第34話 ケーキと約束
「本気で言ってる?」
わたしは蒼くんの胸元で頷く。ネクタイが頬に当たっている。
「やる?」
わたしはもう一度頷く。美咲には負けないんだから。
「俺ももっとゆりちゃんとエッチなことしたいんやけど、ごめん。今日はちょっと疲れててさ……」
と、蒼くんが言うと寝息をたてはじめた。わたしが顔をあげると眼鏡を外した、無防備な蒼くんの顔があった。そりゃそうだよな、蒼くん、練習に作曲に学校、バイトに勉強に。忙しいんだから、わたしばっかりわがまま言ったらだめだ。焦りすぎだし、わたし。
わたしはだけど、感情がとまらなくて蒼くんの胸元で涙を流した。好き同士、付き合っても、複雑だ。こんなに幸せなのにそれと同時に不安で仕方ない。
窓の外が暗くなり始めたのに、蒼くんはまだ眠っていた。かわいい。下で物音がする。だれか帰ってきたのだろうか。
「あおー? いるのー?」
わたしは慌てて、蒼くんを起こす。
「あ、ごめんごめん」
蒼くんがわたしから離れる。ドアが開く。
「寝てた?」
「ああ、何時?」
「あ、彼女? 初めましてー蒼の母です。はは。もう五時前」
「やば、送るわ」
と言いながらも、蒼くんはまだまだ眠そうだ。
「おじゃましてます。大川悠莉です」
「悠莉ちゃんね、ケーキ食べたの?」
「ああ、忘れてた」
「昨日蒼、ケーキ作ってたんだよね。夜中に。ほんとあほよ」
「もう遅いし送るよ」
「食べたい、ケーキ。食べてから帰る」
「あら? じゃあ切ってきてあげるから待っててー」
お母さんは降りて行った。蒼くんに抱きしめられる。
「ごめん、爆睡してた。まじでごめん」
「大丈夫だよ」
「曲のこと考えてたらさ、なんかあんまり眠れなくってさ。でもゆりちゃん抱きしめてたら、爆睡できたわ。ありがとう」
「よかったー」
「そういえば、さっきのことなんやけど。俺、ゆりちゃんはめちゃくちゃ大切で。だからなんていうかなーそりゃエッチしたいんやけど、もちろん。だけど、俺的にはきちんと仕事も軌道にのって、その……えっと……」
「うん」
「重いと思うけど、きちんと……なんていうか、ゆりちゃんをお嫁さんに迎れる準備ができてからがいいなって。俺重いな」
「ううん、嬉しい」
わたしなんかでいいの?
「わからんけど、音楽もまだまだやし、大学もあるし、その辺が軌道にのってからがいいなって。ごめんな。でも気持ちよくはさせてあげたい」
「ありがとう」
こんなにも真剣に考えてくれているんだ。だけど、口約束。でもまあ、破られたら破られた時だ、と思って、わたしは微笑んだ。
1階で3人でケーキを食べた。蒼くんは小学校高学年頃から料理を始めて、ごはんをたまに作るらしい。
わたしは美咲にはなれないけど、わたしにも美咲はなれない。蒼くんはわたしを選んでくれたんだ。




