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魔導具の墓場と、錆びついた英雄

 王都を出てから一週間。ガタゴトと揺れ続けた乗合馬車が、ようやくその車輪を止めた。


「着いたぞ、ここが終点のアイゼンガルドだ」


 御者の声に促され、私は馬車を降りた。

 足元に広がっていたのは、乾いた赤土と、どこまでも続く灰色の空。そして――


「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。

 街の入り口にある検問所のゲートは蝶番(ちょうつがい)が壊れて傾き、風が吹くたびにギイギイと悲鳴を上げている。

 通りに並ぶ家々の屋根は継ぎ接ぎだらけで、軒先には錆びついた農具や、部品の欠けたランプが無造作に転がっていた。

 まさに「魔導具の墓場」。王都の人々が嘲笑を込めて呼ぶその名の通り、ここには寿命を迎えた道具たちが最期の時を待っているようだった。


 けれど。


(すごい……! あっちの(すき)も、こっちの荷車も、まだ直せる!)


 私の目は輝いた。

 他の人にはゴミの山に見えるかもしれない。でも私には、治療を待っている患者さんの列に見える。みんな、「まだ働けるよ」「捨てないで」って訴えている。

 ここなら、私の【ニコイチ】で助けられる子がたくさんいる。


「よしっ」


 私は左手首につけた古い銀の腕輪をぎゅっと握りしめた。これは亡き母の形見。「いつか、ミレットが一番大切にしたい人のために使いなさい」と言い残された、私のお守りだ。

 お母さん、私、ここで頑張ってみるね。

 私は荷物を背負い直すと、居住許可をもらうために領主の館を目指して歩き出した。


◇ ◇ ◇


 丘の上に建つ領主館もまた、長い時を経て風化していた。

 重厚な扉を叩き、来訪の理由を告げると、老執事が困惑した顔で執務室へと通してくれた。


「どうぞ、こちらへ。ですがお嬢さん、今の当主様は少々……気難しい方ですので」


 重い扉が開かれる。

 薄暗い部屋の奥、執務机の向こうに、その人はいた。


 ギデオン・フォン・アイゼンガルド辺境伯。

 かつて王国の英雄と呼ばれ、魔獣討伐の最前線で戦ったという噂の人物。

 しかし、目の前にいる彼は、英雄という言葉からは程遠い姿をしていた。


 ボサボサに伸びた黒髪。無精髭。そして何より目を引いたのは、室内だというのに身につけている、傷だらけのボロボロの鎧だった。まるで、戦場から還ることを忘れてしまった亡霊のように。


「……何の用だ」


 低い声が響く。彼は書類に目を通していたが、ペンを走らせているのは左手だった。

 右腕はだらりと力がなく、黒い外套の下に隠すように抱え込まれている。

 その姿を見た瞬間、私の胸がズキリと痛んだ。

 壊れた道具を見た時と同じ、いや、それ以上に強い「痛み」が、彼から伝わってきたのだ。


「あの、私はミレットと申します。王都から参りまして、この街で魔導具の修理屋を開かせていただきたく、そのご許可を……」

「修理屋?」


 ギデオン様は顔を上げ、虚ろな瞳で私を見た。

 そして、自嘲するように鼻を鳴らす。


「物好きなことだ。見ての通り、この街には新品を買う金もなければ、修理する価値のある資材もない。あるのはゴミだけだ」


 彼はそう言うと、机の端に置かれていた二振りの短剣を乱雑に掴んだ。

 それは、刃が大きく欠け、柄の革も腐り落ちた、見るも無惨な短剣だった。


「セバスチャン、これも捨てておけ。もう使い物にならん」

「旦那様、それはかつて愛用されていた……」

「斬れない剣に価値はない……私と同じだな」


 その言葉に含まれた深い絶望に、私は体が勝手に動いていた。


「待ってください!!」


 叫ぶと同時に、私は駆け寄っていた。

 ギデオン様の手から、ゴミ箱へ落ちようとしていた二本の短剣をひったくる。


「なっ……!?」

「捨てないでください! この子たちはまだ、終わってません!」

「何を……返せ、汚れるぞ」

「汚れてなんていません! 怪我をしているだけです!」


 私は二本の短剣を胸に抱き、彼を睨み返した。

 王都でレイモンドに言われた言葉が蘇る。『ゴミ』。そんな悲しい名前で呼ばれるものが、この世にあっていいはずがない。


「見ていてください。私が……直してみせます」


 私は机の上を少し片付けて、二本の短剣を並べた。

 震える手を重ね合わせる。

 ギデオン様の、あの寂しそうな瞳。動かない右腕。彼自身が、自分を「壊れたもの」だと思っているなら。

 まずは、この剣を直して証明しなきゃいけない。

 壊れても、傷ついても、また輝けるんだってことを。


「お願い……力を貸して。【ニコイチ】!」


 感情の奔流と共に、掌から魔力が溢れ出す。

 まばゆい金色の光が、薄暗い執務室を一気に塗り替えた。

 ガガガッ、と音を立てて、二つの金属が融解し、融合する。

 錆は弾け飛び、欠けた刃は互いの鋼で埋め合わされ、不純物は光の中で蒸発していく。金属たちが「ありがとう、ありがとう」と歌っているのが聞こえる。


 やがて光が収まると、机の上には一振りの短剣が静かに横たわっていた。

 刀身は薄氷のように透き通った青銀色。ミスリルにも匹敵する輝きを放ち、周囲の空気がピリつくほどの魔力を帯びている。


「はぁ、はぁ……で、できました……」


 私は汗を拭いながら、生まれたての短剣を彼に差し出した。

 部屋の中は、完全な静寂に包まれていた。

 執事のセバスチャンさんが、口をあんぐりと開けて固まっている。

 そして、ギデオン様は。


「……」


 彼は椅子から立ち上がり、信じられないものを見る目で、その短剣を凝視していた。

 恐る恐る、動くはずのない右手が震え――すぐにハッとして左手を伸ばし、短剣を手に取る。

 指先で刃に触れ、そのあり得ないほどの完成度を確かめるように。


 やがて彼は、私へと視線を移した。

 先ほどまでの虚ろな瞳ではない。獲物を見つけた猛獣のような、あるいは奇跡を目撃した求道者のような、強烈な熱を帯びた瞳。


「君は……」


 彼の低い声が、わずかに震えているのがわかった。


「君は今……一体、何をした?」

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