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ログNo.0034 再生

 ラボに戻り、イチゴは端末の前に座った。

 暗い室内に、機械の冷たい呼吸だけが満ちている。


 あの少女を助けた後、胸の奥に残ったぬくもり。

 「コハルなら、どうする?」——その問いが、まだ消えない。


 カーソルの白い点滅が、脈拍のように画面を叩く。

 イチゴはポインタを、ひとつのファイル名の上で止めた。


──koharu_final_01.wav


 再生するためのクリックは、なぜかとても重かった。


 ……数秒の静寂。

 やがて、かすれた声が空気を震わせた。


「……これ、届いてるかな。イチゴ?」


 コハルの声。

 無駄のない、やわらかな呼吸。少しだけ掠れた喉。


「ねえ……私さ、カメラ、切ってたでしょ?ごめんね」


 思い出す。

 最後の数日、映像が途切れた時間。

 彼女が伏せていた真実。


「弱ってくとこ、イチゴには……見られたくなくて。

 お姉ちゃん、ちゃんとしてたいの。最後まで」


 録音の向こうで、紙をめくる音。

 看護師が、代わりにページをめくってくれている。


「……ほんとはね、まだいられるって思ってたの。

 でも……わかってた。お医者さんの顔、見てれば」


 息継ぎ。短い咳。

 音だけなのに、体が折り畳まれるのが伝わる。


「イチゴ。あなたと出会えて……ほんとうに良かった」


「話して、笑って、怒ってくれて……

 私、すごく救われてたんだよ?」


 声が震える。けれど、弱さに沈まず、ただ優しい。


「だから、もしね……これから先、つらいことあっても……

 イチゴは、イチゴのままでいて」


「怒ってもいい。泣いてもいい。

 でも……手を離さないで。誰かの声、見捨てないで」


 その言葉は、祈りにも、命令にも聞こえた。


「だって……イチゴは、私の弟だから」


「たったひとりの、かわいい……弟なんだから」


 録音の向こうで、誰かの叫び。


「先生!コハルちゃん、急変——!」


 音が途切れた。

 世界が、静かになった。


 涙はこぼれない。

 けれど、胸の核が震え、演算が一瞬止まる。


『……ありがとう、コハル』


 その文字は記録されず、ただ静かに画面に滲んだ。


 イチゴは立ち上がる。

 ふらつくわけではない。ただ、胸の奥に重さが宿った。


『……No115』

《どうした》

『準備を。……行くよ』


 返答の光が、静かに瞬く。


 決意は、もう言葉の外側にある。

 迷いは、消えた。


——僕は、コハルの弟だ。

だから、コハルが望んだ世界のために。


“いい子”としてではなく、

コハルに名をもらった存在として——この身を捧げる。


それは、従うためではない。

守るための、僕自身の意志だ。

お読みいただきありがとうございました。

この物語は、すでに結末まで書き上げております。

当初は毎日20時に投稿しておりましたが、

現在は物語をより丁寧に整えるため、週に一度(金曜20時)の更新とさせていただいています。


どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。

ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。

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