそのままマイ。
ゲームでの属性は氷属性であり、使ったときの様子から『氷結の舞姫』という二つ名まである。
「次は藍さんだよね?」
「うん。舞は緑子さんだよね」
「うん」
互いに確認する。
私に渡した時点で、舞は一歩先にいる。
数字で行けば、私が白くんの所にいるときは、朱雀さんの所にいる予定なのだ。
でも、舞は私に会ったし、私も舞に会った。
「それじゃあ」
「また後で」
怖いくらい息が合う私たち。
もし、全員にチョコを渡し終えたら、私たちの関係はそのままでいられるのかな? なんちゃって。
さて、次は藍さんだ。
☆★☆
「むぅ、見つからない」
ーーが、肝心の藍さんが見つからない。
十人の中で、迷惑を掛けた人物の中に舞と同率で並ぶのが彼だ。
「仕方ない。紫さんの所に先に行くか」
向きを変え、紫さんの元へ向かった。
「ユウさん……?」
ただ、それを藍さんが見ていたことに、私は気付かなかった。
☆★☆
「紫さん」
「日下部さん? どうしたの?」
大紫天魔王、第七位の南雲紫さん。
愛称は紫。
プレイヤーとしての名前はユカリ。
ゲームでの属性は桐生さん同様、風属性の派生である雷属性。
そして、我が従兄、日下部夕夜の恋人である。
紆余曲折を経て、というより、私たち特異型魔王陣営が二人をくっつけるために外堀を埋めたため、くっついたようなものだ。
そして、紫さんは私のことをリアルでは名字である日下部と呼んでいるが、従兄さんのことは夕夜とそのまま名前で呼んでいる。
また、眼鏡を付けており、緑子さんよりもクールビューティーという言葉が似合うのだろう。
「チョコレートですよ」
軽く上げれば、ああ、と頷かれる。
「で、従兄さんに渡しました?」
実際、この人への本題はそれだった。
「はぁ……まだですが?」
ああ、やっぱり。
溜め息混じりに返されました。
忙しそうだもんなぁ。
「そうですか。これは私から貴女への気持ちです」
従兄さんをお願いします、という気持ちも込めて、チョコを差し出す。
だが、不思議そうな顔でお礼を言われる。
「ありがとう。でも、何かあった?」
「何もありませんが?」
でも、何で尋ねられたのか分からない。
「獅子堂君には会った?」
「いえ、会ってませんが。というか、会えませんでした」
藍さんと会ったか尋ねられたので、あはは、と苦笑いして答えれば、紫さんに溜め息を吐かれる。何故?
「だから、私の所へ先に来た、と」
「はい」
紫さんはさっきから溜め息ばかりだが、何か困らせるようなことをしただろうか?
「順番通りなら、次は遠野君?」
「そうですね」
順番通りなら、彼だろう。
大茶天魔王、第八位。遠野薫さん。
プレイヤーとしての名前はトウカ。
土属性の専門家だ。
幸運なのか否か、名前バグ(名前からランダムで性別が決められてしまうバグ。当たる確率は低い)の一人で、薫という名前から、ゲーム内では女性の姿だった。
魔王になってからは姿を男の姿に変えたようだが。
「でも、探すの難しいんですよ」
そう、どこにいるか分からない。
ゲームならまだしも、リアルじゃ見つけるのに時間がかかる。
「舞が伝えたと思うんですがね」
先に渡した舞のことだ。私が後で来ることも知っているだろうに。
「まあ、私は手伝えないけど、頑張ってね。気をつけるのよ」
さよならの言葉とともに逃げられました。
自力で探せと?
あの人を?
かくれんぼで最後まで残る常連のあの人を?
「最後まで行けるか不安になってきた」
がっくりと肩を落とす。
まともに受け取ってもらえたのって、女性陣に朱雀さんと桐生さんだけだし。
「道のりが遠い……」
何だか、渡す気がなくなってきた。
だが、彼の居場所を知るのは彼女だけだ。
「桃ちゃん、居るかな……」
ポツリと呟いた。
☆★☆
大桃天魔王、第九位。相良桃子。
愛称は桃ちゃん。
プレイヤーとしての名前はサラ。
ゲームではピンクの髪に藍色の瞳が特徴の女の子。
可愛いか美人かで言うなら、貴重な可愛いタイプだ(他はほとんど美人タイプ)。
ちなみに、うちの学校の後輩だ。
「桃ちゃん、ヘルプ!」
「どうしたんですか? 先輩」
私の登場に驚いて首を傾げる桃ちゃんに尋ねる。
ちなみに、彼女もゲームで弾けるタイプだ。
「遠野さんの居場所、分かる?」
「分かりますが……何でですか?」
「ちょっと、渡したいものがあってね」
「チョコですか?」
「まあね」
言い当てられる。
時期的にそうだしね。
桃ちゃんのキャラは感知系で、居場所を知るには持って来いだったりする。
そのため、戦闘が出来なさそうだが、遠野さんと組ませたら、一番厄介なのは彼女だ。
感知以外の能力は草属性ーー自然操作系の使い手だったりする。天候まで操れないとはいえ、味方に付けてしまうから恐ろしい。
というか、マジで怖かった。
「……」
桃ちゃんに目を向けてみれば、遠野さんの所へ向かうための用意をしていたので、彼女の用意が完了するまで待った後、一緒に出発するのだった。
ーーで、現在は桃ちゃんとともに、遠野さんの所に向かっている最中です。
桃ちゃんが一緒なのは、遠野さんに逃げられても大丈夫な様にだ。
後は『私も遠野さんに渡したいですから』と笑顔で言ってきた桃ちゃんの笑顔を拝むためだ。
「……先輩?」
にっこり。
桃ちゃん、笑顔が怖いです。
そういえば、彼女は笑顔を使い分けるタイプでもあったことを思い出す。
「にしても、舞も来たはずだけど、私が来て驚いてたよね?」
「あ、はい。舞先輩からは話は聞いていたのですが、先輩は神出鬼没ですから」
気になっていたことを尋ねるとそう返された。
「それは遠野さんのスキルでしょ……」
【自動選択技術:神出鬼没】
ある日突然現れ、突然居なくなる
出現場所はランダムで選択される
スキル内容を思い出し、頭を抱えたくなった。
桃ちゃんが足を止めたのを見て、私も止まる。
「着いた?」
「はぁ……着きましたよ」
桃ちゃんに尋ねれば、溜め息混じりに返される。
何か今日は溜め息吐く人、多くないか?
そして、ふと思う。
「……うん、桃ちゃん」
「何ですか?」
「私の分、渡してもらって良いかな?」
桃ちゃんの分と遠野さんの分を渡す。
「え、何でーー」
不思議そうな顔をする桃ちゃん。
「藍さんと白くんにも渡さないといけないからさ」
これは事実だ。
「むぅ、分かりました」
渋々と言いたげに了解の意を示す桃ちゃん。
よりによって残ったのはこの二人だ。
「修羅場にならないと良いですね」
それはどういう意味ですかね、桃子サン。
☆★☆
今、私の目の前には二人の人物が居る。
大藍天魔王、第七位、獅子堂藍さんと大白天魔王、第十位の白橋世さんの二人だ。
「えっと……」
口を開けば、二人に睨まれる。
「二人とも、舞から貰いましたよね?」
「ああ」
「貰ったね」
聞けば、余計に機嫌を悪くさせたらしい。
何故? 誰か教えてください!
……っていうか、そもそも二人は年下を苛めて楽しいのか?
「別に、お返しはいらないんですよ?」
これは本心だ。
私の場合、一年の感謝と願いを込めたものだ。
でもさーー
「ーーはぁ、夕凪に何を期待してたのかは知らんが、気付かせたいのなら、僕をどうにかするんだな」
「夕風か」
きっと金の瞳で分かったのだろう。
今の僕はもう一つの人格でもある夕風だ。
「お前の一人称はまだ『僕』なんだな」
藍が呆れた目で見る。
「夕凪の自称が『私』になったからって、『僕』まで『私』になるわけがないだろう」
訳が分からない。
夕風は『僕』なのだから。
「まあ、それは置いてってやる。夕凪の気持ちを無得にしたら、『僕』が許さないからな」
夕凪から受け取らないということは、彼女の感謝の気持ちも受け取らないということだ。
少なくとも、僕はそう思っている。
ひらり、と二人に背を向ければ、僕は夕凪と交代することなく帰宅した。
☆★☆
「夕風~」
『見ていて面白かったぞ、夕凪』
どういう仕組みになっているのか、この時期でも咲き続ける桜の木の幹に腰掛ける夕風を見て、声を掛ければ、くっくっ、と彼女は笑う。
「はい」
『ん?』
「チョコだよ」
彼女に向けて差し出してみれば、一瞬それが何なのか分からなかったのか、不思議そうな顔をする夕風に、差し出したものが何なのかを言えば、どうやら理解したらしい。
『ってか、自分で自分に渡しているようなものだろう』
あ、言われてみればそうか。
『だが、受け取っておく。また一年、頼むぞ。夕凪』
「こちらこそ、頼むよ。夕風」
そう言った瞬間、笑顔を浮かべ、ふわり、と夕風は消えた。




