嫉妬をさせるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第36弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「喜んで欲しいのは、君のほう。」の後の話です。
朝の光はまだ薄く、厚いカーテン越しにやわらかく滲んでいるだけだった。
静か。とっても、静かだ。
新しい寝室は、外の通りの音がほとんど入ってこない。
あまりの寝心地の良さに、オルガは布団にくるまって眠っていた。
羽毛の軽い寝具の中、体はほとんどノインに抱き着くように寄り添っている。
いつもの癖で、腕を回して抱き枕状態にしていた。
あぁ……起きたくない……。ずーっと寝てたい……。
「……オルガ」
んん……?
再び意識が眠りに戻る。
優しい呼び声。落ち着く……。ぎゅっと抱きついた。
「抱いていいですか」
だく……? だきしめる……?
ほんの少し眉が動いて「……ん」と息のようなそれを洩らす。
「本当に? 大丈夫ですか」
大丈夫だって……ノインなら、なんでも……だいじょう、ぶ……。
こくんと小さく頷く。
「……いいんですね」
だいじょうぶだ……よ……。
布団が静かに揺れる。
やさしく、頬を撫でられる。
「無防備で困るんですけど……。かわいい……。はぁ……」
………………………………。
…………ゆっくりと、規則的にベッドが揺れる。
(……あれぇ)
ぼんやりしたまま、不思議になった。
(なんか……)
なんか。
(揺れてる……)
体が揺れてて、誰かの腕が背中に回ってる。
息、近い。
唇が触れる。
深く、ゆっくり。
んん???
息が少し乱れる。
なんか、変……。
声、が…………。
また口づけられる。さっきより、深いそれの合間に聞こえる。
「好き」
ベッドは変わらず静かに揺れ続ける。
「好きです」
熱っぽいものを帯びた、ノインの声。
オルガの体が揺れるたびに、腕に力が入る。
「大好き」
……まぁた、好き好き言い過ぎだって……。
しばらく揺られていたけど……瞬きを、繰り返す。
意識が浮上してきた。
揺れ。息。そして……体の距離。
(…………? ん?)
ん?
んん!?
(こ、れ……)
これ。
ぱちっ、と大きく瞬きをしてから意識が完全に覚醒した。
「……え」
えっ。
「えええええええっ!?」
ノインの顔がすぐ近くにある。
どこか嬉しそうな、かお。
「起きましたか」
「へえっ!? お、起き、んっ、えっ!?」
顔が一瞬で赤くなる。
「な、なにしてるの!?」
いや、されてることはわかるけど。わかる、けどね!?
「きちんと許可はとりましたよ」
「ふぁっ!?」
たしかに……ぼんやりしたまま、いいよって……頷いた、ような?
「声」
「ん?」
「ちゃんと出ていて、安心しました」
こえ。
(声???)
「この部屋なら、いくらでも声を出してくれていいので。我慢する必要はないです」
「そっ……」
声が、体の動きに連動するように、出た。
いつもの、吐息のようなそれではなく。
自分の声。馴染みのない……どこか甘ったるい、声。
(ひ、ひええええええええええ!)
ベッドは、まだ静かに揺れている。
恥ずかしい、けど。
オルガは片手を伸ばし、手を握って指を絡めた。
「きょ、今日だけね? こ、今度からしちゃダメだよ」
「はい。寝惚けてる君に許可を取るのは、今回だけです」
大好き、と言ってくると、ノインが深く唇を合わせてきた。
***
(ううう、朝っぱらから……! で、でもでも、昨日は疲れてそのまま寝ちゃったから、そのぶんをしたってことで……)
寝起きの悪い自分ではあるけど、それでも半分は覚醒していた。
だからその、ノインは。
(悪くない……し)
毎日しますよって言ったことを、実行しただけ……なんだろうし。
(変な声いっぱい出てた気がする……! うわああああ、恥ずかしい……!)
壁が薄いから聞かれるのやだ、と言っていたけど。
もうそれはない。あ、あれ。
(音漏れ……?)
やたらノインが気にしていたの、は。
「ちょっ、あっ、あああ!」
合点がいって、オルガは声を張り上げる。
向かい側で遅めの朝食を一緒に食べていたノインが、目を丸くしていた。
「どうかしましたか? 体が痛い?」
「いや、痛くはないけど……」
そう、痛くはない。
「ちょっと変」
「変!?」
驚くノインは考え込む。
「前の時より体の負担が減ると思ったんですけど」
ベッドのこと言ってるのかな……?
(うーん。意外と、楽だとは思ったけど)
「……なんか下半身がちょっと疲れてる……かな」
あ、落ち込んじゃった……。
「えっと」
うーん。
「たぶん原因はベッドじゃないと、思う……。前より全然疲れないもん」
そ、それから。
「あ、朝の寝惚けてる時にやるのは、一旦禁止!」
「わかりました。……あの状態で声が出るとわかりましたし……出ないわけではないとわかっただけでも良かったです」
「…………」
なんか……やっぱり早まったかも。
*
昼食前。
できるだけ片づけておこうと、食器棚に持ってきた荷物を置いていく中、水色のカップを手にして動きを止めてしまった。
「…………」
私の。
「ふ……へへ」
かわいい。
でも大事だから奥のほうへ置いて……。
「奥にしまうのはダメですよ」
「うぐ」
背後を肩越しに振り向くと、ノインが目を細めていた。
「ちゃんと使ってください」
「えぇ……」
もったいない……。
はぁ、とノインが小さく息を吐いた。
「あげた蜂蜜を飲むのに、使ってください」
にっこり微笑まれ、断れない空気になってしまった……。
鍋と包丁、皿を用意してから台所の作業台に立ち、「ん?」とオルガは気づく。
そういえば。
前に来た時は若干高かったと思ったのに。
「あれ……? ちょうどいい……」
なんで?
不思議になっていると、暖炉前にラグを置いているノインがこちらを見た。
「高さ、ぴったりみたいですね」
「? ……なにしたの?」
「削りました」
ハッとして作業台の脚部分に視線を遣る。
(…………)
嬉しいことばっかりで……困るなぁ。
(…………なんでも叶えるって言ったあれ、撤回はやめよう)
*
洗濯物を干し終えてから「はー」と大きく息を吐く。
裏庭の向こうが空き地になっているせいか、のびのびできる。
空き地というか、放置されている土地だと思う。木箱や木材が置かれているのが見える。
裏口から歩いて五歩から七歩ほどのところに井戸があるので、洗濯物はここで全部できる。
前は家にある甕の水を使って、桶でせっせと洗っていたのに……。
これからはここで洗濯もできるし、野菜洗いもできる!
(便利……!)
じーんと、感動していた時、ふすっ、と妙な音がして動きを止めた。
「ん?」
視線を動かしてから……「ほわあ!」と仰け反った。
木造の厩舎の扉が少し開き、中から大きな顔が覗いている。
「……あ」
馬はじっとこちらを見ている。
あの、引っ越しの日に荷物を運んでくれた馬だ。
「???」
なんでまだあそこにいるの?
いや、昨日の今日だから?
そっと近づく。やっぱり……でっかい。
馬はしばらくオルガを見ていたが、ゆっくり首を伸ばした。
鼻先が、肩に触れる。
「ひっ!?」
体を固くしてしまう。
馬は気にした様子もなく、そのままぐいっと頭を押し付けてきた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
重い。
かなり重い!
「な、なに……」
押されて一歩下がる。
馬はなぜか満足そうに、ふすっ、と息をついた。
ノインが裏口の扉を開いて出てきて、状況に気づいて一瞬止まる。
「ノイン!」
動けない。
肩に馬の頭が乗ったままなんだけど!
「た、助けて! これ重い!」
「…………」
軽く目を開くと、すぐさま来てくれた。
馬の首を軽く叩く。
「グラナード」
呼び声に、馬はゆっくり頭を上げる。
やっと解放されて肩を押さえると、大きく息を吐いた。
「び、びっくりしたぁ……」
「気に入られたみたいですね」
「え?」
「この馬、好きな相手にしか寄らないので」
「えぇ……」
馬はまだこちらを見ていた。耳が少し前を向いている。
「や、やめて、こっち見ないで……」
「かわいい……」
かわいいとか言ってる場合じゃないんだけど!
オルガはノインの背後に隠れて様子をうかがう。
「おっきい……」
「まあ、元軍馬ですし」
ノインは馬に鞍をつけている。あ、もしかして。
「馬を返してくるの?」
「返す?」
「? 騎士団から借りてきたんじゃないの?」
ノインはきょとんとした。
「……いえ? この馬は、この家のものですよ」
「え?」
どういうこと???
「家を買うときに、馬ごと買い取りました」
……うまごと、いえを…………買った?
(嘘でしょ……?)
確かに馬がついてて厩舎も含まれるなら……金貨百枚は絶対にかかる!
「ここからだと詰所が遠いので、馬で通勤します」
「…………」
「買い物も、一緒に馬で行きましょう」
うまに。
(乗る???)
ノインが微笑んでくる。
「俺が後ろから支えますから、落ちることはありません」
「……ほんと?」
「はい」
……それなら。
こわいけど。
ノインの服をぎゅっと掴む。
おずおずと馬を見て、身を乗り出した。
馬は大人しくこちらを見ているだけだ。
そっと手を伸ばすと、撫でさせてくれた。
「わあ……!」
グラナードと呼ばれた馬が、鼻をオルガの肩に寄せてくる。
「わっ、くすぐったい」
「…………」
眺めていたノインが、ふっと息をつく。
どうしたんだろう?
「? どうしたの?」
じっと見つめられる。
「今晩のぶん、使っていいですか?」
「??? 今晩?」
軽く手を引かれて、ノインのほうへと進む。
屈んできて、こっちの顎を持ち上げてきて。
唇が、優しく重なる。
そのままぐっ、と深くなった。
「んっ……!?」
???
身を軽く離されて、オルガは息を吐き出す。
「な、なに……!?」
「せっかくの休日なのに」
「?」
「馬の相手ばかりするんですか?」
「えっ!?」
「俺にも構ってください」
「…………」
な、ななな……!
顔に熱が集まった。
「か、かか、構ってって、な、なにを!?」
微笑むノインが視線を動かす。
不思議になりながら視線を追った。
二階の、風に揺れるカーテンのある部屋…………寝室。
「あそこに行きませんか?」
「ま、まだ昼間だって!
ちょ、ノイン!」
「昼間でも構いません」
「構うよ!?」
ノインはじっと見つめてくる。
「俺のお願い、聞いてくれないんですか?」
うっ。
今月は、色んなことを試させてください。
それに対して、承諾した……けど。
「ダメですか?」
「だ、ダメ……ではない、けど……」
嫌かどうかなんて、一度は試さないとわからないことが多い。
手を、ゆっくりと持ち上げられて握られる。
絡む指に、オルガは頬を赤らめた。
「か、買い物は?」
「後で行きます」
指に力がこめられる。
「早く……終わらせるようにしますから」
「なにを!?」
「でも……君をもっと、大事に……かわいがりたいんです。手は抜きません」
なにが???
裏口へと、ノインが歩き出す。ああ、えぇ……?
***
「ほんとに乗るの……?」
「はい」
「歩けばいいじゃない!」
「荷物を運ぶために馬が必要です」
「うっ」
それは……。
(確かに馬を使えば、もっとたくさん買い溜めはできる……けど)
ノインが手を差し出してくる。
「足をここに」
「え、え、待って」
「大丈夫ですよ」
大丈夫じゃないよ!
持ち上げられて、馬の背に座らされる。
ひ。
(ひええええええええ!)
高い!
「怖い怖い怖い!」
恐怖に声を上げると、馬がぴたっと制止した。その隙にノインがひらりと乗った。
「ノインン……」
震える声で固まっていると、背後からノインが支えてくる。
「賢い馬なので大丈夫ですよ。ゆっくり歩かせますから」
地面が遠い!
ノインの両腕が自然に前へ回り、オルガの体を囲む。両側に伸びる形の腕は、手綱をしっかりと握っている。
「………………」
怖すぎて青ざめて硬直していると、馬がゆっくりと歩き出した。
「ひ、え」
仰け反ると背後のノインの胸にぶつかった。
裏庭から続く小さな横道を通って通りに出るのはいいけど、かなりゆっくりと進んでくれてはいる、けど。
「揺れる揺れる!」
「ゆっくり進んでますから」
「うううう」
一歩ずつ進むたびに、鞍がふわりと揺れて「ひえぇ!」と声を上げた。
反射的に後ろへ身体を寄せると、ノインの腕の中におさまる形になる。
「……ラッキー」
ん?
怖くて小さく震えているのに、なんか変な言葉が聞こえたような。
そっと背後を見ると、ノインが「大丈夫ですから」と微笑んでくる。
(? 空耳?)
のろのろと歩かせているのか、オルガは次第に落ち着いてくる。
「あ、あのねノイン」
「なんですか?」
「衣装箱とね、冬服用の布も買いに行きたいんだけど……」
「……そういえば、衣装箱を買うのを忘れてましたね」
「うん。ちゃんとあったほうがいいと思うんだよね。
また衣装箱にするのがいいよね」
「……チェストにすればいいじゃないですか?」
……え?
「チェ……!? ま、また大きな家具買うの!?」
「そんなに高いのは買いませんよ。
四段くらいの腰くらいのものならどうですか?」
そ、それなら……。
「借家の時みたいな、蓋付きのでもいいんだけど」
「……冬服の布って、そういえば君は持ってなかったですね」
「うん。だから、ノインのと一緒に作ろうと思って」
ノインが動きを止める。
「俺のも……?」
「うん。当然でしょ?」
背後で「俺の……」とノインが反芻している。
「もう一回採寸させてね。多めに布買いたいんだけど、大丈夫かなぁ」
食材を買って、チェストを買って……布まで。
脳内でチャリンチャリンと残金が減っていく音がする。
背後のノインが耳元で囁く。
「なんでも買ってあげますから、遠慮しないでくださいね」
「……またそういうこと言う……」
あ。
オルガは言った。
「ちゃんと着てよ? いくらでも作るから、大事にしまわないでね」
「……ぐっ、は、はい……」
先に釘を刺しておいて正解だった。
馬は慣れるとは思えないけど……。
(新生活、楽しい……かも)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




