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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

嫉妬をさせるのは、君のほう。

掲載日:2026/08/08

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第36弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「喜んで欲しいのは、君のほう。」の後の話です。


 朝の光はまだ薄く、厚いカーテン越しにやわらかく滲んでいるだけだった。


 静か。とっても、静かだ。


 新しい寝室は、外の通りの音がほとんど入ってこない。


 あまりの寝心地の良さに、オルガは布団にくるまって眠っていた。


 羽毛の軽い寝具の中、体はほとんどノインに抱き着くように寄り添っている。

 いつもの癖で、腕を回して抱き枕状態にしていた。


 あぁ……起きたくない……。ずーっと寝てたい……。


「……オルガ」


 んん……?


 再び意識が眠りに戻る。


 優しい呼び声。落ち着く……。ぎゅっと抱きついた。


「抱いていいですか」


 だく……? だきしめる……?


 ほんの少し眉が動いて「……ん」と息のようなそれを洩らす。


「本当に? 大丈夫ですか」


 大丈夫だって……ノインなら、なんでも……だいじょう、ぶ……。


 こくんと小さく頷く。


「……いいんですね」


 だいじょうぶだ……よ……。


 布団が静かに揺れる。


 やさしく、頬を撫でられる。


「無防備で困るんですけど……。かわいい……。はぁ……」


 ………………………………。


 …………ゆっくりと、規則的にベッドが揺れる。


(……あれぇ)


 ぼんやりしたまま、不思議になった。


(なんか……)


 なんか。


(揺れてる……)


 体が揺れてて、誰かの腕が背中に回ってる。


 息、近い。


 唇が触れる。


 深く、ゆっくり。


 んん???


 息が少し乱れる。


 なんか、変……。


 声、が…………。


 また口づけられる。さっきより、深いそれの合間に聞こえる。


「好き」


 ベッドは変わらず静かに揺れ続ける。


「好きです」


 熱っぽいものを帯びた、ノインの声。


 オルガの体が揺れるたびに、腕に力が入る。


「大好き」


 ……まぁた、好き好き言い過ぎだって……。


 しばらく揺られていたけど……瞬きを、繰り返す。


 意識が浮上してきた。


 揺れ。息。そして……体の距離。


(…………? ん?)


 ん?


 んん!?


(こ、れ……)


 これ。


 ぱちっ、と大きく瞬きをしてから意識が完全に覚醒した。


「……え」


 えっ。


「えええええええっ!?」


 ノインの顔がすぐ近くにある。


 どこか嬉しそうな、かお。


「起きましたか」

「へえっ!? お、起き、んっ、えっ!?」


 顔が一瞬で赤くなる。


「な、なにしてるの!?」


 いや、されてることはわかるけど。わかる、けどね!?


「きちんと許可はとりましたよ」

「ふぁっ!?」


 たしかに……ぼんやりしたまま、いいよって……頷いた、ような?


「声」

「ん?」

「ちゃんと出ていて、安心しました」


 こえ。


(声???)


「この部屋なら、いくらでも声を出してくれていいので。我慢する必要はないです」

「そっ……」


 声が、体の動きに連動するように、出た。


 いつもの、吐息のようなそれではなく。


 自分の声。馴染みのない……どこか甘ったるい、声。


(ひ、ひええええええええええ!)


 ベッドは、まだ静かに揺れている。


 恥ずかしい、けど。


 オルガは片手を伸ばし、手を握って指を絡めた。


「きょ、今日だけね? こ、今度からしちゃダメだよ」

「はい。寝惚けてる君に許可を取るのは、今回だけです」


 大好き、と言ってくると、ノインが深く唇を合わせてきた。


***


(ううう、朝っぱらから……! で、でもでも、昨日は疲れてそのまま寝ちゃったから、そのぶんをしたってことで……)


 寝起きの悪い自分ではあるけど、それでも半分は覚醒していた。


 だからその、ノインは。


(悪くない……し)


 毎日しますよって言ったことを、実行しただけ……なんだろうし。


(変な声いっぱい出てた気がする……! うわああああ、恥ずかしい……!)


 壁が薄いから聞かれるのやだ、と言っていたけど。


 もうそれはない。あ、あれ。


(音漏れ……?)


 やたらノインが気にしていたの、は。


「ちょっ、あっ、あああ!」


 合点がいって、オルガは声を張り上げる。


 向かい側で遅めの朝食を一緒に食べていたノインが、目を丸くしていた。


「どうかしましたか? 体が痛い?」

「いや、痛くはないけど……」


 そう、痛くはない。


「ちょっと変」

「変!?」


 驚くノインは考え込む。


「前の時より体の負担が減ると思ったんですけど」


 ベッドのこと言ってるのかな……?


(うーん。意外と、楽だとは思ったけど)


「……なんか下半身がちょっと疲れてる……かな」


 あ、落ち込んじゃった……。


「えっと」


 うーん。


「たぶん原因はベッドじゃないと、思う……。前より全然疲れないもん」


 そ、それから。


「あ、朝の寝惚けてる時にやるのは、一旦禁止!」

「わかりました。……あの状態で声が出るとわかりましたし……出ないわけではないとわかっただけでも良かったです」

「…………」


 なんか……やっぱり早まったかも。



 昼食前。


 できるだけ片づけておこうと、食器棚に持ってきた荷物を置いていく中、水色のカップを手にして動きを止めてしまった。


「…………」


 私の。


「ふ……へへ」


 かわいい。


 でも大事だから奥のほうへ置いて……。


「奥にしまうのはダメですよ」

「うぐ」


 背後を肩越しに振り向くと、ノインが目を細めていた。


「ちゃんと使ってください」

「えぇ……」


 もったいない……。


 はぁ、とノインが小さく息を吐いた。


「あげた蜂蜜を飲むのに、使ってください」


 にっこり微笑まれ、断れない空気になってしまった……。


 鍋と包丁、皿を用意してから台所の作業台に立ち、「ん?」とオルガは気づく。


 そういえば。


 前に来た時は若干高かったと思ったのに。


「あれ……? ちょうどいい……」


 なんで?


 不思議になっていると、暖炉前にラグを置いているノインがこちらを見た。


「高さ、ぴったりみたいですね」

「? ……なにしたの?」

「削りました」


 ハッとして作業台の脚部分に視線を遣る。


(…………)


 嬉しいことばっかりで……困るなぁ。


(…………なんでも叶えるって言ったあれ、撤回はやめよう)



 洗濯物を干し終えてから「はー」と大きく息を吐く。

 裏庭の向こうが空き地になっているせいか、のびのびできる。


 空き地というか、放置されている土地だと思う。木箱や木材が置かれているのが見える。

 裏口から歩いて五歩から七歩ほどのところに井戸があるので、洗濯物はここで全部できる。


 前は家にある(かめ)の水を使って、桶でせっせと洗っていたのに……。

 これからはここで洗濯もできるし、野菜洗いもできる!


(便利……!)


 じーんと、感動していた時、ふすっ、と妙な音がして動きを止めた。


「ん?」


 視線を動かしてから……「ほわあ!」と仰け反った。


 木造の厩舎の扉が少し開き、中から大きな顔が覗いている。


「……あ」


 馬はじっとこちらを見ている。


 あの、引っ越しの日に荷物を運んでくれた馬だ。


「???」


 なんでまだあそこにいるの?


 いや、昨日の今日だから?


 そっと近づく。やっぱり……でっかい。


 馬はしばらくオルガを見ていたが、ゆっくり首を伸ばした。

 鼻先が、肩に触れる。


「ひっ!?」


 体を固くしてしまう。


 馬は気にした様子もなく、そのままぐいっと頭を押し付けてきた。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 重い。

 かなり重い!


「な、なに……」


 押されて一歩下がる。


 馬はなぜか満足そうに、ふすっ、と息をついた。


 ノインが裏口の扉を開いて出てきて、状況に気づいて一瞬止まる。


「ノイン!」


 動けない。


 肩に馬の頭が乗ったままなんだけど!


「た、助けて! これ重い!」

「…………」


 軽く目を開くと、すぐさま来てくれた。


 馬の首を軽く叩く。


「グラナード」


 呼び声に、馬はゆっくり頭を上げる。


 やっと解放されて肩を押さえると、大きく息を吐いた。


「び、びっくりしたぁ……」

「気に入られたみたいですね」

「え?」

「この馬、好きな相手にしか寄らないので」

「えぇ……」


 馬はまだこちらを見ていた。耳が少し前を向いている。


「や、やめて、こっち見ないで……」

「かわいい……」


 かわいいとか言ってる場合じゃないんだけど!


 オルガはノインの背後に隠れて様子をうかがう。


「おっきい……」

「まあ、元軍馬ですし」


 ノインは馬に鞍をつけている。あ、もしかして。


「馬を返してくるの?」

「返す?」

「? 騎士団から借りてきたんじゃないの?」


 ノインはきょとんとした。


「……いえ? この馬は、この家のものですよ」

「え?」


 どういうこと???


「家を買うときに、馬ごと買い取りました」


 ……うまごと、いえを…………買った?


(嘘でしょ……?)


 確かに馬がついてて厩舎も含まれるなら……金貨百枚は絶対にかかる!


「ここからだと詰所が遠いので、馬で通勤します」

「…………」

「買い物も、一緒に馬で行きましょう」


 うまに。


(乗る???)


 ノインが微笑んでくる。


「俺が後ろから支えますから、落ちることはありません」

「……ほんと?」

「はい」


 ……それなら。


 こわいけど。


 ノインの服をぎゅっと掴む。


 おずおずと馬を見て、身を乗り出した。

 馬は大人しくこちらを見ているだけだ。


 そっと手を伸ばすと、撫でさせてくれた。


「わあ……!」


 グラナードと呼ばれた馬が、鼻をオルガの肩に寄せてくる。


「わっ、くすぐったい」

「…………」


 眺めていたノインが、ふっと息をつく。


 どうしたんだろう?


「? どうしたの?」


 じっと見つめられる。


「今晩のぶん、使っていいですか?」

「??? 今晩?」


 軽く手を引かれて、ノインのほうへと進む。


 屈んできて、こっちの顎を持ち上げてきて。


 唇が、優しく重なる。


 そのままぐっ、と深くなった。


「んっ……!?」


 ???


 身を軽く離されて、オルガは息を吐き出す。


「な、なに……!?」

「せっかくの休日なのに」

「?」

「馬の相手ばかりするんですか?」

「えっ!?」

「俺にも構ってください」

「…………」


 な、ななな……!


 顔に熱が集まった。


「か、かか、構ってって、な、なにを!?」


 微笑むノインが視線を動かす。


 不思議になりながら視線を追った。

 二階の、風に揺れるカーテンのある部屋…………寝室。


「あそこに行きませんか?」

「ま、まだ昼間だって!

 ちょ、ノイン!」

「昼間でも構いません」

「構うよ!?」


 ノインはじっと見つめてくる。


「俺のお願い、聞いてくれないんですか?」


 うっ。


 今月は、色んなことを試させてください。


 それに対して、承諾した……けど。


「ダメですか?」

「だ、ダメ……ではない、けど……」


 嫌かどうかなんて、一度は試さないとわからないことが多い。


 手を、ゆっくりと持ち上げられて握られる。

 絡む指に、オルガは頬を赤らめた。


「か、買い物は?」

「後で行きます」


 指に力がこめられる。


「早く……終わらせるようにしますから」

「なにを!?」

「でも……君をもっと、大事に……かわいがりたいんです。手は抜きません」


 なにが???


 裏口へと、ノインが歩き出す。ああ、えぇ……?


***


「ほんとに乗るの……?」

「はい」

「歩けばいいじゃない!」

「荷物を運ぶために馬が必要です」

「うっ」


 それは……。


(確かに馬を使えば、もっとたくさん買い溜めはできる……けど)


 ノインが手を差し出してくる。


「足をここに」

「え、え、待って」

「大丈夫ですよ」


 大丈夫じゃないよ!


 持ち上げられて、馬の背に座らされる。


 ひ。


(ひええええええええ!)


 高い!


「怖い怖い怖い!」


 恐怖に声を上げると、馬がぴたっと制止した。その隙にノインがひらりと乗った。


「ノインン……」


 震える声で固まっていると、背後からノインが支えてくる。


「賢い馬なので大丈夫ですよ。ゆっくり歩かせますから」


 地面が遠い!


 ノインの両腕が自然に前へ回り、オルガの体を囲む。両側に伸びる形の腕は、手綱をしっかりと握っている。


「………………」


 怖すぎて青ざめて硬直していると、馬がゆっくりと歩き出した。


「ひ、え」


 仰け反ると背後のノインの胸にぶつかった。


 裏庭から続く小さな横道を通って通りに出るのはいいけど、かなりゆっくりと進んでくれてはいる、けど。


「揺れる揺れる!」

「ゆっくり進んでますから」

「うううう」


 一歩ずつ進むたびに、鞍がふわりと揺れて「ひえぇ!」と声を上げた。


 反射的に後ろへ身体を寄せると、ノインの腕の中におさまる形になる。


「……ラッキー」


 ん?


 怖くて小さく震えているのに、なんか変な言葉が聞こえたような。


 そっと背後を見ると、ノインが「大丈夫ですから」と微笑んでくる。


(? 空耳?)


 のろのろと歩かせているのか、オルガは次第に落ち着いてくる。


「あ、あのねノイン」

「なんですか?」

「衣装箱とね、冬服用の布も買いに行きたいんだけど……」

「……そういえば、衣装箱を買うのを忘れてましたね」

「うん。ちゃんとあったほうがいいと思うんだよね。

 また衣装箱にするのがいいよね」

「……チェストにすればいいじゃないですか?」


 ……え?


「チェ……!? ま、また大きな家具買うの!?」

「そんなに高いのは買いませんよ。

 四段くらいの腰くらいのものならどうですか?」


 そ、それなら……。


「借家の時みたいな、蓋付きのでもいいんだけど」

「……冬服の布って、そういえば君は持ってなかったですね」

「うん。だから、ノインのと一緒に作ろうと思って」


 ノインが動きを止める。


「俺のも……?」

「うん。当然でしょ?」


 背後で「俺の……」とノインが反芻している。


「もう一回採寸させてね。多めに布買いたいんだけど、大丈夫かなぁ」


 食材を買って、チェストを買って……布まで。


 脳内でチャリンチャリンと残金が減っていく音がする。


 背後のノインが耳元で囁く。


「なんでも買ってあげますから、遠慮しないでくださいね」

「……またそういうこと言う……」


 あ。


 オルガは言った。


「ちゃんと着てよ? いくらでも作るから、大事にしまわないでね」

「……ぐっ、は、はい……」


 先に釘を刺しておいて正解だった。


 馬は慣れるとは思えないけど……。


(新生活、楽しい……かも)


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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