くるみの物理学講座~統一場の理論~
この物語は自作小説「トリックエンジェル」に出てくる物理法則の解説です。 トリックエンジェルの世界観を楽しんでもらうためのものです。
この物語はフィクションです。
ある日のこと詩音は学校で前山先生に呼ばれた。
前山先生は詩音のクラスの副担任で、物理学が大好きな先生である。
前山 :「実は川上先生に統一場の理論を教えてやろうとしてるんだが、なかなか理解してもらえるのが難しくてな。それで、楠木の力を借りたいと思ってるんだ。」
詩音 :「くるみエッセンシャルじゃダメなの?」
くるみエッセンシャルとは正式名が「統一場の理論-エッセンシャル-」で三条くるみが書いた本である。略してくるみエッセンシャルと呼ばれている。統一場の理論の簡単版という触れ込みであるが、実体はアインシュタインの一般相対性理論より難しい内容のため、一般向けとはいえず、大学で物理を専攻している学生以上でないと本の内容は理解できないといわれている。
前山 :「うん、統一場の理論-エッセンシャル-でも相当難しい内容だ。だから、この本を教科書にもっとわかりやすく解説して欲しいんだ。」
詩音 :「わかった。詩音もたまにはそういうところ見せないと、ただのいたずら娘にしか思われないもんね。で、いつ話す?」
前山 :「明後日の土曜日の午後とかいいかな。お母さんには話しておく。」
詩音 :「OK~。じゃあ、午後、視聴覚教室で良い? 本当は音楽室がいいんだけど吹奏楽部が使ってるからね。」
前山 :「ああ、視聴覚室で。」
話がまとまった
2日後の土曜日。
前山先生と川上先生だけかと思ったが、詩音の担任とか、他にも何人かの先生が来ていた。近くの中学や高校の理科や物理の先生も来ている。
前山 :「楠木、悪いな。話をしたら興味がある人が集まっちゃったんだ。」
詩音 :「別に構わないわよ。だけど話の内容が高度だけど大丈夫。」
前山 :「まあ、ある程度は覚悟している。」
川上 :「くるみエッセンシャルを共著した人の話がただで聞けるという話ならば人は集まるよ。」
担任 :「普段の生活態度から全然想像がつかないからね。ギャップがあるという意味ではこれほどのものはないわ。」
くるみエッセンシャルは、くるみが小学生と会話をしながらこの世界の真理を解いていく対話方式で進んでいく本である。だけど、途中で偏微分方程式とか虚数空間とかがバンバンでてくる。そのため、相手の小学生がその会話に付いて来れるはずもなく、実際には三条教授の大学の教え子との会話形式の授業の内容をまとめているといわれている。
そして、モデルとなった女の子は詩音ちゃんという懇意にしている小学生だけど、そのこはあくまでモデルであり、当然理解していないと思われている。
だが、実際はほぼノンフィクションであり、当時小学一年生だった詩音は本当にその会話に参加していた。つまり、この本はくるみと詩音の共著である。このあまりに信じられない話を信じてるのが、ここに集まっているメンバーである。
詩音 :「えっと、今日はくるみちゃんの第一定理まででいい?」
前山 :「とりあえず、それでいいかな。第二定理はそのときの雰囲気で。」
詩音 :「第三定理は?」
前山 :「shio's theoryか。気持ちはわかるが、そこまではいいよ。」
詩音 :「ちぇ~。」
くるみの第三定理。日本語ではそう呼ばれているが、海外では「shio's theory」のほうが呼ばれることが多い。くるみと詩音の共同で発表した定理だからだ。各定理ともぶっとんだ定理であり、実証されると一発ノーベル賞ものの強烈な理論である。
詩音 :「じゃあ、早速始めます。とりあえずくるみエッセンシャルにそって話します。皆さん、くるみエッセンシャルはお持ちですか」
皆うなずく。この街で、物理に携わる人でこの本を持っていないのは考えられない。
詩音が教壇煮立って話をする。でも、背が足りないので踏み台にのって説明する。生徒は皆先生で、小さな椅子に座って二人分の机を一人で使って聞いている。完全に生徒と先生の立場が逆だ。
詩音 :「まず、わかりやすくするため、アインシュタイン方程式から話します。」
いきなりアインシュタインの宇宙方程式から話が始る。アインシュタイン方程式など知ってて当たり前の世界である。
詩音は二人がぽかん口をあけてるのをみつけた。担任と川上先生だ。
詩音 :「う~ん、これより簡単には話すのは無理です。でも、大丈夫。この方程式から説明します。」
詩音は黒板にアインシュタイン方程式をすらすらと書く。世界広しといえども、この方程式を書く小学生は早々いないだろう。
詩音 :「別にこの式は覚える必要ないです。知っていて欲しいのは左辺がこの時空間の曲がり具合、右辺がエネルギーと重力を表しています。つまり、エネルギーと重力を加えると時空間が曲がるって思ってください。」
川上 :「これくらいならついてこれる。」
詩音 :「そして、これがくるみちゃんの統一場の方程式。」
黒板にまた、すらすらと書き出す。
詩音 :「よくにてるでしょ。」
詩音 :「違いは右辺に重力とエネルギーだけでなく電磁力が加わったことです。そして、左辺にはもう一つの時空間が表されてます。これがαベクトル時空間です。」
詩音 :「このαベクトル時空間が何者かは後にして、今はそういうもんだと思ってください。」
また、担任の先生と川上先生は口をあけている。
詩音 :「えっと、この段階ではそういうもんだと思ってください。これを説明するのはちょっと大変です。」
詩音 :「さて、この世界は4つの力で成り立っていると言われてますがそれはなんでしょうか? 川上先生。」
川上 :「重力と電磁力と位置エネルギーと磁力です。」
詩音 :「おしいです。二つあってます。では前山先生、正解を。」
前山 :「重力、電磁力、強い力、弱い力の4つだ。」
詩音 :「正解です。さすが前山先生です。」
前山先生が手を挙げてみんなに自慢する。
詩音 :「普通、統一場の理論というとこの4つの力を一つの式で表すことを言う人が多いです。でも、それは大統一理論であり、統一場の理論というとこの4つのうち二つ以上を一つの式に表すときに用います。そして、くるみちゃんの統一理論は重力と電磁力の統一理論になります。」
先生A:「そうすると超弦理論と重なると思うけど?」
詩音 :「良い質問です。さすがですね。こういう質問が出ると詩音も答えがいがあります。超弦理論はどちらかというと量子力学よりです。ですから、物質を極端に小さくしたときに表面化する理論です。」
詩音 :「でもくるみちゃんの統一場の理論はもっと一般的な世界で成り立つ理論と捉えてください。簡単に言うと実現の可能性が高い理論です。質問の答えになっていますか?」
先生A:「はい、続けてください。」
詩音 :「このくるみちゃんの統一場の方程式は、アインシュタイン方程式と違い、重力とエネルギーと電磁力を加えると通常の時空間とαベクトル時空間が曲がることを意味します。でも、それが何を意味するかさっぱりわかりませんよね。」
一同、うなづく。
詩音 :「もうちょっと付き合ってくださいね。アインシュタイン方程式との違いのもう一つ重要なのはテンソルの数が違います。アインシュタインはこの世界を3次元と時間を加えた4次元時空間としてテンソルを4つにしています。それに対して、くるみちゃんは時間軸がもう一つあると考えてテンソルが5つあると考えています。」
ぽかん口を開ける人の数が増えていく。
詩音 :「ですから、アインシュタイン方程式は10個の偏微分方程式に分解されますが、くるみちゃんの方程式は15個の偏微分方程式に分解されます。」
先生B:「なるほど。」
しかし、その先生と前山先生以外はぽかん口状態だ。
詩音 :「このテンソルの話は難しい上に今回の話の中では重要ではないので、アインシュタイン方程式は10個の偏微分方程式に、くるみちゃんの方程式は15個の方程式に別れると思ってください。」
詩音 :「それで、アインシュタインの10個の方程式とくるみちゃんの15個の方程式のうちの10個の方程式は事実上同じ物になります。」
そう言って詩音は黒板に15個の偏微分方程式を書く。
詩音 :「このうちのこの式はエネルギー保存の法則を表します。こっちの式は運動量保存の法則を主に表します。ニュートン力学の話ですね。そしてこっちの式は重力波の式を表します。アインシュタイン方程式とほぼ同じです。ここらへんがアインシュタインのすごいところですね。」
詩音 :「くるみエッセンシャルでは、このあたりの話が2章、3章にかかれてます。大体の人はここで挫折して積読になります。でも、本当に面白いのは残りの5つの偏微分方程式です。」
詩音 :「11番目の偏微分方程式は、αベクトル時空間と現実世界の時間を固定した式になります。現実世界の空間だけ自由にした式です。この式から導き出される結果がすごいんです。では、前山先生答えを。」
前山 :「はい、時間の変化無しに空間移動することができます。つまりワープです。」
詩音 :「はい、正解です。」
川上 :「ちょ、ちょっと待てよ。なんだそれ? いきなりSFになったぞ。」
前山 :「だから、この統一理論は面白いんだよ。こっからなんだよ。すごいのは。」
詩音 :「はい、光速を突破できます。一度固定されたαベクトル空間を経由すると、距離の壁を無視できます。しかも、αベクトル空間では現実世界の時間はほとんど流れませんから、外から見てると一瞬で移動することになります。」
川上 :「はあ、ありえないだろ。」
前山 :「理論上そうなる。でも、たかだかどこでもドアだ。12番目はもっとすごいぞ。」
詩音 :「はい、今度はαベクトル時空間と現実世界の空間を固定した偏微分方程式を作ります。これが12番目の式です。これが何を意味するかわかります?」
川上 :「空間が固定され現実時間だけが自由になる? ま、まさか、タイムマシン!」
詩音 :「ピンポーン。さすが先生ですね。今日は説明のしがいがあります。重力と電磁力とエネルギーをくわえるとタイムトラベルができます。」
川上 :「信じられない。」
詩音 :「でも、理論上はそうなります。で、次に現実世界の空間と時間を固定してみると13番目と14番目の式ができます。つまり、これがαベクトル時空間の時間と空間を表す式になります。これはイメージしにくいのでここでは説明しません。」
詩音 :「そして、最後に、現実世界の時間とαベクトルの時間を固定します。これが15番目の式です。この式の意味するところわかりますか?」
川上 :「いや、さっぱり。」
詩音 :「これはですね~、一番信じられないでしょうけどねえ~。」
前山 :「楠木もったいぶるな。」
詩音 :「ちぇ~、しょうがない教えてあげます。これはパラレルワールドの存在を意味します。」
川上 :「はあ?」
詩音 :「すごいでしょう、元はたった一つの方程式なのに、ワープ理論とタイムトラベルとパラレルワールドを表してるんです。」
川上 :「いくらなんでも冗談だろ。」
前山 :「いや、本当なんだ。これがくるみエッセンシャルの有名な第4章だ。いわゆる『くるみちゃんの23世紀のおとぎ話』だ。理論上可能でも実現には後200年はかかるだろうといわれている。」
川上 :「はあ、でもそれは世紀の大発見じゃん。」
前山 :「そうだよ、だから三条教授は最年少でノーベル物理学賞を受賞してるんだ。」
川上 :「だったら、もっと世の中大騒ぎしてもいいんじゃないか? この理論が発表されてから、5年近く経ってるぞ。」
前山 :「だって、みんな理解できないだろう。この式。しかも、理論であって実現方法がわからないことになってるんだ。」
川上 :「は~、すざましい理論だな。これがくるみの統一場の理論か。」
前山 :「ああ、すざましい。でも、もう一つ忘れてないか?」
川上 :「え?」
前山 :「今の話、だれが説明してくれた?」
川上 :「あ、楠木。」
前山 :「そうだろ、小学3年生だ。しかも、この話を小学1年のときに理解してるんだぞ。」
出席者の間でどよめきが起こる。
前山 :「さて、最後に何か質問はありませんか?」
しかし、一同あっけにとられ何を質問していいかもわからず、だれも質問できなかった。
前山 :「いうことでそろそろ時間でもあるので、今日はこれで解散とします。最後に講師の楠木詩音さんに拍手を。」
パチパチパチ
こうして臨時統一場の理論教室は終了した。
はずだった。
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前山 :「楠木ありがとう。ついでといっては申し訳ないが第二定理も説明してくれないか?」
詩音 :「やっぱりね~。そうなるよね。第一定理だけだと欲求不満になるよね。特に第13、14方程式が説明しきれてないからね。」
ということで前山先生を残して特別授業を始めようとした。
詩音 :「あ、川上先生も残って。」
川上 :「おれはもう十分だ。げっぷがでそうだ。」
詩音 :「だめ。こっからは数学の知識が必要。先生に残ってもらわないと。」
前山 :「川上先生、残ってくれ。」
そういって3人の授業が始った。
詩音 :「13番目の偏微分方程式は2つ変数があるでしょ。だから、2元方程式になって解けないの。そこで、ガウス平面が登場するの。」
前山 :「きた~。ガウス平面。川上先生、通訳交代だ。」
川上 :「複素数を表すために便利な平面だ。つまり、13番目の方程式の解は複素数で表されるのか。」
詩音 :「そそ、それで、こいうふうに条件を設定すると13番目の式の解はガウス平面上ではこう表されるの。」
詩音が黒板に十字を書いて、その十字の交点を中心に円を描く。
前山 :「は~、きれいな円になるんだ。」
川上 :「なるほど、わかったぞ。ガウス平面上を円で表されるということはすなわち波でであることを意味するんだ。」
詩音 :「さすが先生。」
川上 :「そうするとcosθ+isinθで表される。よって、フーリエか!」
詩音 :「ピンポーン。これをフーリエ展開するのそうするとこうなるの」
川上 :「おお~」
詩音 :「それでね、これを丁寧に書くとこうなるの。そうすると一番最初は定数項になるでしょ。それ以降は時間が変数になるじゃない。だけど一番目は時間に依存しない空間になるの。これが、安定的に現われるαベクトル空間なの。つまり、地球上である特定の場所からいつでもいける安定したαベクトル空間なの。」
前山 :「ほ~、この世界のどこかからαベクトル空間に行くことが可能って意味だな。」
詩音 :「そのとおり。」
詩音 :「そして、同様に15番目の偏微分方程式を解くと、やっぱり、定数項が表れる。これも時間に依存しない安定した場所を示すの。15番目の方程式はパラレルワールドを表すから、安定したパラレルワールドを意味していて、つまり、これが『対世界』なの。」
川上 :「は~。もう、何もいえねえ。」
詩音 :「まだまだ。でもこれらをあわせるとαベクトル空間上のいたるところに対世界の入り口が出来てしまうの。ここで14番目の方程式がでてくるの。これはαベクトル空間から対世界への入り口の場所を指すの。」
詩音 :「これを例によってフーリエ展開すると、定数項が出てきて、それを解くとあら不思議、αベクトル空間上でこちらの世界の出入り口から距離7680mm離れた基底空間方向からπだけ回転した所に対世界の入り口があることを示すのよ。」
川上 :「よくわかんないけど、対世界への行きかたが示されたってことだな。」
詩音 :「うん、でも、大きな問題があって、このαベクトル空間に行くにはエネルギーの壁があって、原子一つあたり、240GeVのエネルギーをつぎ込まないといけなくなるの。今、この世界のどんな加速器でも出せないエネルギーなの。」
川上 :「つまり、この理論ではαベクトル空間には事実上いけないってことを意味するのか。」
詩音 :「うん、これがくるみの第二定理であり、その限界点でもあるの。」
川上 :「なるほどね。23世紀のおとぎ話か。」
詩音 :「そして、第3定理が...」
ここで、前山先生が首を振った。これ以上はだめだという話である。
詩音 :「うん、今日は第二定理までだったね。もし、今度気が向いたら第三定理まで話をするね。」
川上 :「そうしてくれ。もう頭の中ウニ状態だ。」
前山 :「ああ、また今度な。今日はありがとう。」
詩音 :「どういたしまして。また、何か聞きたいことがあったら遠慮なく言ってね。」
そういうと詩音は待っていたポッチとふたりで教室を出て行った。
前山 :「(第3定理は共鳴を使って少ないエネルギーでαベクトル空間に行く方法を表している。つまり、αベクトル空間への入口さえ見つければ『対世界』へ行けるってことか。そして、その入り口はこの街のどこかにある。だから、三条教授をはじめ関係者がわんさか集まってきている。というか既にあいつらは見つけてるんじゃないか? いや、まさか、それはあり得ない。もし見つかったのなら大騒ぎになる。所詮は23世紀のおとぎ話さ)」
前山 :「でも一度行ってみたいものだな。『対世界』に。向こうでも俺は教師をしてるのだろうか。」
前山先生はそうつぶやいて教室を出て行った。
おしまい
トリックエンジェル本編はこちらになります。
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この解説で興味を持たれたなら、きっとSF好きでしょうから3章の0話から読んでいただくのをお勧めします。3章の後、1章、2章、4章、5章、6章と進むのがお勧めです。
3章0話は以下のURLになります
http://ncode.syosetu.com/n2045m/19/




