辺境の特産品
水車の一件以来、辺境アイゼンガルドには奇妙な現象が起きていた。
かつては閑古鳥が鳴いていた関所に、他領の紋章を付けた馬車が列をなしているのだ。
「おお、これが噂の『アイゼンガルド製』か! なんと美しい……」
「使い古された農具を再生したと聞いたが、王都の新品より遥かに魔力馴染みがいいぞ!」
私の「ニコイチ工房」から出荷された農具や日用品が、行商人たちの手によって外の世界へと運ばれ、口コミで評判を呼んでいたらしい。
彼らはそれを敬意を込めて「リボーン」と呼んでいた。
「ミレット様、本日も商人からの面会希望が山積みでございます」
セバスチャンさんが抱えてきた手紙の束を見て、私は目を白黒させた。
「ええっ!? 私、ただ頼まれたものを直してただけなのに……」
「それが『ゴミを宝に変える錬金術』として評価されているのです……さあ、領主様がお待ちです」
◇ ◇ ◇
領主館の応接室。
私とギデオン様の前には、大陸でも五本の指に入る大手通商ギルド『金羊毛』の代表が座っていた。
「単刀直入に申し上げます。ミレット様が作る製品の独占販売契約を結ばせていただきたい」
恰幅のいい代表は、鼻息荒く契約書を提示した。
「王都の工房製品は最近、品質低下が著しいですからな。耐久性抜群で、しかも安価な材料で作れる貴女の製品は、市場を席巻するでしょう! どうです、悪い話ではないはずだ」
提示された金額は、私が一生かかっても使い切れないような額だった。
私はオロオロとギデオン様を見る。
「ど、どうしましょう……私、お金の計算とかよくわからなくて……」
「安心しろ。面倒ごとは私が引き受ける」
ギデオン様は涼しい顔で契約書を一読すると、ペンを取り、いくつかの条項に赤い線を引いて突き返した。
「条件を変える。独占契約は認めない。ミレットの製品は、まず第一にこのアイゼンガルド領民のために使われるものだ。余剰分のみを卸す」
「なっ、し、しかしそれでは利益が……」
「さらに、彼女への報酬は提示額の三倍だ。加えて、彼女の判断が最優先だ。製作を強制することは言語道断」
代表が絶句する中、ギデオン様は鋭い眼光で彼を射抜いた。
「彼女のスキル【ニコイチ】は、彼女の『心』と連動している。金儲けのために酷使して、彼女の笑顔を曇らせるような真似は私が許さん……この条件が飲めないなら、帰ってくれ」
「領主様……」
私のことを、一番に考えてくれている。
その毅然とした態度に、胸が熱くなった。
代表は脂汗を拭いながら、それでも「リボーン」の魅力には抗えず、震える手で修正された契約書にサインをした。
帰り際、代表がふと話を振った。
「そういえば、ここには過去の大戦で使われた武具の残骸なども眠っているのでは? もしミレット様の手にかかれば、伝説級の武器が蘇るかもしれませんな」
「……どうだろうな」
ギデオン様は曖昧に答えたが、その目が一瞬、遠くを見るような色を帯びた。
そういえば、地下倉庫の奥には、彼が昔使っていたという「折れた聖剣」が眠っていると聞いたことがある。いつか、それも直せる日が来るだろうか。
◇ ◇ ◇
一方、王都の王立魔導具工房。
かつては栄華を誇ったその場所には、今や怒号が飛び交っていた。
「おいレイモンド! 貴族院からの注文品、また初期不良だぞ!」
「魔導ランプの光が一日で消えた? ふざけるな、金返せ!」
返品の山に埋もれるようにして、レイモンドは頭を抱えていた。
ミレットを追い出して数週間。彼女が行っていた細やかなメンテナンスや、素材ごとの魔力調整という「見えない工程」が失われた製品は、急速にその品質を落としていた。
「ええい、うるさい! 素材の質が悪いのが原因だ! 私の設計は完璧なんだ!」
責任転嫁するレイモンドに、出入り業者の商人が冷ややかな視線を送る。
「素材のせい、ですかねえ。辺境のアイゼンガルドじゃ、廃棄品から最高級の道具が作られているそうですけど」
「……なんだと?」
「いま話題の『リボーン』ですよ。なんでも、若い女性職人が不思議な力で直しているとか。王都を追い出された元・王立工房の職人だという噂ですがね」
ガシャーン!!
レイモンドの手からワイングラスが滑り落ち、床で砕け散った。
「あの女か……! ミレット、あの役立たずが……!」
「へえ、知り合いでしたか。今や彼女の製品は王都のブランド品より高値で取引されてますよ」
商人の言葉に、レイモンドの顔が怒りで赤黒く歪んだ。
自分が捨てた「ゴミ」が、自分を脅かす「宝」になっている。その事実が、彼のプライドを何よりも深く傷つけた。
「おのれ……調子に乗りおって……!」
◇ ◇ ◇
その夜。領主館のバルコニー。
商談の成功を祝うささやかな晩餐を終え、私はギデオン様と二人で夜風に当たっていた。
「今日はありがとうございました。私ひとりじゃ、あんな立派な契約結べませんでした」
「礼を言うのはこちらだ。君のおかげで、領地の財政も潤い始めた……君は、我々の希望の光だ」
ギデオン様は月明かりの下、穏やかな表情で私を見つめた。
そして、何かを決意したように、ゆっくりと口を開く。
「ミレット。君の【ニコイチ】は、物質的な結合だけではなく、そこに込められた概念や魔力さえも融合させると言っていたな」
「はい。素材の声を聞いて、一番いい形に結びつけるんです」
「……ならば」
彼は左手を、自身の右腕へと伸ばした。
常に黒い革手袋で覆われ、決して人に見せようとしなかった右腕。
「君なら……私のこの、呪われた腕も、直せるだろうか」
重苦しい沈黙の中、彼が革手袋を引く。
露わになったその肌には、皮膚を焼き焦がすようにして蠢く、どす黒い紋様が刻まれていた。
「……っ!」
私は息を呑んだ。
それは、ただの怪我じゃない。彼の魔力と生命力を、今この瞬間も貪り続けている、生きた呪いだった。




