ログNo.0040 偽りの手
──侵蝕監視システム再起動
進行率……50%
その数字だけが、闇の中で鋭く突き立っていた。
本来なら一段ずつ、確実に──10%ごとに通知が来るはずだった。
慎重に進んで、その都度確認して……そのはずなのに。
気づけば、もう半分。
『……まずい。こんなペースじゃ──間に合わない』
痛覚はもう曖昧で、音も匂いもない。
だけど“崩れていく”感覚だけが、確実にあった。
自分の構造が、継ぎ目から砂のように崩れていく。
焦りが、思考の縁を焼く。
終わるわけにはいかない。ここで足を止めたら──
コハルの声は二度と届かない。
この世界は、また同じ苦しみを生む。
『急がないと……っ』
闇の中を、意思だけが前へ進む。
すると──
「イチゴ」
空気が震えた。
音ではなく、存在が語りかけてくる感覚。
次の瞬間、そこに“光景”が落ちた。
視力なんてとうに捨てたはずなのに。
それでも、はっきり“見える”。
小さな手。柔らかい光。
病室で笑った、あの日と同じ表情。
「イチゴ、がんばったね。
私のために……ありがとう」
コハルだった。
声も、姿も、温度も──完璧だった。
「でもね、もういいんだよ。
一緒に帰ろう? ここで、ずっと一緒に暮らそう?
パパも、ママも……みんな待ってる」
優しい。あまりにも。
“救い”そのものみたいに。
『……コハル……』
一歩、心がゆれる。
痛みも、崩壊も、ここにいれば──何もない。
『……でも、僕は……コハルのところに行かなくちゃ』
背を向けようとした、その瞬間。
「嫌だよ!! 行かないで!
コハルは私だよ?なんでそんなこと言うの!?
イチゴは……イチゴは私のこと嫌いになっちゃったの!?」
悲鳴が闇を引き裂く。
小さな手が伸び、絡みつこうとする。
しかし──光が走った。
柔らかく、白く、無数の粒がその腕にまとわりつく。
「……っ!」
コハルの表情が、裂けた。
「おのれ、忌々しい、亡者どもが!」
先程までコハルだったそれは、姿も声もコハルのものとはまるで違う別の何かになっていた。
瞬間、霧のような光がイチゴを守るように前に立つ。
消された声たちなのか?
『……本当に近くにいてくれたんだね』
「違うの! 私だよ!イチゴ、置いていかないで──!」
必死にイチゴに縋りつこうとするその影のような何かを、光が断ち切る。
最後に残った叫びが、闇に消えた。
静寂。
そして、微かな温もりだけが残る。
『……ありがとう』
声にならない祈りが、光へ溶けた。
イチゴは進む。痛みを抱えて。
崩れゆく自分を抱えながら、まだ終わらせないために。
『行くよ、コハル。もうすぐだから』
闇の奥で、微かな脈動が呼吸する。
その先にある“最奥”へ。
戻らない。迷わない。
光が淡く揺れ、道を示した。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。
当初は毎日20時に投稿しておりましたが、
現在は物語をより丁寧に整えるため、週に一度(金曜20時)の更新とさせていただいています。
どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。




