一閃、神剣ニコイチ
ギデオン様が地を蹴った。
その速度は、目で追えるような次元ではなかった。
銀色の閃光が、戦場の瓦礫を飛び越え、機神の懐へと一直線に走る。
機神が反応する。
先ほどまでギデオン様を吹き飛ばしていた丸太のような剛腕が、迎撃のために横薙ぎに振るわれる。
質量差は数百倍。まともにぶつかれば人間など肉片になるはずの一撃。
だが、ギデオン様は避けない。
「邪魔だ」
一言。
すれ違いざまに、神剣が軽く振るわれた。
カ……ッ。
音すら置き去りにするような斬撃。
直後、機神の巨大な腕が、肘から先で滑るようにずれた。
ドズゥゥゥゥン!!
切り落とされた腕が地面に落ち、地響きを立てる。
切断面は鏡のように滑らかで、赤熱して溶けていた。
「え……?」
後方で見守っていた王都軍の兵士たちが、口を開けて呆然としている。
あの硬すぎる装甲を、まるで豆腐か何かのように。
機神自身も状況を理解できていないのか、バランスを崩してよろめいた。
ギデオン様は止まらない。
旋回し、今度は機神の足元へ。
銀の右腕が輝き、神剣に膨大な魔力を送り込む。
白銀と漆黒、二つの色が絡み合い、刀身が本来の長さの十倍にも及ぶ光の刃となって伸びた。
「オォォォォ……ッ!!」
機神が恐怖したかのように吠え、残った片腕で胸部を庇いながら、全エネルギーを放出して自爆しようと魔力を膨れ上がらせる。
させるものか。
ギデオン様の目が、冷徹に敵を見据えた。
「遅い」
一閃。
下段から上段へ。
逆袈裟に振り上げられた光の刃は、機神の魔法障壁ごと、その巨体を紙のように切り裂いた。
音がない。
ただ、世界が一瞬、白と黒に反転したかのような錯覚。
数秒の静寂の後。
ズウゥゥゥン……パッカァァァン!!
機神の巨体が、頭頂部から股下まで、左右に綺麗に分かたれて崩れ落ちた。
それだけではない。
斬撃の余波は機神を突き抜け、背後にあった岩山をも両断し、空を覆っていた厚い雲さえも切り裂いて、青空を覗かせていた。
「す、すごい……」
私はへたり込んだ。
神話だ。お伽話に出てくる英雄そのものだ。
崩れ落ちた機神の残骸から、黒い煙が立ち上る。
その爆風に巻き込まれ、レイモンドが枯れ葉のように吹き飛んでいくのが見えた。
彼は泥水の中に転がり、ガタガタと震えながら起き上がろうとして――目の前に立ったギデオン様のブーツを見て、悲鳴を上げて後ずさった。
「ひっ、ひぃぃぃッ! た、助けてくれ! 悪かった、私が悪かった!」
レイモンドは泥に額を擦り付け、涙と鼻水を流して命乞いをした。
「命令されただけなんだ! そうだ、国のためにやったんだ! だから殺さないでくれぇぇ!」
あまりに惨めな姿。
かつて私をゴミと呼び、冷徹に見下ろしていた男の成れの果て。
ギデオン様は神剣を納めると、氷のような瞳で彼を見下ろした。
そして。
「……」
何も言わず、剣も抜かず、ただ彼を通り過ぎた。
まるで、道端の石ころか何かのように。
斬る価値すらない、視界に入れる価値すらないという、最大の侮蔑。
「あ……あぁ……」
レイモンドは絶望に顔を歪めた。
無視されたことの屈辱と、安堵と、虚無感が入り混じった顔で、その場に崩れ落ちる。
直後、銀狼騎士団の老騎士たちが彼を取り囲んだ。
「その男を拘束しろ。王都へ引き渡し、法の裁きを受けさせる」
「はっ!」
ギデオン様の背中越しの命令に、レイモンドは抵抗する気力もなく引き立てられていった。
戦場に静けさが戻る。
ギデオン様は真っ直ぐ、私の方へと歩いてきた。
泥と煤で汚れ、肩で息をしているけれど、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「ギデオン様……!」
私が駆け寄ると、彼は銀の右腕を広げ、私を力強く受け止めた。
きつく、骨が軋むほど抱きしめられる。
心臓の音が伝わってくる。生きている。二人とも、生きている。
「ミレット……ありがとう」
震える声。
「君がこの剣を、この力をくれたおかげだ。君がいなければ、私は……」
「いいえ。ギデオン様が諦めなかったからです」
私は彼の胸に顔を埋めて泣いた。
彼は私の顎を優しく持ち上げると、誰もが見ている前だというのに、躊躇いなく唇を重ねてきた。
熱い、長い口づけ。
銀狼騎士団たちが「ヒューッ!」と口笛を吹き、生き残った王都軍の兵士たちは顔を背ける。
その光景を、丘の上から見つめる一団があった。
騒ぎを聞きつけて遅れて到着した、王都からの査察官とその護衛たちだ。
彼らは、両断された機神と、割れた山、そして抱き合う二人を見て、青ざめながら震えていた。
「こ、これが……辺境の力……!」
「封印兵器を一撃で……? あんな男を、我々は敵に回そうとしていたのか……?」
「国王陛下に報告せねば……この国の最強戦力は、もはや王都騎士団ではないと……」
彼らの畏怖に満ちた呟きは、新しい時代の到来を告げていた。
ゴミと呼ばれたものたちが、最強の輝きを放つ時代の始まりを。




