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ドラウプニル~Draupnir~【短編】

作者: 小石

北欧やギリシャ等の神話を元にしています。

所々見覚えのあるネタも出てきます。

それでもよければお進みください。

始まりは、いつだって突然だ。


木漏れ日が滴る心地良い早朝6時。気温は日が昇ったばかりか少し涼しく、快適な温度。街は鶏達が自慢気に声を高らかに鳴らす音で目を覚ます。

朝日が徐々に大地を照らす静かな朝。そんな街中に建つ一軒の少し見た目がオンボロな教会から、カツン、カツンと打ち鳴らす音が微かに聞こえた。

鳴ることのない大きな鐘、屋根に立つ所々錆びた十字架。如何にも教会としての機能をしていない事を物語っていた。

その裏庭で、音は鳴る。


「…よっ…とっ!」


平らに削られた切り株の上に細かく切られた薪を立て斧を振り下ろす、一人の青年。

その単純かつ重労働を繰り返す事によって音は木霊していた。まるで朝を知らせる時報のように、澄んだ音を低音量で小さな街に響かせる。

「……よし、終わった」

青年は薪割りを終えると、何事もなかったように涼しい顔をしながら薪を拾う。荷台に次々と投げ入れて倉庫へ運んだ。


朝の仕事を終えると彼は洗面所で手洗いうがいを済ます。別に彼が綺麗好きなのではない。ここの教会のシスターであり、ある意味彼の育ての親である女性から口煩く教わった事を実行しているだけの事だ。


「外から帰ったら手を洗ってうがいしなさい」


彼はそれを行う度に、女性の言葉を思い出す。ここで勘違いしてはいけないのが、これが恋心ではない。恐怖から来ている事だと。理由は後で分かる。

部屋を移動する最中、朝食の香りが青年の鼻をくすぐった。それを嗅ぐと自身が腹を空かせているのが良く分かる。食欲が自然と沸いてきた。

「フフン…これでは摘み食いしろと言わんばかりではないか」

青年がテーブルへ着くと並べられた多人数分の料理へ手を伸ばそうとする。焼きたてでまだ暖かいベーコンを摘むと、それを口元へ運び───

「摘み食いはダメって何回言ったら分かるの!!」

何か固い物で後頭部を思い切り殴られていた。


「痛っっっっ……!」

頭痛に激痛が走る。

訂正、頭に激痛が走る。

青年は自分を思い切り殴った相手を首を後ろに曲げて目視した。それを終えるとやはりと言った顔で自身の行動を後悔した。

理由は簡単。いつもの要領で口酸っぱく怒られるからだ。言い訳などすると尚更自分の首を締め付け兼ねないので、甘んじてそれを受け止めようと黙っていた。

「これに懲りたら、もう摘み食いなんて行儀悪い事はしないこと」

鉄製のお玉を持ちながら腕を構える一人の女性。薄い黄金色の髪を束ねた彼女こそが青年を世話した女性だった。

「アメル……これ普通の人間だったら脳震盪であの世逝きだぞ」

青年は些細な反逆を試みたが、アメルと呼ばれた女性は慣れたように軽くあしらった。

「はいはい、ちなみに脳震盪じゃ人は死にませんっと」

「死ななければ何をしてもいいのか?」

「自業自得って言葉、覚えて来なさい」

「くっ………危うくまた記憶を無くす所だったというのに」

「貴方の場合記憶喪失というか……兎に角、みんなを起こしてきて頂戴な」

相変わらず口喧嘩で勝てる見込みが無いと知った青年はトボトボと食卓を後にする。

アメリシア=セインティア、愛称アメル。20にも満たない年齢でこの元教会であり『孤児院』を切り盛りする、美しくも芯が強い彼女は青年の恩人だった。

青年は昔とある事情で記憶を失い、この小さな街を彷徨った。知識や常識も知らない彼を世話し、色々な事を教えてくれたのは他でもない彼女だ。

なので彼は彼なりに恩を返そうと頼まれた仕事はこなすし、自ら進んで手伝ったりしている。金銭的にも不安定なため、余所の街へと出稼ぎにも行ったりした。彼は不器用なので、出来る事と言えば力仕事や魔物退治と限られてしまうのだが。

「おい…ケイオス、起きろ」

比較的素直に起きる子供達を先に起こした後、二番目に厄介な部屋へと足を運んだ青年はドンドンと強くドアをノックした。

「ふぁ〜い…………おはよ、ディス兄ぃ」

「…おはよう、相変わらず朝は弱いな」

「うぅ…半分吸血鬼だもん…そりゃしんどいよ…」

中からボサボサした赤髪をクシャクシャと直そうとしながら欠伸をする少年が姿を現す。パジャマ姿の少年は眠たそうにしながら、食卓へと移動し始める。

「さて……次が厄介だぞ……」


目的の部屋の扉へ到着した青年ディスは盛大な溜め息を吐く。そこから意を決したように、扉をノックする。

「おい、起きろカーティス」

しかし、何回ノックしても起きない。扉の向こう側から物音が全く聞こえて来ないのだ。

「………チビ!男女!根暗!まな板!」

思い付く限りの悪口を言いながらノックを強く繰り返す。悪口は青年が思いついたのではなく、ケイオスや子供達が言っていた悪口を真似しただけに過ぎない。

「…ここまで言って効果ないなんてな」

青年は次の手段を考える。正直この手は使いたく無かったんだが…と、心の中で呟いた後、ドアノブにある鍵穴へコインを嵌める。この教会の部屋の鍵は簡易式な鍵のため簡単に開いてしまう。

本来なら女性の部屋の鍵くらいは新しく取り替えるべきだが、金銭的な事情のためそれが不可能。むしろ彼女の部屋にしっかりした鍵を付けてしまったら誰も起こしになんて一生行けなくなるだろう。

それ位、彼女は寝起きが悪かった。

「入るぞ…」

遠慮がちに侵入した青年は真っ直ぐベッドへ向かう。そこにはぐっすりと爆睡し、短い真っ白な髪を乱した少女が夢の世界に入り浸っていた。

「ふぇへへへ…ケーキ食べ放題ぃ……」

「返事が無い、ただの屍のようだ」

呆れた青年はもう無視してしまおうか一瞬考えた。だが後で怒られるのは理不尽にもディスの方だろう。それを彼も理解していた。

「ああ…そうか。何も起こさなくてもいいのか」

閃いた。起こす必要なんてない。ただ連れてくればいいだけの話。そうと決まれば彼は布団を引っ剥がし、強引に背負って連れて行こうとした。

「………ああ、これは流石にマズいな。いろんな意味で」

布団に隠れていた少女の体は、下着姿のまま。青年には下心どころか性的感情を持ち合わせていないのだが、タイミングの悪いことになった。布団を捲った直後、深い眠りに着いていた筈の少女が目を覚ましてしまったのだ。

「えっ……」

「……とりあえずおはよう、早く着替」

「キャアアアアアアアアアアアア!!!!」

この後どうなったか言うまでもない。


「全く…酷い目に会ったな」

ディスは食べ終わった食器を洗いながら、朝の事件に対し不満を零した。

食卓での二人は終始無言だった。子供達やケイオスは楽しそうに食事している中、ディスとカーティスは黙々とパンを口に運ぶ。食事を終えると全員で分担して後片付け。

10人近くいる子供達の躾をアメリシア一人でしているのには毎回驚く。何も言わなくてもテーブルを拭き上げ、床を掃き、せっせと台所へ食器を運ぶからだ。よい子ばかりでないのだが、それでも一人一人がこうして立派にお手伝いをこなす。関心せざるを得ない。

「酷い目に会ったのはボクのほうだよ!!」

カーティスは隣りで食器を拭き上げながらギャアギャアと騒いでいた。

「この変態!ムッツリスケベ!」

カーティス=セインティア。彼女はアメリシアの妹だがあまり姉に似てない。似てるのは、キレると手が負えない点くらいだろう。

髪も真っ白な白銀に近い色で、ショートヘア。若干ボーイッシュなところがあり、一人称が「ボク」。スタイルが姉と対称的で乏しい。

そして昔、ディスは彼女に執拗に怨まれ、殺されかけた。今でも敵対関係は健在のようだ。

「まず起きないのが悪い。あといい年して下着で寝るな」

「……年あんまり変わんないじゃん」

カーティスは今年で16歳を迎える。まだ肉体的にも精神的にも幼いのに対しディスは見た目が18歳。ディスの年齢は記憶喪失時に結局分からなくなったため曖昧になった。

「我から見たら、お前はまだガキだ。クソガキ」

「本当君と話してるといちいちイラっと来るね。そろそろ殺そうかな」

「よろしい、ならば戦争か?」

「くたばれ変態」

カーティスは咄嗟に足元の扉を開く。扉の裏にある包丁立てから一本の出刃包丁を引き抜くとそのままディスの胸元へ解き放つ。

「ハイハイ、喧嘩はよそでしなさいな」

二人の間に突然アメリシアが割って入る。それを見てカーティスは出刃を引っ込め攻撃を中断した。

「お姉ちゃんどいて、そいつ殺せない!」

「お前に我が殺せるとでも思ったか?馬鹿め」

「いい加減に…!」

お互い罵声を浴びせ合う二人。そんな二人に重たい一撃が降り注いだ。

「しなさい!!」

「痛っっっっ!!」

「あぅっっっっ!!」

両者へ鉄拳制裁。

両成敗された二人は頭を鷲掴みされ引き擦れて行った。


「「「お姉ちゃん怖い…」」」

ディスとカーティスがズルズルと物を運ぶように引き摺られていく姿を、子供は唖然としながら見ていた。

「いやぁ、平和だなぁ〜」

ケイオスは呑気にトマトジュースを飲みながら、しみじみと外見年齢に不相応な発言をわざとらしく言い放つ。

「ケイオス君、お姉ちゃん怖くないの?」

「私、お姉ちゃん怖い…」

子供達に混ざるとまるで違和感のない彼は「余裕だね」と鼻で笑う。彼の立場は所謂ガキ大将と言った所。

「さすがケイオス君!僕達に出来ない事を平然と言ってのける!」

「そこに痺れる!憧れるぅ!」

「止めてよ、僕はみんなが知っての通り……人間じゃないしさ」

「そんなこと言われてもなー」

「吸血鬼に見えないもーん」

「ねーねー、吸血鬼って本当に弱点あるのー?」

子供達の話題が少年に集中した。ケイオスはヤレヤレと苦笑しつつ語る。

「僕かい?僕は……………十字架やらニンニクやら、別に苦手じゃないしなぁ」

「えー?」

「つまんなーい」

「絶対試そうとしてるでしょ、君達」

「バレた?」

エヘヘと悪戯っぽく笑う子供達には半吸血鬼もタジタジなようだ。

今だからこそ彼には血液の提供者がいるから大人しいが、一応彼は人間の生き血を啜る吸血鬼。同じ吸血鬼がいたらその光景は見るに耐えない状況だろう。

最も、少年以外この世界には吸血鬼は存在しないのだが。

「そういえばディス兄ぃも吸血鬼?」

「どうしてだい?」

一人の子供がふと質問を投げつける。

「だってあんなひょろっちぃのに、大人より力あるし…モンスターもやっつけるんだよ」

「強くて優しくて…でもケイオス君みたいに人間じゃない気がして」

「…君達はディス兄ぃが人間じゃなかったら嫌うのかい?」

子供達の歯切れの悪い言い方に、少年は少しイライラした。悪意がないと分かっていても、人外扱いをしたりされたりは嫌いだからだ。

「そ、そんなわけないじゃん!」

「お兄ちゃん好きだよ!でも、気になるじゃん…」

「私達まだ子供だけど、そんな理由で差別なんかしないもん!」

「勿論ケイオス君だって大事な家族じゃん!」

皆思い思いの言葉を言い放つ。それを聞いて安心したか少年は自分がカッとなったのを恥じた。

「ゴメンゴメン、そんなつもりじゃなかったんだけど…なら話そうか?」

「人造竜人ディス=ドラウプニルの昔話をね」


「と思ったけどやっぱやーめた!」

「「「えー!?」」」

少年の一言に子供達は絶句した。あそこまで意味深な事を言っておいてこれでは、彼らの好奇心は収まらない。

「ゴメンゴメン、やっぱ本人の許可もなく話せないんだよね」

「なら兄ちゃん呼ぼうよ!!」

「そうだそうだ!!」

一斉に声を上げる。最早収拾が着かなくなりそうなのでケイオスは、

「…今あの二人が何されてるか忘れたかい?」

と釘を一本刺す。その一言だけで子供達を脅かすのには充分だった。あれだけ騒いでいた彼らの表情から血の気が引いたのだ。

「「「……どうか二人が生きて帰りますように」」」

彼らは連れ去られた二人のご冥福をお祈りし始めた。


その後、お説教部屋へ連れ去られ一時間みっちりと怒られた二人が姿を現した。

「これに懲りたら二人共『仲・良・く』しなさい?いいわね?」

と言うより二人はただ、立ち上がる気力もないせいかズルズルと引き摺られたまま運ばれて来た。それをただ子供達は黙視する。ケイオスは相変わらず、我関せずを貫き通していた。相変わらずトマトジュースを啜る。

「はい……」

「分かりました……」

二人は力無く頷く。もう勘弁してくれと言わんばかりの態度の二人に、鬼姉は更なる課題を与えた。

「よろしい…なら罰として二人とも今日の夕飯よろしくね?」

その一言はその場にいる全員を凍らせた。


デ「なっ…!我に料理、だと!?」

カ「私一人の方がマシだね」


デ「お前…子供達を毒殺するつもりか!!」

カ「味覚が無い君よりはマシだよ!!」


デ「貴様…死ねと申すか!!我等に死ねと申すか!!」

カ「どんだけ食いたくないんだよ!!」


デ「例え世界に貴様と我だけでも、絶対に貴様の料理は食わないと約束出来る。そんなレベルだ…!」

カ「僕がその状況なら、真っ先に君を殺して一人で生きる!」

デ「やってみるがいい、小童が!」


ディスは人間の味覚が分からない極度の味覚障害に近く、一方カーティスは極度の甘党。

ディスが作れば運が良くてもよくわからない料理が出来上がり、カーティスが作ればどんなオカズも甘々だ。

子供達は震え上がった。それは喧嘩が原因ではなく、自分達の食糧危機が迫っていたからだ。

「お説教部屋……そんなに逝きたいの?」


ケイオスを除く全員がギョッとした。アメリシアを見ると、引きつった笑顔が頑張って満面の笑みを造り上げていた。堪忍袋の緒はもう限定が近く見える。

「好きにさせたら?」

「……は?」

その空気を小さな吸血鬼ケイオスが一気に破壊する。アメリシアは予想外のコメントに思わず間の抜けた返事をすると、ケイオスはヤレヤレと言った態度を取る。先程子供達に取った態度とは別の、呆れたようなヤレヤレだった。

「だから、このまま『仲良く』喧嘩させとけばいい。決着がつけば君はお説教しなくていいし、二人はお互いスッキリするだろう。オマケに僕はそれを傍観して楽しめる」

「正に一石三鳥じゃないか」

「……ハア、分かったわよ…」

淡々と意見を述べるケイオスを見てアメリシアは仕方なさそうにそれを認めた。結局子供達のブーイングもあって夕飯もアメルが作る事に。

喧嘩を再開した二人はギャラリーがいるとやりずらいと言って余所へ行き、ケイオスとアメルは休憩がてらティータイムに入る。

「……傍観って事は危なくなったら止めてくれるのね、ケイオス?」

「僕を誰だと思ってるのさ?」

「ホームレス吸血鬼」

エッヘンと見栄を張って見せた少年を、彼女は無慈悲にも過去のトラウマを突きつける。一瞬ケイオスの笑顔が固まった。

「…………ゴホン、ちなみに君は二人に対して色々五月蠅すぎる」

少年はわざとらしく咳払いをし、仕返しするような感じで本題を切り出した。

「どういう事よ」

「もう少し長い目で見てやれって事さ……せっかくあのディスが感情豊かになったんだ。喧嘩くらいさせとけばいい。」

「……だって本気で殺し合いそうで怖いわよ」

と彼女は苦笑するが、少年は続けた。

「君の妹もそうだよ。憎しみの対象だったディスに、頑張って心を開こうとしてる。なら僕達がそれを邪魔しちゃダメさ」

彼はトマトジュースをストローで啜った。彼女はそれを見て可笑しな光景に笑みを零す。

「フフッ……あなた時々、見た目に似合わないこと言うわよね」

「生憎、伊達に長生きしてないからね…………それに君達は僕の子供みたいなものだしね」

「?」

「いや何でもないよ、忘れてくれ」

少年はそう言うと子供らしく笑う。




「大体貴様は女性らしくしろ……!毎朝起こす度に平手打ちする気か!!」

「君こそ言葉遣いなんとかしてよ!あといちいちボクを馬鹿にするな!!」

喧嘩は終わりそうにない。



小一時間経過し、ようやく沈着する。

「……ハア、もう疲れた」

「ボクも……もう疲れた」

ようやく訪れただろう平和。二人は仕方なく一時休戦しようとし、椅子に腰掛けた。そのタイミングを見計らってアメリシアが微糖のコーヒーと甘めのミルクティを用意していた。

だが二人はそれを口にする時間は訪れなかった。街に突如鳴り響く警報。避難勧告。

そして非常収集。

「……何事だ?」

「まさか、ね。この辺境の地にそんなに強い魔物はいない筈だけど」

初心者の狩人や新米騎士、それを監督する少数の上級者狩人やベテラン騎士がいるためこの田舎町の平和は約束されたような物。普段通りならばの話だが。

外へ飛び出したディス達は納得した。「ああ、これは人間じゃ勝てないな」と。


「…何でこんなバカデカい竜が襲ってくるんだ」

全長15mはあるだろう。巨大な竜が街の上空から此方へ真っ直ぐ向かってくる。狙いは間違いなく、孤児院。何故かは分からなかったが、心当たりが在りすぎるディスは考えるのが面倒くさくなる。

「アメル、子供達を頼む……いくぞカーティス」

「うん…あれ?ケイオスは?」

「あの子なら、昼寝中ね」

ディスは呆れた顔をする。こんな時にまでマイペースな吸血鬼を起こそうにも時間がない。

仕方なく迎撃しようとするが、既に少女は攻撃を開始していた。

「グギャアアア!!」

「遅いよ───ロンギヌス!」

竜は降下する前に悲鳴を上げていた。見上げると黒い槍状の光が竜の両翼に何本も突き刺さっていた。高速で連続投擲された槍、これは少女の放った魔法『ロンギヌス』によるものだった。彼女のスピードに翻弄された竜は怒号を放とうとするが、更に放たれた黒槍によって顎から頭まで口を縫うように塞がれた。

「トドメ、任せたよ」

「任された──クラウソラス」

翼がマトモに機能せず、落とされた竜は最後の悪あがきでその身ごと此方へ堕ちて来ようとしていた。

しかし青年はそれすらさせない。魔法で具現した光を剣状に変え右手に握ると逸れを竜に向けただ振るう。高速で振るわれたそれに合わせるように、竜の体を光の網目が切り刻む。軌跡を描くようになぞられた光の線はあっさりと竜の体をバラバラにし──

「消し飛べ」

手に握っていた光を握り潰すと竜を切り裂いた光は強い輝きを放ち、更に竜を細かく分解した。塵芥となったそれはそのまま風へ流され散った。



街全体が、危機は去った。この一瞬そう思っていたに違いない。

だが、現実は非常に非情だった。

塵と化した竜が風に流された先。遙か遠方には先程と同じ巨大な竜。それも一体ではなく、群れを成していた。街を目指し、その翼で風を扇ぎ、消し去られた仲間の怒りを口から唱える。

「イギャアアアアアアア!!」

街に鳴り響く轟音。

何故こんな事に。

一時は助かったと歓喜した人々は今、絶望の渦に飲まれかかる。

「…くそ……まだいたなんて……」

それはカーティスも同じだった。平和慣れしたせいか油断していた彼女は、まさか複数いるとも知らずに消耗の激しい魔法を連発した。

今、彼女に空中の敵を撃ち落とす術はない。街への接近を許したら、恐らく全てが焼き尽くされてしまうだろう。

戦慄した彼女を庇うように、青年は一歩前へ出る。

「下がっていろ」

「無茶だ!いくら君でも…」

「忘れたか?」

青年は左腕に付いていた腕輪を外す。それをカーティスに「持っていろ」と言わんばかりに投げ渡すと、彼はその姿を変えていた。


“ドラウプニル”

「我は人造竜人だぞ?」

黒い髪が長い銀髪に。

左手には太く筋肉質な竜爪。

肌の所々には爬虫類のような竜鱗。

その姿は彼が人間ではないことを物語る。

「…分かった。死なないでよ…?君を殺すのはボクだからね…!!」

カーティスは孤児院へ走った。恐らく呑気に寝ているケイオスを叩き起こし、助太刀を頼むつもりだろう。

「いくぞ、レヴァル…」

青年は魔力を背中に集中させる。魔力でできた小さな光が収束し、竜の翼の形を成す。

逸れを強く羽ばたかせ、空を切る。

力強く飛んだ彼はそのまま一人、街外から此方へ向かう竜の大群衆に突っ込んだ。


「召喚…“竜槍ゲイボルグ”」

この世界には神具、魔具、竜具の三種類の謎のアイテムが存在する。それぞれが強力な兵器だったり、一つでは効果を発揮しないものと用途は様々で、別に武器として限られた物ではない。

青年はその内の一つ。ケルト神話でも有名なゲイボルグを右手に具現化させた。

先程のようにクラウソラスなどを使うと消耗が激しいため、武器でドラゴンの大群と応戦する。

ところで、竜槍ゲイボルグを御存知だろうか?

銛のような形状をしており、投げれば30の鏃となって降り注ぎ、突けば30の棘となって破裂する。

これが一般的な記述。

だが彼の持つゲイボルグは違う。それはまさに巨大な斧槍。

その先端の薄い斧槍が約40程重なっていて、それと槍本体を持ち主の魔力に反応し自動的に極細の鎖で繋いでいる物だ。

突けば40の斧槍が肉を裂き骨を断つ。

ならば振るえば?

「フッ…!!」

あと数メートルで大群と接触する時、彼はその槍を両手で強く握るとまるで釣り竿のように振り下ろす。

先端の刃の束だけがまるでルアーのように、鎖に繋がったまま一体の竜目掛けて飛んだ。そして40もの斧槍はバラバラに散って竜の全身に満遍なく食らいつく。

まるで錨。打ち込まれたアンカーが引っかかって更にダメージを与えると竜が痛みに悲鳴を上げる。

「……!!」

そのまま青年はあろうことか、鎖に繋がった竜を力一杯振り回した。

竜脈が強く鼓動する。

いくら怪力と言えど、巨体の竜を振り回すのは全力。だが一度遠心力を付けてしまえば、逆にその重量を止める事は困難。

ハンマー投げのような状態で目一杯竜を振り回し、周りから襲いかかる竜の群れを蹴散らす。その後、錨がまるで意志を持つように食らいついた竜から離れると、青年は槍を振るい次の獲物へと食らいつかせる。


だが、それは届かなかった。

「ガアッ…!グッ…アアッ!」

狙っていた次の獲物はアンカーを避けるどころか、自分から喰らいに行った。そしてその勢いのままディスの腹部を中心に体半身を喰らう。

竜牙が青年に食い込む。噛み千切らんと、ギリギリと顎に力を込める。

無論、アンカーは全て刺さっているとは言え鎖は弛んでいる上に接近されてしまったため振るえない。

そのまま竜は青年を口にくわえたまま一気に急降下する。叩きつけようと大地に頭ごと突っ込む。

「離れろ…!」

勿論青年は抵抗する。今まで抑えていた魔力の使用を、この瞬間で使うのには躊躇いなどなかった。

『クレイヴ・ソリッシュ』

竜の手と化していた左手に光の魔力を展開する。

クレイヴ・ソリッシュ、それはクラウ・ソラスの別称。クラウソラスが右手で放つ剣ならば、クレイヴ・ソリッシュは左手の爪で放つ刃。

五本の指先を竜の首目掛けて振るうと、それを辿るように放たれた五本の光が竜鱗を切り裂く。

肉も骨も、綺麗に断絶された生首は青年に食らいついたまま、残された巨体のみが大地に叩きつけられた。

「………時間がないな」

一度地面に着地すると全身が血まみれになり、内臓にまで到達していた竜の牙を外し、生首を体から剥がす。全身を走る痛みに耐えながら、残りの竜の群れが迫る中槍を構え直す。

「待たせたね、ディス」

突然、竜の大群はピタリと空中で停止する。まるで自分達が止まった理由など分からないかのように弱々しい鳴き声を上げながら、そのままゆっくりと地面に吸い込まれて行く。

「ヤレヤレ…はい、グシャッと」

飛ぶ事も許されずに頭から降下していたドラゴン全員が────

「ギャアアアアアアアアア!!」

全身から血を勢いよく放出し、肉体が砕け散る。タダの肉塊となったドラゴンの群れは、血を噴水のように吹きながら大地に激突した。

「うん、我ながらまだまだ健在みたいだね」

血を自由自在に操る混沌の吸血鬼の末梢、ケイオス。彼はまるで罪悪感などないようにクスクスと嗤う。

ディスとは違い、純粋に魔力に特化した彼が持つのは竜宝ドラゴンオーブ。血液で作り上げたそれは、啜ったことのある種族の血液ならば、問答無用で意のままに操れる。

血液をせき止め、筋肉が動かなくなるのも。

血液を破裂させ、体内で爆発させることも。

彼には可能、ただそれだけの話だった。


「大丈夫…そうだね」

飛び散ったドラゴンの血液をオーブに全て吸収し終えると、少年は特に心配することもなく青年に話しかけた。

「順序が可笑しい。まずは我の心配をしろ……ゴフッ」

そんな少年に対し嫌みを吐きながら、口に溜まった血を吐いた。グチャグチャになった腹部を抑えながら痛みを堪えている様子を見てケイオスは嘲笑う。

「あんなトロいのにやられるからだよ。全く…止血するから動かないでね?」

再びオーブを取り出すと、オーブは妖しく光り出す。青年の血液を操作し、凝固。傷口を固い血液の膜で覆う。

「そんな傷なら、君の再生能力なら問題ないでしょ?」

「…まあな。物凄く痛いけど」

「しょうがないよ。肉体は直せないし、神経を麻痺させたりは専門外だからね」

「…相変わらず、便利そうで不便だな。」

皮肉を言い放つ青年の姿は、言い終えたと同時に人間の姿に戻り始めた。その直後……青年は先程のまだ余裕があった顔を苦痛に歪ませる。

「イタタタタタタタタ……!」

ドラウプニル化を解いた彼の痛覚は元通りになった為、青年は本来の痛みに襲われていた。痛覚は常人よりは無いとは言え、無理もない。

「情けないね」

「お前と一緒にするな…ウググググ…!」

こうして、謎のドラゴンの大群討伐は無事終了した。


FIN...


【後書き】

……だが疑問が残る青年は突っ込まざるを得なかった。

ディス「…ところで、どうしてドラゴンが現れたんだ?」

ケイオス「よくあるじゃん。ラスボス周辺までシナリオを進めると、弱い敵しかいない場所に強敵がエンカウントするって話」

ディス「何をメタな事を」

ケイオス「ぶっちゃけ心当たりないんだよね〜…竜帝の差し金とは思えないし」

ディス「ヴェルガントが…?既に和解したはずだろ」

ケイオス「まあ、理由は作者が今度適当に考え…」

ディス「おいやめろばか」ガッ

ケイオス「ムゴゴゴゴ!」ジタバタ

ディス「ハア…とりあえず先が思い付かないから一旦オリジナルは打ち切りで頼む」

ケイオス「うん、そうしよっか。じゃあ、読者の皆さん!」


「また会う日まで…」


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