表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

形見と覚悟

 実験室の静寂の中、私は左手首の銀の腕輪を外した。

 長年肌身離さず身につけていたそれは、私の体温を吸って温かい。


「ギデオン様……この腕輪を使ってください」


 私が差し出した銀の輪を見て、ギデオン様は息を呑んだ。

 そして、すぐに激しく首を横に振った。


「馬鹿なことを言うな! それは君の母親の形見だろう。君にとって、世界で一番大切なものじゃないか」

「はい。お母さんが、命を削って作ってくれた最後の作品です。込められた想いの強さは、どんな高純度魔石よりも強いはずです」

「だからこそだ! そんなものを犠牲にできるか!」


 ギデオン様は声を荒らげ、私の手を押し戻そうとした。

 その顔は怒っているようにも見えたけれど、瞳の奥には深い悲痛さと、私への気遣いがあふれていた。


「私の呪いは、私の責任だ。君の思い出を壊してまで、自分が救われたいとは思わん……もしそんなことをすれば、私は一生、君の母君に顔向けができなくなる」

「ギデオン様……」


 彼は優しい人だ。

 自分の痛みよりも、私の心を優先しようとしてくれる。

 でも、だからこそ、私は引くわけにはいかなかった。


「……犠牲じゃありません」


 私は静かに、けれどはっきりと言葉を紡いだ。


「お母さんは、最後にこう言いました。『いつかミレットが、自分の命よりも大切だと思える人と出会ったら……その人のために使いなさい』って」


 母の遺言。


 ずっと、その意味を探していた。

 そして今、目の前にいる傷だらけの彼を見て、私はようやくその答えを見つけた気がしたのだ。


「私にとって、過去の思い出も大切です。でも……今の私にとって一番大切で、これからもずっと笑顔でいてほしいのは、ギデオン様なんです」

「ミレット……」

「だから、これは犠牲じゃありません。お母さんの願いを、私が叶えるんです……お願いです、ギデオン様。私に、貴方を守らせてください」


 私の目から、一雫の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、決意の証。

 ギデオン様は言葉を失い、私の瞳をじっと見つめ返した。

 やがて、彼は震える左手で私の涙を拭うと、観念したように長く息を吐いた。


「……敵わないな、君には」

「ふふ、よく言われます」

「わかった。君の覚悟、受け取ろう……その代わり、誓う。この治療が成功した暁には、私の残りの生涯すべてをかけて、君を守り抜くと」


 その言葉は、どんな契約書よりも重く、甘く、私の胸に刻まれた。




 儀式は、魔力が最も満ちる深夜に行うことになった。

 場所は領主館の最上階にある儀式の間。

 窓の外には満月が輝き、銀色の光が部屋を満たしている。


 祭壇代わりのテーブルには、私の腕輪が置かれている。

 その向かいに、ギデオン様が座り、右腕の革手袋を外して差し出している。

 呪いの紋様が、月光に反応して不気味に蠢いていた。


「準備はいいか?」

「はい」


 私は大きく深呼吸をした。

 失敗は許されない。

 母さんの腕輪が持つ「守護」の概念と、ギデオン様の呪いである「魔力喰らい」の概念。

 相反する二つを【ニコイチ】で融合させ、新しい力へと書き換える。


(お母さん、力を貸して。彼を助けて……!)


 私は右手をギデオン様の呪われた腕に、左手を腕輪にかざした。

 魔力を練り上げる。

 その時だった。


 静寂を切り裂くように、早鐘の音が鳴り響いた。

 私たちは弾かれたように顔を見合わせた。


「敵襲!?」

「まさか、こんな夜に……!」


 バンッ!と扉が乱暴に開かれ、セバスチャンさんが血相を変えて飛び込んできた。

 いつも冷静な彼が、顔面蒼白で息を切らしている。


「旦那様! 巡回兵より急報です! 魔獣の群れが、北の森から雪崩れ込んできました! すでに外壁の一部が突破されかけています!」

「なんだと!? 監視塔は何をしていた!」

「それが……監視網をすり抜けて、突然湧いて出たかのように現れたのです! まるで、何かに誘導されたかのように……!」


 誘導。その言葉に嫌な予感が走る。

 セバスチャンさんは、さらに絶望的な事実を告げた。


「それに、群れを率いている個体が……三年前、旦那様が討ち漏らしたとされる『災厄』と同種の、黒い甲殻を持つ巨大種です!」

「――ッ!」


 ギデオン様の顔色がサッと変わった。

 右腕の呪いが、呼応するようにズキリと疼き、彼が苦悶の声を漏らす。


「ぐぅっ……! あいつが、来たというのか……!」


 窓の外を見ると、遠くの街並みが赤い炎に包まれ始めていた。

 人々の悲鳴が、風に乗ってここまで届いてくる。

 儀式どころではない。

 けれど、今のギデオン様は剣を握ることもできず、右腕の激痛に耐えるのが精一杯だ。


「ギデオン様!」

「行け、ミレット! 君だけでも逃げるんだ!」

「嫌です! 離れません!」


 絶体絶命。

 過去の悪夢が、再び私たちの前に立ちはだかろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ