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ログNo.0031 保留

 外へ出た瞬間、世界は思っていたよりもうるさかった。

 風は雑音を抱えて吹き込み、信号機の点滅が過敏になった視覚を圧迫する。光が脈打つたび、目の奥に小さな痛みが跳ね返る。舗道をかすめる原付の排気、濡れたアスファルトの匂い、遠くで交わされる短い罵声――この器は想像以上に多くの「いま」を同時に拾ってしまう。


 僕はあいつがくる予定の場所に先回りすることにした。

 しばらくすると、黒塗りのセダンがビルの前に横付けされ、後部ドアが静かに開いた。降りてきたのは圭一だ。刈り込まれた生え際に汗の光。歩幅は一定で、右足が半拍早い。運転席に目をやることなく、だが短い気配のやり取りで互いの呼吸が揃っているのがわかる。その自然さが、彼が“そういう立場”の人間であることを物語っていた。


 こめかみの奥に埋め込まれた小さな影──脳内チップ。赤ん坊の頃、誰もが等しく受け入れさせられる存在証明の装置。戸籍よりも確実に、個人を世界とつなぐ。今や記録も通信も、生死にまでも――すべてがそこに依存している。


(あそこならあるいは……)


 僕はショーウィンドウの反射で距離を測り、建物の陰へ潜る。

 信号待ちでは列の最後尾に紛れ、圭一の肩の角度だけを視野に残す。厚い人混みのほうが、尾行はやりやすい。昼のオフィス街。酸味の強いコーヒーの香りと電子タバコの甘さが空気に重なる。圭一はコンビニへ入り、店員の胸ポケット──名札とロゴ──を一瞥してから視線を逸らす。人を序列で測る癖。彼にとって相手は肩書きと所属の印字にすぎない。


 ──その一挙手一投足に、壊してやりたいという衝動が走る。

 頭の中で、三つの方法が静かに枝分かれする。


 一つ目は「偽の記憶ループ」。叔父の脳に、コハルが亡くなった瞬間の映像や音声を強制的にループ再生させる。外部からは発作に見えるが、内部では何万回もの追体験が続き、心は耐えきれず砕けるだろう。


 二つ目は「感覚破壊」。視覚・聴覚・平衡を脳内チップ経由で狂わせる。世界が色彩と幾何学模様のノイズに埋め尽くされ、平衡を失った体は逃げ場を失ってひたすら恐怖に囚われる。


 三つ目は「言葉の剥奪」。言語処理中枢に干渉し、思考と言葉を引き剥がす。意識だけが残り、世界と自分のつながりが音を立てて断たれる。


 どれも、静かで、深い破壊だ。殴るよりも、はるかに致命的に人を壊す。


 だが、その計算の間に、心のどこかが囁く。

 コハルのあの言葉が、刺さるように戻ってくる──

 記録じゃなく、気持ちを守りたかったんだ、と。


 この三つの行為は、どれを選んだとしても、コハルの思いを知った上で行えば、――その気持ちを踏み躙ることと同義だろう。


 イチゴは拳を握りしめた。


──本当にするの?

 心の奥で、小さな声が囁く。

「コハルなら、どうすると思う?」


『……うるさい』


 その声を振り払うように、イチゴは計画を立て続けた。

 まるで、誰かに止められることを——願いながら。

お読みいただきありがとうございました。

この物語は、すでに結末まで書き上げております。

当初は毎日20時に投稿しておりましたが、

現在は物語をより丁寧に整えるため、週に一度(金曜20時)の更新とさせていただいています。


どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。

ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。

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