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続きそうな短編集

イタイケナ乙女×1

作者: 曽我部穂岐
掲載日:2026/05/14

 アイテムザックの口を開いて、本日の戦利品を確認する。


 アムリタの実が五つ。幽玄石が四つ。薬草が七束。


「まあ、この辺はカスだな」


 机の上に並べながら、俺は欠伸を噛み殺した。


 売れば小銭にはなる。調合師に渡せば、もう少しましな値もつくだろう。とはいえ、わざわざ換金所に並ぶほどではない。倉庫に放り込んで、次の合成素材にでもするのが無難だ。


 問題は、その倉庫がとっくに満杯だということだった。


「そろそろ上ランクの倉庫、借りるかなあ」


 財布は軽くない。


 ここ最近は深層での稼ぎも悪くない。


 けれど、冒険者というやつは、金が貯まる速度と同じくらい荷物が増える。命も荷物も背負う商売だ。軽い方が長生きできると分かっていても、拾えるものはつい拾ってしまう。


 続いて取り出したのは、古びた魔術書が二冊。


 大地鳴動の魔術書。


 炎熱光波の魔術書。


「うーん、出たのはいいけどなあ」


 俺はぱらぱらとページをめくり、すぐに閉じた。


 鎮術も熒術も、俺には適性がない。読めるが使えない。意味は分かるが、術式が体を通らない。


 その代わり、と言うべきか。


 壊れたものを繋ぐ術だけは、少しばかり得意だった。


「売るか。買い叩かれる前に、ちゃんとした鑑定屋に――」


 そこで俺は、ザックの底に手を突っ込んだ。


 最後の一品。


 本日の目玉。


 取り出した瞬間、床にどさりと落ちたそれは、アイテムと呼ぶにはいささか人間の形をしすぎていた。


 銀色の髪。泥に汚れた革鎧。血の気のない頬。年は十七、八といったところか。


 浅く、細く、まだ息をしている。


 俺は口笛を吹きかけて、やめた。


「……いや、笑ってる場合じゃないな」


 四十階で見つけた時、こいつは宝物庫の前に倒れていた。


 宝箱は開いていた。中身は空。床には焼け焦げた跡と、折れた毒針。罠の解除に失敗したのだろう。


 レベル二十一で四十階。


 普通なら無茶というより自殺だ。


 放っておけば死ぬ。


 背負って帰れば、俺も危ない。


 救助隊を呼べば間に合わない。


 表の医者に連れていけば、なぜそんな低レベルの探索者が四十階にいたのか、面倒な事情聴取が始まる。


 裏の医者に持ち込めば、治療費で俺の財布が死ぬ。


 だから俺は、裏町の情報屋から買った胡散臭い裏技を使った。


 あるアビリティを三つ組み合わせ、アイテムザックの空きを一枠だけ残し、最後に入れたアイテムと地面のものを交換する。


 すると、本来アイテム属性を持たないものでも、一時的に格納できる。


 情報屋の親父は、十回話せば九回は嘘を吐くような男だった。喋るたびに酒と脂と古い干し肉の臭いがして、笑うと黄色い歯の隙間から笛みたいな音が鳴る。


 だが、今回だけは本物だった。


「世の中、何が役に立つか分からんね」


 俺は少女を寝台に移した。


 血止め薬と創傷膏で応急処置はしたが、傷は深い。毒は抜けかけている。けれど、血が足りない。魔力も底をついている。


 俺は水桶で手を洗い、棚から古い銀輪を取り出した。


 魔術師が杖を使うように、神官が聖印を掲げるように、俺にはこの銀輪がいる。


 壊れたものを繋ぎ、離れたものを寄せ、ほどけたものを結び直すための道具だ。


 万能ではない。


 死者は戻せない。失われたものは作れない。できるのは、まだ繋がっている命を、ほどける前に結び直すことだけ。


 しかも、使えば体の芯が冷える。


 それでも、目の前で死にかけているやつを見捨てるよりは、よほどましだった。


 俺は少女の傷に手をかざした。


「繋げ、生命の円鎖」


 銀輪が淡く光った。


 切れた肉が寄る。血管が繋がる。乱れた呼吸が、少しずつ整っていく。


 少女が小さく呻いた。


「う……」


「はいはい、生きてる生きてる。上出来上出来」


 傷が塞がったのを確認して、俺は毛布をかけた。


 そのまま床に座り込む。


 指先が冷たい。


 息を吐くと、部屋の中だというのに白く曇った。


「赤字ではない。赤字ではないんだけどなあ」


 五十階到達は逃した。


 魔術書は使えない。


 倉庫は満杯。


 そのうえ、拾った乙女の治療で、こっちの命まで少し冷えた。


 俺はザックの管理札を確認した。


 アイテムザックに入ったものは、管理札に勝手に名が出る。


 誰が決めているのかは知らない。古い冒険者は「神様の目録」と呼ぶし、若い連中はただ「システム」と呼ぶ。


 俺は後者だ。


 神様にしては、たまに性格が悪すぎる。


 管理札に魔力を流すと、淡い文字が浮かび上がった。


 アムリタの実×5。


 幽玄石×4。


 薬草×7。


 大地鳴動の魔術書×1。


 炎熱光波の魔術書×1。


 そして最後に、見慣れない項目。


 イタイケナ乙女×1。


「……システム、おまえ意外と口悪いな」


 俺がそう呟いた時、寝台の上で少女のまぶたが震えた。


「……ん」


 銀色の睫毛が上がる。


 青い目が天井を見た。次に壁を見た。最後に俺を見た。


 数秒、沈黙。


 少女は跳ね起きようとして、脇腹を押さえた。


「いっ……!」


「はい動かない。怪我人は怪我人らしく寝てなさい」


「ここはどこですか。あなたは誰ですか。私はどうして――」


「以後の質問を禁ずる」


「禁じないでください!」


 元気そうで何よりだった。


 俺は椅子を引き寄せ、寝台の横に座った。


「俺はカイル。冒険者。君はダンジョンで倒れていた。俺が拾った。治した。以上」


「拾った?」


「うん」


「助けた、ではなく?」


「広義では助けた」


「狭義では?」


「拾った」


 少女は露骨に警戒した顔になった。


「……私を、どうやってここまで?」


「ザックに入れて」


「ザック」


「アイテムザック」


 少女は自分の体を見下ろし、次に部屋の隅に置かれた黒革のザックを見た。


 そして、ゆっくりと俺を見た。


「私、アイテム扱いになっていたんですか?」


「正確には、一時的な格納状態だね」


「同じです!」


「いや、厳密には違う。アイテム属性が付いたわけじゃなくて、ザック側の収納判定を一時的に誤認させる技で――」


「説明が犯罪者のそれです!」


「ひどいな。命の恩人に」


「命の恩人が相手を所持品にしますか!」


「したから助かったんだよ?」


 少女は言い返そうとして、言葉に詰まった。


 勝った。


 そう思った瞬間、枕が飛んできた。


「痛っ」


「最低です!」


「元気だなあ。もう一回治療いる?」


「いりません!」


 少女は毛布をぎゅっと掴み、深呼吸した。


「……リィナ・アルフェルトです。探索者です」


「リィナね。了解」


「それで、さっきのは何ですか」


「さっきの?」


「イタイケナなんとか」


「ああ」


 俺は管理札をひらひら振った。


「俺が付けたんじゃない。システムが勝手にそう表示した」


「神様の目録が!?」


「神様かどうかは知らんけど、性格は悪い」


「失礼すぎます!」


「まあ、リィナ×1に変えられるかは試してみるよ」


「当然です!」


 リィナが怒鳴った拍子に、寝台の脇に置いた彼女の荷物から、一枚の紙が滑り落ちた。


 俺は拾い上げる。


 治療院の請求書だった。


 患者名、ミア・アルフェルト。


 病名、魔力欠乏症。


 今週分の薬代と部屋代。支払期限は、今日。


 リィナの顔色が変わった。


「見ないでください!」


 彼女は手を伸ばしたが、体がまだついてこない。俺は紙を返しながら、何も言わなかった。


 こういう時、事情を聞かない方が、だいたい事情は分かる。


「妹?」


「……あなたには関係ありません」


「まあ、あるんだよな」


「ありません」


「君が俺のザックに戻る以上」


「戻る?」


 リィナが眉をひそめた。


 俺もまだ、そこは確認していなかった。


「ちょっと実験しようか」


「嫌な予感しかしません」


「大丈夫。死にはしない。たぶん」


「たぶん?」


 リィナは警戒しながらも、寝台から足を下ろした。


 壁に手をつき、ゆっくり立つ。


 そして、部屋の扉へ向かった。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 扉の取っ手に手をかけた瞬間。


 ぽふん。


 軽い音がした。


 リィナの姿が消えた。


 部屋には沈黙が落ちた。


 俺はゆっくりとザックを開いた。


 中から、ものすごく怒った顔のリィナがこちらを見上げていた。


「……何ですか、これは」


「自動回収機能かな」


「かな、じゃありません!」


「便利だね」


「便利じゃありません!」


 俺はリィナをもう一度取り出した。


 リィナは震える指で俺を指した。


「解除方法は?」


「知らない」


「知らない!?」


「裏技なんだから説明書なんかないよ。情報屋の親父も、『戻し方? 戻す前に売れ』って言ってたし」


「売るつもりだったんですか!?」


「売るわけないだろ。さすがに人身売買は俺の趣味じゃない」


「さすがに、の位置が怖いです」


 その時だった。


 扉が乱暴に叩かれた。


「おい、開けろ」


 低い男の声。


 リィナの肩がびくりと震えた。


 俺は彼女を見た。


「知り合い?」


「……治療院の集金人です」


「集金人にしては物騒な声だな」


「支払いが遅れると、保証人を連れていかれます」


「なるほど。分かりやすく悪い連中だ」


 また扉が叩かれた。


「リィナ・アルフェルトを匿っているだろう。出せ。期限は今日だ」


 リィナは唇を噛んだ。


「私が行きます」


「三歩で戻るけど」


「……本当に腹が立ちますね」


「よく言われる」


 俺はザックを軽く蹴って、寝台の下に押し込んだ。


「そこで黙ってて」


「私は荷物ではありません」


「今だけ荷物のふり」


 リィナが何か言い返す前に、俺は扉を開けた。


 廊下に立っていたのは、黒い上着を着た男が二人。


 治療院の職員というより、取り立て屋だ。腕が太い。腰に短剣。靴は汚れていない。つまり、自分でダンジョンには潜らず、潜る者から金を絞る連中。


「何の用?」


「リィナ・アルフェルトを探している」


「知らないね」


「この宿に入ったのを見た者がいる」


「宿には大勢入る」


 男の一人が、俺の後ろを覗き込もうとした。


 俺は扉の縁に手を置き、視線を塞いだ。


「捜索許可証は?」


「借金の証文ならある」


「じゃあ帰れ。ここは俺の部屋だ」


 男の目が細くなった。


「お前、深層潜りのカイルだな」


「有名人はつらいね」


「なら金はあるだろう。あの娘の分、払うか?」


「払う理由がない」


「匿う理由はあるのか?」


 男が一歩踏み込んだ。


 その瞬間、寝台の下から、かすかに布の擦れる音がした。


 男の視線が動く。


 まずい。


 そう思った時、ぽふん、と小さな音がした。


 寝台の下にあった気配が消える。


 自動回収。


 リィナはザックの中に戻ったらしい。


 俺は思わず笑いそうになった。


「今の音は何だ」


「俺の荷物が鳴いた」


「荷物が鳴くか」


「いい荷物は鳴くんだよ」


 男は舌打ちし、俺の胸ぐらを掴もうとした。


 俺はその手首に銀輪を当てた。


「繋げるのは得意だけどさ」


 銀輪が淡く光る。


 男の袖口と扉の蝶番が、一瞬だけぴたりと繋がった。


「絡めるのも、まあ得意なんだ」


「なっ――」


 男は腕を引いたが、袖が扉に固定されて動かない。


 もう一人が短剣に手をかけた。


 俺は笑った。


「やめとけ。ここで抜いたら、宿の主人が衛兵を呼ぶ。衛兵が来たら、治療院の裏帳簿まで話が広がる。困るのはどっちかな」


 男たちは顔を見合わせた。


 やがて、袖を固定された男が低く言った。


「期限は明日の朝までだ」


「親切だな」


「払えなければ、妹の部屋を空ける」


 その言葉だけは、少し笑えなかった。


 俺は男の袖を解き、扉を閉めた。


 廊下の足音が遠ざかる。


 部屋に静けさが戻った。


 俺はザックを開けた。


 中のリィナは、怒っていなかった。


 ただ、青ざめていた。


「……聞こえましたか」


「だいたい」


「妹は、ミアといいます。魔力の器が弱くて、薬がないと眠ることもできません」


「今日までの支払いが必要」


「はい」


「だから四十階まで潜った」


「はい」


 リィナは拳を握った。


「馬鹿なことをしたのは分かっています。でも、浅い階層では足りなかった。中級宝箱なら、当たりを引けば一月分にはなると思って……」


「外れたね」


「外れました」


 正直でよろしい。


 俺は机の上の魔術書二冊を見た。


 大地鳴動。


 炎熱光波。


 使えない本だが、売れば高い。


「この二冊、ちゃんとした店に持ち込めば二十万は超える」


 リィナが顔を上げた。


「それは、あなたの戦利品です」


「君も戦利品だしなあ」


「言い方」


「貸しだよ、貸し。治療費、救助費、魔力消費費、あと精神的苦痛費」


「精神的苦痛は私が請求する側です」


「じゃあ相殺で」


「勝手に!」


 いつもの調子が少し戻った。


 それでいい。


「しばらく組もう」


「……はい?」


「俺が深層に潜る。君は宝箱を見る。報酬は折半。ただし君の分から、貸付金を天引きする」


「私、罠解除アビリティは持っていません」


「でも見立てはできるだろ。罠の種類と箱の等級くらいは」


「鑑定だけなら、少し」


「十分。俺は罠を壊すのは得意だが、箱の当たり外れを見るのは苦手だ。君は箱を見られる。俺は君を死なせずに連れて帰れる。利害一致」


「組むとは言っていません」


「じゃあどうする?」


「妹のところへ行きます」


「三歩で戻るけど」


「……あなた、本当に腹が立ちますね」


「よく言われる」


 リィナは悔しそうに唇を噛んだ。


 だが、目は逸らさなかった。


「なら、今はあなたを利用します」


「いいね。俺も君を利用する」


「対等な契約です」


「もちろん。俺が所持者で、君がアイテム」


「対等とは」


 リィナは深く息を吐いた。


「でも、条件があります」


「どうぞ」


「私はアイテムではありません」


「はい」


「はいは一回」


「はい」


「システムが何と言おうと、私はリィナ・アルフェルトです」


「了解」


 俺は管理札を取り出した。


 魔力を流し、収納リストを表示する。


 イタイケナ乙女×1。


 その文字に指を当て、名を上書きする。


 リィナ・アルフェルト。


 文字が一度だけ揺らいだ。


 そして、新しい項目が浮かび上がる。


 リィナ・アルフェルト×1。


 直後、頼んでもいない注釈が勝手に追加された。


 状態:契約中。逃走不可。よく怒る。


 備考:たぶん、拾ってよかった。


 数秒の沈黙。


 リィナが震える声で言った。


「……カイルさん」


「何かな」


「これは、あなたが?」


「前半はシステム」


「後半は?」


「……たぶん、俺の魔力を読まれた」


「読まれないでください!」


 リィナは顔を赤くして怒鳴った。


 俺は管理札を閉じながら、少しだけ笑った。


 本日の戦利品。


 アムリタの実、幽玄石、薬草、魔術書二冊。


 それから、やたら怒りっぽくて、妙に真面目で、放っておくとすぐ死にそうな乙女がひとり。


 五十階には届かなかった。


 だが、四十階で拾ったものは、今日のどの宝箱より厄介で――たぶん、一番値打ちがあった。


お読みいただきありがとうございました。

創作の励みになりますので、感想・評価、よろしくお願いいたします。


「本日の戦利品を確認したら、乙女が一人入っていた」という出オチから始まった話です。

主人公カイルはだいぶ口が悪く、倫理観も少し怪しい男ですが、最低限のところでは人を見捨てられないタイプです。たぶん。


リィナの方も、今回は完全に巻き込まれ役でしたが、今後は宝箱鑑定役としてカイルを振り回してくれる……かもしれません。


短編としてはここで一区切りですが、

「自動回収される拾いものヒロイン」

「性格の悪いシステム」

「深層冒険者と借金持ち探索者の契約コンビ」

あたりは、もう少し続けても楽しそうだなと思っています。


少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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