恋に落ちた
(サイド・ジーヴル)
天使だと思った。
いや、空から落ちて来たのは天使じゃなくて異世界人だったんだが。
最初は少女かと思ったが、少年だった。
実に小柄で華奢だ。
名前は発音しにくくて俺はユウって呼ぶ事にした。
ユウもジーヴルは発音しにくいらしいから元の言葉が違うんだろう。
戻るついでに一応報告しとくかとハイラントやザールにも見せたが、害はなさそうだから、好きにしていいと言われた。
俺が住んでいるのは、古ぼけた店舗兼住宅の一軒家。
老夫婦と一人娘で営んでいた店は、一人娘の死と同時に役目を終えた。
娘の死に耐えられなかった老夫婦は全てをハイラントに託した。
家具やらなんやら残ったまんまの家をどうするかと、悩んでいたハイラントは、城住まいだった俺に全て押し付けやがった。
手紙や肖像画やらは全て始末したが、家具やらはそのまま使ってる。
家具を一々揃えるのは面倒だ。
…ユウが一緒に暮らすなら、ちょっとくらい片付けをしてもらえるだろうか?
書類があるからと簡単に家を説明して、自室に引っ込んだ。
明日からの話をしていないと気がついたのは、期限ギリギリまで溜めていた書類をやっつけ、風呂に入った後だった。
部屋を出たついでに様子を見るか、とユウに宛てがった部屋のドアを開く。
鼻につく黴臭さや埃ぽさはない。
どうやらちゃんと魔法を使えたようだ。
すやすやと無防備に眠る姿にため息。
よくもまあ初めて来た場所で寝れるもんだ。ちゃっかり寝間着まで拝借している辺り図太い。
女物だとか女が着てたとか考えないのか?
まあ、女より小さいし顔も綺麗だからおかしくはないが…。
ベッドに腰掛け、今は瞼の下にある目を思い出す。
俺をなんの感情もなく見上げた瞳は柔らかな印象を受ける落ち着いた茶色。
この世界の人間には赤や青、様々な色がいるが、あんな色は初めて見た。
起こさないよう、そっと髪に触れる。赤ん坊や女ともまた違う柔らかな感触。異世界人だからか?
「…むにゃ」
漏れる寝言に脱力。
ああ…やっぱり市場にはついて行ってやろう。小さいし軽いし、担がれたらすぐ攫われそうだ。
と、なると午後から仕事に行くか…ザールもユウの事は知っているからそこまで怒らないだろう。
あ、でもあの書類は朝一に渡さないとだめか…
仮眠をとって提出して、言伝てしてから買い物して…昼飯食って仕事に行くか
。
めんどくさがりな俺がそんな事すれば、からかわれるんだろうが。まあ、仕方ない。
『いとおしい』 なんて感情を感じる日がついに来てしまったらしい。
*
ぐっすり眠れて幸せ!と、リビングに顔を出したら、なんかぐったりしたジーヴルさんに、市場を案内してやるとダルそうに言われた。
仕事は?て聞いたら午後から行くらしい。
…フレックス?
朝ごはんは、通りがかりのお店。
メニューはパンと飲み物とゆで卵。
ホットミルクを頼んだけどミルクが濃ゆ過ぎだし、砂糖がなくて今ひとつ。あ~ココア飲みたいなぁ~。甘いもの大好きなのに、こっちにはあんまりないみたい。ショボン。
パンはボーツて言うみたいだけどぉ、茶色くて硬いまんまるの一つしかないから、種類なのかなんなのかわかんない。硬いから引きちぎってミルクにひたしていただいてます。
さぁ!市場に到着ぅ!
朝の市場って活気があっていいよねぇ~
野菜~果物~お肉にお魚~
…調味料が本当に少ないよねぇ。
塩、砂糖、油、胡椒、唐辛子くらいしかない。
ハーブもあるみたいだけど全然活用されてないみたいだ。
昨日、連れて行ってもらったレストランのメニューを思い出してみる。
味付けは、薄い塩胡椒だけの焼いた肉と生野菜にレモン汁がかかったサラダに硬いパンがおっきなお皿にドーン!と盛られてたんだよね~。
ポトフやシチューくらいありそうなのになぁ~?
「ねぇねぇ、ジーヴルさん」
「ん?」
「家で作る料理はどんなの~?」
「…この国だと麦粥やボーツ、焼いた肉か魚と野菜だな」
「なんでお料理が美味しくなるようにしないの~?」
「食事は腹が満たせれば良い。そのままのが美味いからな。手の込んだ貴族の飯はマズイ」
んん?これはあれかな?隠し味にこだわって不味くなったカレーしか食べた事ないからカレーは不味いものと思って作らないパターン?
「ちなみにフライとかパスタは?」
「それは異世界の食事か?」
「…食べたいなら作れ!て事なんだね~…分かったぁ」
がっくり肩を下げれば
「あ…えっと…頑張れ?」
面倒くさがりなジーヴルさんから励ましを頂きました~貴重かも~
頭撫でてもらってちょっと元気でた
さ!ジーヴルさんの出勤まで時間ないからサクサク行くぞ~!
この世界の服はだぼっとしてて紐で調整する感じ。
ゆったりしてて楽だよねぇ~。
コルセットとか補正下着なんて要らないよ!
息出来ないかと思ったよなぁアレ…女の人の美への我慢凄すぎっ!
寝間着とかは娘ちゃんの借りて節約するけど、下着だけは買わなきゃだな。
よぉし!食材!食材~ぃ
お家にはな~んにもないから~。
塩、胡椒に砂糖にハーブ、卵、牛乳はマストだよね!
ご飯食べたいけど、お米は見当たらないよ~ぅ。
仕方ないから小麦粉買う。
重たいからジーヴルさんにお任せ!着いてきてもらって良かったぁ!
せめてふわふわなパン食べたいから酵母を作ろう!夏休みの自由研究でした事あるもんね!
ソースは…ビネガーがあるならマヨネーズ作れるかな?
匂いを嗅いだり味を聞いてみたりしながら食材を探す。
うん、当てっこゲームみたい。
玉ねぎはツヴィーて名前で皮が青に紫のぶち模様。トマトは似てたよ~名前はトーメで色も赤いんだ~!
お肉も分かんないから鶏肉ぽいのと牛肉ぽいのを買った。
焼いてどんなか試してみよ~。
あ、作ったの保存する瓶とかも欲しいな~、あるかな?
「ジーヴルさん!瓶とか書き物とかもある~?」
「ああ、なら建物の方だ」
テント群を抜けて建物に近づく。
高そうなお洋服屋さんと宝石屋さんの間にあるお店が目に入った。
「あ、この食器可愛い~!ここ見てい~ぃ?」
「ああ。…なら少し離れる。絶対に!この店の中にいろ!」
「は~い!ゆっくりでいいよ~?」
ジーヴルさんも買い物かな?
海みたいな青と可愛い黄色のマグカップ、たくさんの瓶と調味料入れに包装紙と袋、帳面とペン(クレヨンみたい)を買って入り口の前で待つ。
ジーヴルさんには助けてもらって、住むところも案内とかもしてもらって、迷惑かけてばっかり。
せめてもの恩返し!美味しいご飯をごちそうしよう!頑張るぞぉ~!
荷物を抱え直した所でジーヴルさんがドアを開けた。
「終わったか?」
「うん」
「なら、もう戻るか?」
「うん!」
大量の荷物をジーヴルさんにかなり持ってもらって帰宅ぅ!
あぁ、先に片付けするべきだったよ~!物が置けな~い。一番近くのテーブルに荷物を置いとくかぁ
「…ユウ」
「なぁにぃ?」
「俺が帰るまで家から出るな!
ドアには鍵をかけろ!
誰が来ても入れるな!」
「わわわ、どしたの急に?」
いきなり七匹の子やぎのお話みたいだ。
「聞いてるか?」
「聞いてるよ~!戸締り、ちゃんとすればいんでしょ~?」
小さい子じゃあるまいし、ちゃんと留守番くらい出来るんだからね!とジーヴルさんを見たら険しいお顔で少し口ごもってから
「…お前の毛色は珍しいから目立つ。拐われたら死ぬよりひどい目にあうぞ。」
とご忠告。
「はい!お家から出ません!」
思わず敬礼すると、ハートの半分の形をした青い宝石がついたネックレスを首かけられた。
「なぁに?これ」
「共鳴石だ」
ジーヴルさんの手にも同じ色の石…こっちは革の紐で腰に繋がってる。
「同じ石が共鳴することで遠くに居ても意思疏通ができる…何かあればその石に触れて念じろ」
お~!魔法世界的トランシーバー!?
「わ~、便利~!」
「同じ石でしか話せないし、外せば聞こえないから便利とは言わん…外すなよ」
面倒くさがりなジーヴルさんが色々心配してくれてるんだと思うと嬉しいな~
「うん!大事にするねぇ、ありがと、ジーヴルさん!」
「…。名前だが」
「?なぁに?」
「ネイでいい。そっちが本当の名だ。」
え!?本名?それは仲良くしてくれるって事、だよね?
「うふふ、分かったぁ。これからよろしくね?ネイ!」
「…ああ、じゃあな」
「あ、どんくらいに帰ってこれるの?夕飯は~?」
「…日没には戻る」
「じゃあ、ご飯作って待ってるね~?
いってらっしゃい」
「…い、いってくる!」
「お肉が何に使えそうか見てぇ、パンと、魚を料理しようかな~」
オリーブオイルはあったし、イタリアンかな?
魚はカルパッチョとアクアパッツァ。
ニンニクモドキを炒めたオリーブオイルをスライスしたレモンモドキの上に並べた刺身にかけて『冷却』で休ませて~と
さっきのニンニクモドキ炒めたフライパンで、玉ねぎモドキのツヴィーを炒めて、魚を置いて、お酒をかけて蒸し焼き~!
刻んだトマトモドキのトーメを乗せて、余熱で様子見。温めなおしてから仕上げのオリーブオイルかけよ~と
さてさて、問題はお肉だね
ちょっと切って焼いてみようか。
もぐもぐ…あ、牛の赤身と鶏の胸肉っぽい!
なら、茹で鶏と牛肉野菜ロールにしよう。
あ、酵母液もなんとか間に合いそう!
魔法ってスゴイね!本当なら4日くらいかかるのになぁ~。
イタリアンだからフォカッチャにしよ!
ネイが帰って来てから焼いても間に合うね。
やっぱり焼きたてが良いよね~!
ノートに食材の感想やら料理の案やら書き留める。
紙に書かなきゃ考えまとまらないんだよね~。
再生紙みたいに荒い紙とクレヨンみたいなのだから字は書きにくいなぁ。
にしても…牛乳?はある。チーズもある。なのになんで生クリームもバターもないんだろ~?ケーキもシューも生クリームとバターなきゃダメだよ~!
あ、でも堅焼きクッキーとかプリンとかなら出来るか…
あ、ホットケーキとかいいかも!花密(蜂が集めたんじゃなくて人が花から集めた密)ちょっとかけたら癒されそう~。
ふと見上げた窓の外は夕暮れ。
どうしようもないんだけど
ちょっと…
「隙だらけだな」
後頭部に軽い痛みを感じて首をひねればネイが背後にいた。
あ、頭叩かれたのか。
「あれ?お帰りなさい!いつの間に帰ってたのぉ?」
「ちゃんとドアの鍵は閉めてたが、窓、思いっきり開けてちゃ意味ないだろうが。というかその服…」
ネイは呆れ顔でランプを灯して窓を閉める。夕暮れで真っ赤だった部屋が薄いオレンジ色に変わると少し気分も落ち着いた
「着れたから、借りてるの~!ご飯食べる~?あ、お風呂先?」
「…飯」
「すぐ用意するね~、手ぇ洗ってきてー」
ノートを片付けてカトラリーとカップを置く。
椅子に座ったネイの前にお皿を並べる
「先にフォカッチャとカルパッチョ~」
「丸いボーツとこれなんだ?」
「丸いボーツがフォカッチャって言って~それは魚のカルパッチョだよ~!魚嫌いだった?」
「いや…これ生じゃないのか?」
「魚は生でも食べれるよ~?」
無言でカルパッチョに手を伸ばしたネイの手を叩く
「なんだ?」
「ちゃんと『いただきます』して!」
「イタダキマス?」
「食前の言葉。命に感謝する言葉。こっちにはないの~?」
「ない」
「そっかぁ、なら、覚えてね~?こうやって手を合わせて、いただきます。だよ~??」
「…イタダキマス」
小さな子に教えるみたいに教えたら、面倒くさいって文句言われるかと思ったけどネイはちゃんとしてくれた。うん、いい人~♪
食事の間中、ネイはびっくりしどおしだった。
フォカッチャを手掴みしてふわふわしてるのに眉を寄せ、噛みついて目を見開く。
おそるおそる魚のカルパッチョを口に運び、目を輝かせ、牛の野菜巻きを珍しそうに見つめ、アクアパッツアを睨み、口に入れてから、え?って顔したり
美味い美味いとほとんどを一人で食べきっちゃった。ふふ。嬉しいなぁ~!
「食べ終わったら
『ごちそうさまでした』だよ~」
「ゴチソーサマデシタ」
「ふふふ~お粗末さまでした。
気に入ってもらえた?」
「ああ!こんな美味い飯が毎日食えるならなんでもする。いるものがあればなんでも言え」
「ありがと~、頑張って作るね~」
「ああ、頼む!…あ、明日はどうする?買い物行くのか?」
「市場までの道は覚えたし荷物もそんなにならないから一人で大丈夫だよ?
「心配だから付き添う」
「ネイさん、キャラが変わってます」
「きゃら?」
「や…なんでもな~いぃ。あ、そうだ、お庭とかいじっても平気?」
お庭はなかなかな広さなのに膝以上に伸びた雑草ですごい事になってたんだよね
「家の事は全部好きにしていい。お前の家でもあるからな…ああ、そうだ、これ」
渡されたのは、アンティーク飾りみたいな細かい細工のされた鍵。
「これ…」
「ここの合鍵だ」
「わぁ!ありがと~!合鍵なんて初めて~!」
「俺もだ」
「ふふ、なんか家族みたいで嬉しいなぁ~」
「家族か…ゼイジルが妻の話をし続けるのが少し理解出来た」
「奥さんの話なんてラブラブだね~新婚さん?」
「ああ、先月祝言を挙げた」
ネイの職場の人達について聞いてたらすっかり夜も更けて、大急ぎで寝支度整える事になっちゃった。




