イタイケナ乙女×1
アイテムザックの口を開いて、本日の戦利品を確認する。
アムリタの実が五つ。幽玄石が四つ。薬草が七束。
「まあ、この辺はカスだな」
机の上に並べながら、俺は欠伸を噛み殺した。
売れば小銭にはなる。調合師に渡せば、もう少しましな値もつくだろう。とはいえ、わざわざ換金所に並ぶほどではない。倉庫に放り込んで、次の合成素材にでもするのが無難だ。
問題は、その倉庫がとっくに満杯だということだった。
「そろそろ上ランクの倉庫、借りるかなあ」
財布は軽くない。
ここ最近は深層での稼ぎも悪くない。
けれど、冒険者というやつは、金が貯まる速度と同じくらい荷物が増える。命も荷物も背負う商売だ。軽い方が長生きできると分かっていても、拾えるものはつい拾ってしまう。
続いて取り出したのは、古びた魔術書が二冊。
大地鳴動の魔術書。
炎熱光波の魔術書。
「うーん、出たのはいいけどなあ」
俺はぱらぱらとページをめくり、すぐに閉じた。
鎮術も熒術も、俺には適性がない。読めるが使えない。意味は分かるが、術式が体を通らない。
その代わり、と言うべきか。
壊れたものを繋ぐ術だけは、少しばかり得意だった。
「売るか。買い叩かれる前に、ちゃんとした鑑定屋に――」
そこで俺は、ザックの底に手を突っ込んだ。
最後の一品。
本日の目玉。
取り出した瞬間、床にどさりと落ちたそれは、アイテムと呼ぶにはいささか人間の形をしすぎていた。
銀色の髪。泥に汚れた革鎧。血の気のない頬。年は十七、八といったところか。
浅く、細く、まだ息をしている。
俺は口笛を吹きかけて、やめた。
「……いや、笑ってる場合じゃないな」
四十階で見つけた時、こいつは宝物庫の前に倒れていた。
宝箱は開いていた。中身は空。床には焼け焦げた跡と、折れた毒針。罠の解除に失敗したのだろう。
レベル二十一で四十階。
普通なら無茶というより自殺だ。
放っておけば死ぬ。
背負って帰れば、俺も危ない。
救助隊を呼べば間に合わない。
表の医者に連れていけば、なぜそんな低レベルの探索者が四十階にいたのか、面倒な事情聴取が始まる。
裏の医者に持ち込めば、治療費で俺の財布が死ぬ。
だから俺は、裏町の情報屋から買った胡散臭い裏技を使った。
あるアビリティを三つ組み合わせ、アイテムザックの空きを一枠だけ残し、最後に入れたアイテムと地面のものを交換する。
すると、本来アイテム属性を持たないものでも、一時的に格納できる。
情報屋の親父は、十回話せば九回は嘘を吐くような男だった。喋るたびに酒と脂と古い干し肉の臭いがして、笑うと黄色い歯の隙間から笛みたいな音が鳴る。
だが、今回だけは本物だった。
「世の中、何が役に立つか分からんね」
俺は少女を寝台に移した。
血止め薬と創傷膏で応急処置はしたが、傷は深い。毒は抜けかけている。けれど、血が足りない。魔力も底をついている。
俺は水桶で手を洗い、棚から古い銀輪を取り出した。
魔術師が杖を使うように、神官が聖印を掲げるように、俺にはこの銀輪がいる。
壊れたものを繋ぎ、離れたものを寄せ、ほどけたものを結び直すための道具だ。
万能ではない。
死者は戻せない。失われたものは作れない。できるのは、まだ繋がっている命を、ほどける前に結び直すことだけ。
しかも、使えば体の芯が冷える。
それでも、目の前で死にかけているやつを見捨てるよりは、よほどましだった。
俺は少女の傷に手をかざした。
「繋げ、生命の円鎖」
銀輪が淡く光った。
切れた肉が寄る。血管が繋がる。乱れた呼吸が、少しずつ整っていく。
少女が小さく呻いた。
「う……」
「はいはい、生きてる生きてる。上出来上出来」
傷が塞がったのを確認して、俺は毛布をかけた。
そのまま床に座り込む。
指先が冷たい。
息を吐くと、部屋の中だというのに白く曇った。
「赤字ではない。赤字ではないんだけどなあ」
五十階到達は逃した。
魔術書は使えない。
倉庫は満杯。
そのうえ、拾った乙女の治療で、こっちの命まで少し冷えた。
俺はザックの管理札を確認した。
アイテムザックに入ったものは、管理札に勝手に名が出る。
誰が決めているのかは知らない。古い冒険者は「神様の目録」と呼ぶし、若い連中はただ「システム」と呼ぶ。
俺は後者だ。
神様にしては、たまに性格が悪すぎる。
管理札に魔力を流すと、淡い文字が浮かび上がった。
アムリタの実×5。
幽玄石×4。
薬草×7。
大地鳴動の魔術書×1。
炎熱光波の魔術書×1。
そして最後に、見慣れない項目。
イタイケナ乙女×1。
「……システム、おまえ意外と口悪いな」
俺がそう呟いた時、寝台の上で少女のまぶたが震えた。
「……ん」
銀色の睫毛が上がる。
青い目が天井を見た。次に壁を見た。最後に俺を見た。
数秒、沈黙。
少女は跳ね起きようとして、脇腹を押さえた。
「いっ……!」
「はい動かない。怪我人は怪我人らしく寝てなさい」
「ここはどこですか。あなたは誰ですか。私はどうして――」
「以後の質問を禁ずる」
「禁じないでください!」
元気そうで何よりだった。
俺は椅子を引き寄せ、寝台の横に座った。
「俺はカイル。冒険者。君はダンジョンで倒れていた。俺が拾った。治した。以上」
「拾った?」
「うん」
「助けた、ではなく?」
「広義では助けた」
「狭義では?」
「拾った」
少女は露骨に警戒した顔になった。
「……私を、どうやってここまで?」
「ザックに入れて」
「ザック」
「アイテムザック」
少女は自分の体を見下ろし、次に部屋の隅に置かれた黒革のザックを見た。
そして、ゆっくりと俺を見た。
「私、アイテム扱いになっていたんですか?」
「正確には、一時的な格納状態だね」
「同じです!」
「いや、厳密には違う。アイテム属性が付いたわけじゃなくて、ザック側の収納判定を一時的に誤認させる技で――」
「説明が犯罪者のそれです!」
「ひどいな。命の恩人に」
「命の恩人が相手を所持品にしますか!」
「したから助かったんだよ?」
少女は言い返そうとして、言葉に詰まった。
勝った。
そう思った瞬間、枕が飛んできた。
「痛っ」
「最低です!」
「元気だなあ。もう一回治療いる?」
「いりません!」
少女は毛布をぎゅっと掴み、深呼吸した。
「……リィナ・アルフェルトです。探索者です」
「リィナね。了解」
「それで、さっきのは何ですか」
「さっきの?」
「イタイケナなんとか」
「ああ」
俺は管理札をひらひら振った。
「俺が付けたんじゃない。システムが勝手にそう表示した」
「神様の目録が!?」
「神様かどうかは知らんけど、性格は悪い」
「失礼すぎます!」
「まあ、リィナ×1に変えられるかは試してみるよ」
「当然です!」
リィナが怒鳴った拍子に、寝台の脇に置いた彼女の荷物から、一枚の紙が滑り落ちた。
俺は拾い上げる。
治療院の請求書だった。
患者名、ミア・アルフェルト。
病名、魔力欠乏症。
今週分の薬代と部屋代。支払期限は、今日。
リィナの顔色が変わった。
「見ないでください!」
彼女は手を伸ばしたが、体がまだついてこない。俺は紙を返しながら、何も言わなかった。
こういう時、事情を聞かない方が、だいたい事情は分かる。
「妹?」
「……あなたには関係ありません」
「まあ、あるんだよな」
「ありません」
「君が俺のザックに戻る以上」
「戻る?」
リィナが眉をひそめた。
俺もまだ、そこは確認していなかった。
「ちょっと実験しようか」
「嫌な予感しかしません」
「大丈夫。死にはしない。たぶん」
「たぶん?」
リィナは警戒しながらも、寝台から足を下ろした。
壁に手をつき、ゆっくり立つ。
そして、部屋の扉へ向かった。
一歩。
二歩。
三歩。
扉の取っ手に手をかけた瞬間。
ぽふん。
軽い音がした。
リィナの姿が消えた。
部屋には沈黙が落ちた。
俺はゆっくりとザックを開いた。
中から、ものすごく怒った顔のリィナがこちらを見上げていた。
「……何ですか、これは」
「自動回収機能かな」
「かな、じゃありません!」
「便利だね」
「便利じゃありません!」
俺はリィナをもう一度取り出した。
リィナは震える指で俺を指した。
「解除方法は?」
「知らない」
「知らない!?」
「裏技なんだから説明書なんかないよ。情報屋の親父も、『戻し方? 戻す前に売れ』って言ってたし」
「売るつもりだったんですか!?」
「売るわけないだろ。さすがに人身売買は俺の趣味じゃない」
「さすがに、の位置が怖いです」
その時だった。
扉が乱暴に叩かれた。
「おい、開けろ」
低い男の声。
リィナの肩がびくりと震えた。
俺は彼女を見た。
「知り合い?」
「……治療院の集金人です」
「集金人にしては物騒な声だな」
「支払いが遅れると、保証人を連れていかれます」
「なるほど。分かりやすく悪い連中だ」
また扉が叩かれた。
「リィナ・アルフェルトを匿っているだろう。出せ。期限は今日だ」
リィナは唇を噛んだ。
「私が行きます」
「三歩で戻るけど」
「……本当に腹が立ちますね」
「よく言われる」
俺はザックを軽く蹴って、寝台の下に押し込んだ。
「そこで黙ってて」
「私は荷物ではありません」
「今だけ荷物のふり」
リィナが何か言い返す前に、俺は扉を開けた。
廊下に立っていたのは、黒い上着を着た男が二人。
治療院の職員というより、取り立て屋だ。腕が太い。腰に短剣。靴は汚れていない。つまり、自分でダンジョンには潜らず、潜る者から金を絞る連中。
「何の用?」
「リィナ・アルフェルトを探している」
「知らないね」
「この宿に入ったのを見た者がいる」
「宿には大勢入る」
男の一人が、俺の後ろを覗き込もうとした。
俺は扉の縁に手を置き、視線を塞いだ。
「捜索許可証は?」
「借金の証文ならある」
「じゃあ帰れ。ここは俺の部屋だ」
男の目が細くなった。
「お前、深層潜りのカイルだな」
「有名人はつらいね」
「なら金はあるだろう。あの娘の分、払うか?」
「払う理由がない」
「匿う理由はあるのか?」
男が一歩踏み込んだ。
その瞬間、寝台の下から、かすかに布の擦れる音がした。
男の視線が動く。
まずい。
そう思った時、ぽふん、と小さな音がした。
寝台の下にあった気配が消える。
自動回収。
リィナはザックの中に戻ったらしい。
俺は思わず笑いそうになった。
「今の音は何だ」
「俺の荷物が鳴いた」
「荷物が鳴くか」
「いい荷物は鳴くんだよ」
男は舌打ちし、俺の胸ぐらを掴もうとした。
俺はその手首に銀輪を当てた。
「繋げるのは得意だけどさ」
銀輪が淡く光る。
男の袖口と扉の蝶番が、一瞬だけぴたりと繋がった。
「絡めるのも、まあ得意なんだ」
「なっ――」
男は腕を引いたが、袖が扉に固定されて動かない。
もう一人が短剣に手をかけた。
俺は笑った。
「やめとけ。ここで抜いたら、宿の主人が衛兵を呼ぶ。衛兵が来たら、治療院の裏帳簿まで話が広がる。困るのはどっちかな」
男たちは顔を見合わせた。
やがて、袖を固定された男が低く言った。
「期限は明日の朝までだ」
「親切だな」
「払えなければ、妹の部屋を空ける」
その言葉だけは、少し笑えなかった。
俺は男の袖を解き、扉を閉めた。
廊下の足音が遠ざかる。
部屋に静けさが戻った。
俺はザックを開けた。
中のリィナは、怒っていなかった。
ただ、青ざめていた。
「……聞こえましたか」
「だいたい」
「妹は、ミアといいます。魔力の器が弱くて、薬がないと眠ることもできません」
「今日までの支払いが必要」
「はい」
「だから四十階まで潜った」
「はい」
リィナは拳を握った。
「馬鹿なことをしたのは分かっています。でも、浅い階層では足りなかった。中級宝箱なら、当たりを引けば一月分にはなると思って……」
「外れたね」
「外れました」
正直でよろしい。
俺は机の上の魔術書二冊を見た。
大地鳴動。
炎熱光波。
使えない本だが、売れば高い。
「この二冊、ちゃんとした店に持ち込めば二十万は超える」
リィナが顔を上げた。
「それは、あなたの戦利品です」
「君も戦利品だしなあ」
「言い方」
「貸しだよ、貸し。治療費、救助費、魔力消費費、あと精神的苦痛費」
「精神的苦痛は私が請求する側です」
「じゃあ相殺で」
「勝手に!」
いつもの調子が少し戻った。
それでいい。
「しばらく組もう」
「……はい?」
「俺が深層に潜る。君は宝箱を見る。報酬は折半。ただし君の分から、貸付金を天引きする」
「私、罠解除アビリティは持っていません」
「でも見立てはできるだろ。罠の種類と箱の等級くらいは」
「鑑定だけなら、少し」
「十分。俺は罠を壊すのは得意だが、箱の当たり外れを見るのは苦手だ。君は箱を見られる。俺は君を死なせずに連れて帰れる。利害一致」
「組むとは言っていません」
「じゃあどうする?」
「妹のところへ行きます」
「三歩で戻るけど」
「……あなた、本当に腹が立ちますね」
「よく言われる」
リィナは悔しそうに唇を噛んだ。
だが、目は逸らさなかった。
「なら、今はあなたを利用します」
「いいね。俺も君を利用する」
「対等な契約です」
「もちろん。俺が所持者で、君がアイテム」
「対等とは」
リィナは深く息を吐いた。
「でも、条件があります」
「どうぞ」
「私はアイテムではありません」
「はい」
「はいは一回」
「はい」
「システムが何と言おうと、私はリィナ・アルフェルトです」
「了解」
俺は管理札を取り出した。
魔力を流し、収納リストを表示する。
イタイケナ乙女×1。
その文字に指を当て、名を上書きする。
リィナ・アルフェルト。
文字が一度だけ揺らいだ。
そして、新しい項目が浮かび上がる。
リィナ・アルフェルト×1。
直後、頼んでもいない注釈が勝手に追加された。
状態:契約中。逃走不可。よく怒る。
備考:たぶん、拾ってよかった。
数秒の沈黙。
リィナが震える声で言った。
「……カイルさん」
「何かな」
「これは、あなたが?」
「前半はシステム」
「後半は?」
「……たぶん、俺の魔力を読まれた」
「読まれないでください!」
リィナは顔を赤くして怒鳴った。
俺は管理札を閉じながら、少しだけ笑った。
本日の戦利品。
アムリタの実、幽玄石、薬草、魔術書二冊。
それから、やたら怒りっぽくて、妙に真面目で、放っておくとすぐ死にそうな乙女がひとり。
五十階には届かなかった。
だが、四十階で拾ったものは、今日のどの宝箱より厄介で――たぶん、一番値打ちがあった。
お読みいただきありがとうございました。
創作の励みになりますので、感想・評価、よろしくお願いいたします。
「本日の戦利品を確認したら、乙女が一人入っていた」という出オチから始まった話です。
主人公カイルはだいぶ口が悪く、倫理観も少し怪しい男ですが、最低限のところでは人を見捨てられないタイプです。たぶん。
リィナの方も、今回は完全に巻き込まれ役でしたが、今後は宝箱鑑定役としてカイルを振り回してくれる……かもしれません。
短編としてはここで一区切りですが、
「自動回収される拾いものヒロイン」
「性格の悪いシステム」
「深層冒険者と借金持ち探索者の契約コンビ」
あたりは、もう少し続けても楽しそうだなと思っています。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。




