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「ゴミ同士を合わせてもゴミ」と婚約破棄されました

 王立魔導具工房の片隅。夕暮れの光も届かない薄暗い資材置き場で、私は二本の「死体」を抱きしめていた。


「……っ、うう……痛かったね、ごめんね……」


 私の腕の中にあるのは、騎士団の訓練で半ばからへし折れた量産型の鉄剣だ。

 刃こぼれだらけの刀身。ヒビの入った柄。使い潰され、寿命を全うする前に壊れてしまった二振りの剣。

 私には、彼らの悲鳴が聞こえるような気がした。もっと役に立ちたかった、まだ折れたくないと泣いている声が。鉄の匂いに混じって、悲しみの匂いがする。


「大丈夫、大丈夫だからね。私が直してあげる。二人の命を一つに繋いで、もっと丈夫で、素敵な子にしてあげるから」


 私は涙を袖でぬぐうと、二本の剣を重ね合わせた。

 深く息を吸い込み、胸の奥にある「願い」の灯火を燃え上がらせる。

 可哀想。助けたい。また誰かの手の中で輝いてほしい。

 あふれ出る感情が熱い魔力となって、私の指先からほとばしった。


「スキル発動──【ニコイチ】!」


 カッ、と資材置き場が淡い金色の光に包まれる。

 私の手の中で、二本の剣が輪郭を溶かし、混ざり合い、そして再構築されていく。

 カチリ、という心地よい音が魂に響く。傷ついた部分は互いの健常な部分で補われ、弱かった鉄の組成は二本分が圧縮されることで鋼のような密度へと昇華していく。


 光が収束した時、そこには一振りの剣が残されていた。

 もはや量産品の安物ではない。刀身は鏡のように澄み渡り、刃先からは冷気すら感じるほどの鋭利な輝きを放っている。


「よかった……! 元気になったね、偉いねえ……!」


 私は生まれ変わった剣に頬ずりしたい衝動に駆られたが、危ないので代わりに柄を優しく撫でた。

 その時だった。


「――おい。またそんな無駄なことをしているのか」


 氷のように冷たい声が、背後から降り注いだ。

 ビクリと肩を震わせて振り返ると、そこには神経質そうに眼鏡の位置を直す男――この工房の長であり、私の婚約者でもあるレイモンドが立っていた。冷ややかな視線が、私と剣を値踏みするように射抜く。


「レ、レイモンド様! 見てください、この剣! 折れた二本を合わせたんですけど、すごく切れ味が良くなって――」

「ミレット。何度言えばわかる?」


 レイモンドは私が差し出した剣を一瞥すらせず、汚物を見るような目で吐き捨てた。


「修理など時間の無駄だ。壊れたなら、それは寿命だ。捨てて新しいものを買わせろ」

「で、でも……まだ使える部分がたくさんありましたし、何より可哀想で……」

「可哀想? 道具にか? 馬鹿も休み休み言え」


 彼は苛立ちを隠そうともせず、周囲に積み上げられた廃棄予定の山を指差した。


「いいか、我々の目的は『利益』だ。直して長く使われたら、次の新品が売れないだろう? お前のやっていることは、工房の回転率を下げる背信行為なんだよ」

「そんな……。でも、最近の製品はすぐに壊れるって、騎士様たちからも苦情が……」


 事実、工房の外の受付では、今日も「また訓練で折れたぞ!」「脆すぎる!」という怒号が聞こえていた。これまでは私がこっそりと修理や補強をしていたから保っていた評判が、今は崩れかけている。

 けれど、レイモンドにはそれが「コスト削減の成果」にしか見えていないようだった。


「黙れ。口答えをするな」


 レイモンドは冷酷に告げた。


「ミレット・アヴニール。お前を解雇する。ついでに婚約も破棄だ」

「え……?」


 あまりに突然の宣告に、思考が真っ白になる。


「ど、どうして……私、何か……」

「お前のそのスキルだ。【ニコイチ】? 破損品二つで一つを作る? 効率が悪いにも程がある。ただでさえ薄気味悪いんだよ、壊れたガラクタを見て泣くような女は」


 彼は鼻で笑い、決定的な言葉を突き刺した。


「ゴミとゴミを二つ合わせても、所詮はゴミなんだよ。私の工房に、ゴミを作る職人は要らない。出ていけ」


――ゴミ。


 その言葉は、私自身に向けられたもののように響いた。

 私が愛情を注いで直したこの剣も、そして私自身も、彼にとっては価値のないゴミ。

 反論しようとしたけれど、喉が詰まって声が出なかった。ただ、涙だけがポロポロとこぼれ落ちた。


◇ ◇ ◇


 雨の降る王都の大通り。

 私はわずかな荷物だけを持って、とぼとぼと歩いていた。

 行き交う馬車が泥を跳ね上げていくけれど、避ける気力も湧かない。冷たい雨が、頬を伝う涙を隠してくれるのが、せめてもの救いだった。


「私……ゴミ、なのかな……」


 レイモンドの言葉が頭から離れない。

 今まで、物が喜んでくれるのが嬉しくて、ただひたすらに直してきた。でも、それは誰の役にも立っていなかったのだろうか。社会にとっては、ただの「無駄」だったのだろうか。


 ふと、雨宿りに入った乗合馬車の駅で、御者たちの会話が耳に入った。


「へえ、アイゼンガルド行きか? 物好きだなあ」

「ああ、あの『魔導具の墓場』か。辺境すぎて物資が届かねえから、王都の廃棄品でも何でもありがたがって使うっていう、貧乏領地だろ?」


 ――魔導具の墓場。

 その響きに、私の心臓がトクリと跳ねた。

 王都では見捨てられた、壊れたものたちが集まる場所。

 新品なんて届かない、忘れ去られた最果て。


(そこなら……)


 壊れたものにしか価値を見出せない私でも、必要としてくれるだろうか。

 ゴミだと捨てられた私でも、何かの役に立てるだろうか。


 私は濡れた髪を拭いもせず、切符売り場へと走った。

 窓口のガラスに映った私の目は、泣き腫らして真っ赤だったけれど、光だけは消えていなかった。


「……一枚、ください。アイゼンガルドまで」


 私は王都を捨てる。

 効率と新品だけが愛されるこの街に、別れを告げる。

 目指すは最果ての地。傷ついたものたちが眠る、再生の場所へ。

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