いまさら戻れ?お断りします!
戦端は開かれた。
レイモンドの号令と共に、数百の王都正規騎士団が鬨の声を上げて突撃してくる。
最新式の規格品鎧に身を包み、工房から出荷されたばかりの新品の剣を構えた、若き精鋭たちだ。
足並みは揃っているが、その瞳には実戦を知る者特有の冷徹さがない。教科書通りの、綺麗なだけの突撃。
対するアイゼンガルド側の主戦力は、わずか二十名ほどの「銀狼騎士団」。
腰の曲がった老人や、義手義足の元王都騎士団たち。
一般兵もいるにはいるが、街の警備が主任務で実践経験はない。
数の差は十倍以上。常識で考えれば、一瞬で踏み潰されるはずだった。
「蹴散らせ! 不良品を血祭りにあげろ!」
先頭の若手騎士が剣を振り上げる。
だが。
「遅いな」
先頭に立っていた負傷兵――かつて『隻眼の剣鬼』と呼ばれ、片目を失って引退した男が呟いた。
彼は私が作った「視覚補正付きの眼帯」で敵の動きを完全に見切ると、杖のように細い「仕込み魔杖剣」を軽く振るった。武器自体が第三の手足となったような、予測不能の動きだった。
カァンッ!
乾いた音が響き、若手騎士の剣が宙を舞った。
「なっ……!?」
「老いぼれと見て油断したな? 若造の剣筋なんぞ、止まって見えるわ!」
老騎士は「浮揚アーマー」の機能を活かして、宙を歩くような軽やかなステップを踏みながら敵の懐に飛び込むと、峰打ちで鎧の継ぎ目を叩いて気絶させた。
「うおおおっ! 膝が笑わねえ! いくらでも踏ん張れるぞ!」
「何十人でも相手にできるぜ! 自動反撃の篭手が勝手に動いてくれる!」
戦場は大混乱に陥った。
正規軍の剣は、熟練の技にいなされ、あるいは私の作った装備の特殊効果によって弾かれる。
逆に銀狼騎士団の攻撃は、的確に急所を捉え、次々と正規騎士を無力化していく。
オーダーメイドの魔導具とニコイチされた熟練の戦士たちは、文字通り一騎当千の強者と化していた。
一般兵も善戦している。魔導具でこそないが、彼らの装備も【ニコイチ】で強化済みだ。必死に踏みとどまり、前線を支えている。
「馬鹿な……なぜだ!? こちらの装備は最新鋭だぞ! なぜあんな粗大ゴミのような連中に圧倒される!!」
後方に控えていたレイモンドが、信じられないものを見る声で絶叫した。
「ゴミじゃありません!」
私はギデオン様の背中に守られながら、戦場に向かって叫んだ。
「その人たちは、何十年も戦い抜いてきた経験があるんです! それに、私の装備は一人一人の癖や体格に合わせてニコイチしてあります。誰が使うかもわからない量産品の剣で、勝てるはずありません!」
私の言葉通り、戦況は一方的だった。正規軍はすでに戦意を喪失し、後退を始めている。
勝ち目がないと悟ったレイモンドは、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだが、やがて何かを思いついたように手を挙げた。
「ま、待て! 一時休戦だ! 話をしよう!」
レイモンドは叫んだ。
ギデオン様が騎士たちを制止を指示し、冷ややかな視線を送る。
「今さら命乞いか?」
「違う! ……ミレット、そこにいるな! 前へ出ろ!」
指名され、私はギデオン様の横へ進み出た。
レイモンドは髪をかき上げ、必死に平静を装いながら、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「ミレット。どうやら私の認識が少し甘かったようだ。お前のその……小細工をする技術だけは認めてやろう」
上から目線。この期に及んで、彼は自分が優位だと思っているのだ。
「特別に許してやる。今すぐ私の元へ戻ってこい。そうすれば、これまでの反逆は不問にし、工房長代理のポストを用意してやろう。給金も倍にしてやるぞ」
「……」
「どうだ? 光栄だろう。あの王立工房のナンバー2になれるんだぞ。お前のような孤児には過ぎた待遇だ」
彼は手を差し出した。
私が喜んで飛びついてくると思っているその顔を見て、私は心底、呆れてしまった。
そして同時に、哀れに思った。
この人は何もわかっていない。私が欲しかったのは、地位でもお金でもなく、ただ「ありがとう」という言葉と、誰かの役に立てる喜びだったのに。
「お断りです」
私ははっきりと言った。
「工房長代理? そんなもの要りません。私は今、アイゼンガルドで一番の工房長ですから」
「なっ、なんだと……?」
「ここには、私の仕事を認めてくれる仲間がいます。大切にしてくれる人がいます。私は、貴方の道具じゃありません。私は、ここで幸せなんです」
私の拒絶。
それは、レイモンドにとって何よりも耐え難い屈辱だったようだ。
「き、貴様……! 誰のおかげで職人になれたと思っている! この恩知らずが!」
「彼女の価値を理解できなかった貴様に、彼女を呼ぶ資格はない」
ギデオン様が一歩踏み出し、銀色の右腕を突きつけた。
そこから放たれた強烈な殺気が、物理的な圧力となってレイモンドを襲う。
「ひぃっ!?」
「二度と私の妻に近づくな。次はないと思え」
「お、おのれぇぇぇ……!」
レイモンドは尻餅をつき、後ずさった。
正規軍の兵士たちも、彼を見る目は冷ややかだ。権威も、戦力も、プライドも、全て失った。
その事実が、彼の中の最後の一線を焼き切った。
「ならば……消えろ。何もかも消えてなくなれぇぇぇ!!」
彼は狂乱の叫びと共に、背後の荷車へと駆け寄った。
そして、帆布を引き剥がす。
露わになったのは、朽ちかけた巨大な鉄の塊――古代の遺跡から発掘されるも、制御不能で封印されたはずの「魔導機神」だった。
「よせ! それは制御できない!」
ギデオン様が叫ぶが、遅かった。
レイモンドは懐から取り出した赤黒い魔石を、機神の胸部にあるコアへと強引にねじ込んだ。
ズゥゥゥゥゥゥン……!
不気味な重低音が大地を震わせる。
機神の眼窩に、禍々しい深紅の光が灯った。
「あははは! 見ろ、起動した! さあ行け、全てを踏み潰せ!」
レイモンドが命令するが、機神は彼を一瞥もしない。
ただ、破壊衝動だけを撒き散らしながら、錆びついた巨体をゆっくりと起こした。
その影が、私たちの上に絶望的な大きさで落ちてきた。




