ニコイチ工房、始めました
ギデオン様から「好きに使っていい」と与えられたのは、領主館の裏庭にある古びた石造りの倉庫だった。
長年放置されていたらしく、扉を開けると埃っぽい空気と共に、大量のガラクタが雪崩れ込んできた。
「ごほっ、ごほっ……うわぁ、これは……」
案内してくれた老執事のセバスチャンさんが、申し訳なさそうに眉を下げる。
「申し訳ありません、ミレット様。あいにく空いている部屋がここしかなく……中はゴミの山ですので、すぐに人を呼んで片付けさせましょう」
「いいえ! そのままでお願いします!」
私は食い気味に返事をした。
私の目は、すでにキラキラと輝いている自信がある。
だって、見てください、この山!
脚の折れた椅子、背もたれのないソファ、ヒビの入ったランプ、穴の空いた大鍋……!
「すごい……ここは宝の山ですね!」
「は、はあ……宝、でございますか?」
「はい! どの子も、もう一度頑張りたいって言ってます。セバスチャンさん、私、ここを最高の工房にしてみせますから!」
私は腕まくりをすると、さっそく作業に取り掛かった。
まずは生活スペースの確保だ。
脚の折れた椅子を二つ用意して――【ニコイチ】!
背もたれのないソファと、座面の破れたソファを合わせて――【ニコイチ】!
光が弾けるたびに、粗大ゴミだった家具たちが、艶やかな新品の家具へと生まれ変わっていく。
椅子は重心の安定した頑丈なものに。ソファは王都の貴族が使うような、ふかふかのベルベット張りに。
ついでに、窓ガラスの破片を集めて【ニコイチ】し、曇りのない一枚板のガラスを嵌め込むと、薄暗かった倉庫に明るい陽射しが差し込んだ。
「……信じられませんな」
セバスチャンさんが、ポカンと口を開けて呟く。
「半日も経たずに、迎賓室のような内装になるとは……」
「えへへ、素材が良いからです。みんな、誰かに使ってもらうのを待ってたんですよ」
私は生まれ変わったソファをポンポンと撫でた。
◇ ◇ ◇
翌日から、私の「ニコイチ工房」はてんてこ舞いになった。
セバスチャンさんが村の人たちに「凄腕の修理屋さんが来た」と宣伝してくれたおかげで、恐る恐るながらも、村人が道具を持ってやってきたのだ。
「あのう、この鍋……底が抜けちまって。買い換える金もねえし、なんとかならねえべか?」
最初にやってきたのは、農家のおばあさんだった。持ってきたのは、黒ずんだ鉄鍋だ。
私は倉庫の在庫から、似たような鉄屑を探してくる。
「任せてください! すぐに直しますね」
おばあさんの鍋と、鉄屑を重ねてスキル発動。
眩い光と共に完成したのは、銀色に輝く美しい鍋だ。しかも、二つの鉄が融合したことで熱の伝わり方が良くなり、さらに「焦げ付き防止」の魔力コーティングまで付与されている。
「うおぉぉ! なんだこれ、新品よりすげえ!」
「こっちの鍬も頼む!」
「俺の斧も! 柄が腐っちまって!」
噂はすぐに広まり、工房の前には行列ができた。
私は休む間もなくスキルを使い続けた。魔力は使うけれど、少しも疲れない。むしろ、直すたびに道具たちが「ありがとう!」と喜んでくれているようで、力が湧いてくる。
夕暮れ時。
修理を終えた道具を手にした村人たちが、口々に言った。
「ありがとう、嬢ちゃん!」
「あんたは俺たちの救世主だ!」
「こんな立派な道具、一生大事にするよ!」
しわくちゃの手で握手を求められ、野菜や果物を「お礼だ」と差し出される。
その温かさに触れた瞬間、私の目から涙が溢れ出した。
「うっ、ぐすっ……うぅぅ……」
「お、おい嬢ちゃん、どうした!?」
「ちが、うんです……嬉しくて……私、今まで『無駄』って言われてて……こんなに、ありがとうって言われたの、初めてで……」
王都では、修理なんて恥ずかしいことだと言われた。
でも、ここではみんなが笑顔になってくれる。私がしたことは、無駄じゃなかった。
ボロボロ泣きじゃくる私を、村人たちは優しく慰めてくれた。
その様子を、領主館の二階、執務室の窓から見下ろしている人影があった。
ギデオンだ。
彼は村人たちの中心で、顔をくしゃくしゃにして泣き笑いしている小柄な少女を静かに見つめていた。
「……無駄、か」
彼は無意識に、動かない右腕を左手で強く握りしめた。
革手袋の下にある呪われた腕。感覚すら失われたその腕が、微かに熱を帯びたような錯覚を覚える。
彼女の光なら、あるいは――
ギデオンは小さく首を振り、カーテンを閉ざした。期待して裏切られる痛みは、もう知りたくなかったから。
◇ ◇ ◇
一方その頃、王都の王立魔導具工房。
「どうなっているんだレイモンド工房長! 先週納品された剣が、もう十本も折れたぞ!」
工房長室に、騎士団の副団長が怒鳴り込んでいた。
机の上には、無惨に折れた剣の残骸が積み上げられている。
「それは使い方が乱暴だからでしょう。騎士団の訓練不足では?」
レイモンドは書類から目を離さずに冷淡に答えた。
「なんだと!? 以前まではこんなことなかった! 少し刃こぼれしても、あの修理担当の娘……ミレット嬢に出せば、すぐ新品同様になって戻ってきたんだ。彼女を出せ!」
「彼女は解雇しました。効率の悪い仕事ばかりするのでね」
「解雇だと……?」
「ええ。ですから、新しい剣の発注書はこちらです。今回は特別に一割引きにしておきま――」
ダンッ!
副団長が机を拳で叩きつけた。
「ふざけるな! 貴様のところの剣など、怖くて実戦で使えるか! ……ミレット嬢はどこへ行ったんだ」
「さあね。辺境で野垂れ死んでいるんじゃないですか? なんの価値もない女でしたから」
レイモンドが嘲笑うと、副団長は侮蔑のこもった目で彼を睨みつけ、無言で部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まる。
部屋に残されたレイモンドは、苛立たしげに眼鏡を押し上げた。
「……チッ、どいつもこいつも貧乏くさい。修理、修理とうるさいんだよ。新品のほうが良いに決まっているじゃないか」
彼の手元には、商人や貴族からの「返品依頼」や「苦情」の手紙が、いつの間にか小さな山を作り始めていた。
その山が雪崩を起こすまで、そう時間はかからないことを、彼はまだ知らない。




