封印兵器、起動
ゴオォォォォォォ……!!
大気を震わせる重低音と共に、その巨体が立ち上がった。
封印兵器「魔導機神」。
かつて古代文明を滅ぼしたとも言われる破壊の化身は、赤黒い瘴気を撒き散らしながら、天を仰いで咆哮した。
ギャァァァァァァァッ!!
それは生物の声ではなく、金属が擦れ合うような、耳障りで不協和なノイズの塊だった。
咆哮だけで発生した衝撃波が、嵐のように吹き荒れる。
周囲の木々は爪楊枝のようにへし折れ、王都正規軍の兵士たちは悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
「ひ、ひぃぃぃッ! 逃げろ、逃げろぉぉ!」
「隊長、馬が言うことを聞きません!」
我先にと逃げ惑う騎士団。その混乱の中で、レイモンドだけが立ち尽くし、狂ったように叫んでいた。
「止まれ! 待て! 私の言うことを聞けぇぇ!」
彼は機神の足元へ駆け寄ろうとした。
だが、機神が一歩踏み出した振動だけで、彼は無様に転倒した。泥水の中に顔から突っ込み、眼鏡が飛ぶ。
「ぐっ、うう……なぜだ、私は起動キーを……私がマスターのはずだぞ……!」
泥まみれで這いつくばる彼の真横を、機神の巨大な鉄の足が通り過ぎる。
踏み潰されなかったのは単なる偶然だ。機神にとって、レイモンドなど認識する価値もない虫けらに過ぎないのだ。
『……痛い』
突風に耐えながら、私は耳を押さえた。
『痛いよぅ、苦しいよぅ……壊して、壊させて……!』
頭の中に、誰かの泣き叫ぶ声が響いてくる。
これは、あの子の声だ。無理やり眠りから覚まされ、適合しない魔石をねじ込まれて、体を内側から焼かれている機神の悲鳴。
あの子は暴れたいんじゃない。苦しくてのたうち回っているだけなんだ。
「ギデオン様! あの子を止めてあげて! 泣いてます!」
「ああ、わかっている!」
ギデオン様は銀色の右腕を握りしめ、私を背に庇った。
「ミレット、君は銀狼騎士団と共に住民の避難誘導を! こいつは私が引き受ける!」
「でも、あんな大きいの、一人じゃ!」
「私の右腕ならやれる……行けッ!」
彼の剣幕に押され、私は頷いて駆け出した。
振り返ると、ギデオン様が単身、あの鉄の巨城へと跳躍するのが見えた。
「オォォォォッ!!」
ギデオン様は空中で右の拳を振りかぶり、機神の膝関節へと叩き込んだ。
ドォォォン!!
鐘楼を打ち鳴らしたような轟音が響く。
機神の膝がガクンと折れ、その巨体が傾いた。
「効いた……! さすがギデオン様!」
私は避難誘導を続けながらも、希望を感じて声を上げた。
だが、ギデオン様の表情は険しかった。
(硬い……! 装甲がへこんだだけか!)
彼は舌打ちをして着地した。
呪いを力に変えたこの右腕の一撃なら、城壁すら粉砕できるはずだ。しかし、機神を覆う古代の合金は、現代のどんな金属よりも強固だった。
機神が体勢を立て直し、丸太のような腕を振り回してくる。
「くっ、ならば斬り落とすまで!」
ギデオン様は左手で愛剣を抜き、右手を添えて両手持ちの構えを取った。
銀の右腕から溢れる膨大な魔力を、剣へと流し込む。
刀身が青白く発光し、機神の腕へと一閃を見舞う。
ガギィィィィン!!
火花が散り、機神の腕に深い傷が入る。
だが、斬り裂けない。
それどころか――
パキッ。
嫌な音がした。
見れば、ギデオン様の剣の刃が大きく欠け、亀裂が走っているではないか。
「馬鹿な、魔力伝導率が追いつかないのか!?」
ギデオン様は焦燥に駆られた。
彼の右腕の出力が上がりすぎたのだ。その神話級のパワーに、剣のほうが耐えきれていない。
伝説の神馬が普通の馬車を引いて、車体のほうがバラバラになりかけているような状態だ。
いや、ギデオン様が振るい、へし折られた剣とて、ただの武器ではない。
セバスチャンさんの申し出で、地下倉庫の奥に眠っていた折れた聖剣──ギデオン様のかつての愛用品を、【ニコイチ】で修理したものだ。
だが、レイモンドの侵攻に慌てて用意した急造品であることは否めない。
素材の吟味も、試し振りもしていない。おそらく、在りし日の力を完全に取り戻せていない。
この有様では、とうてい修理とは言えない。応急処置が関の山だ。
「こんなことになると分かっていたなら……!」
時間も素材も、いくらでもあった。ギデオン様の右腕に合わせて、最高の剣に仕上げておけばよかったのだ。
修理職人としての幸せな日々に、油断しきっていた。そう思っても、後の祭りだ。
その時。
逃げ惑う王都軍の荷車の一台が、機神の足踏みによる衝撃で横転した。
ガラガラと荷台から崩れ落ちたのは、戦利品として運んでいたであろう、古びた武器や防具の山。
その中に、一際禍々しい気を放つ、黒ずんだ長剣が転がり落ちて泥に埋もれたのが見えたが、今の私には気にする余裕などなかった。
ブゥン……ブゥン……キュィィィン!!
機神の胸部にあるコアが、高音を立てて輝き始めた。
周囲の魔力を吸い込み、収束させていく。
広範囲殲滅魔法の予備動作だ。あんなものを街に向けて撃たれたら、私たちはおろか、アイゼンガルドそのものが地図から消える。
「撃たせるかぁぁぁッ!!」
ギデオン様は覚悟を決めた。
剣が壊れるのが先か、敵を倒すのが先か。
彼は全魔力を剣に注ぎ込み、チャージ中のコアを目がけて跳んだ。
「はぁぁぁぁッ!!」
必殺の一撃が、機神の胸板に突き立てられる。
だが。
バキンッ!!!!
無情な破砕音が戦場に響き渡った。
硬すぎる装甲に阻まれ、魔力の負荷に耐えきれず、ギデオン様の剣が根元からへし折れたのだ。
「しまっ――」
折れた剣先が虚しく宙を舞う。
そして目の前では、チャージを完了した機神のコアが、破滅の光を放とうとしていた。




